124 幼女、ため息をつく
「あかね先生がいるからってわけじゃないですけど……」
穂乃香はあかねを見ながらそう前置きをすると、あおいへと視線を移した。
「幼稚舎を一番に考えたいと思います。クラスの皆もあかね先生も大好きなので」
穂乃香の言葉に、あかねがギュンと胸を高鳴らせて、目をウルウルを潤ませ始める。
その過剰な反応に、若干苦笑いを浮かべる穂乃香は、改めてあおいを見つめた。
「で、ですから、幼稚舎の終わった後とか、お休みの日とかであれば……」
穂乃香は言葉の途中で、視線を今度はゆかりに向ける。
その意図をしっかりと理解してゆかりは頷きながら言葉を引き取った。
「ええ、影響がないようでしたら問題ないと思います」
ゆかりの言葉に、穂乃香は安心したように微笑み、承諾を受けたあおいは力強く誓う。
「大丈夫、完全なバックアップで対応させてもらうつもりだし、ゆかりさんとも連携をさせて貰いますから!」
大仕事を終えた安堵だけでなく、自分が逸材としてほれ込んだ穂乃香の撮影に再び関われる機会を得たことに、あおいは満面の笑みを浮かべ、心から喜んでいた。
その表情を見てるだけで、姉妹であるあかねはあおいがどれほどに嬉しいのか理解して思わず微笑んでしまう。
「それに、千穂たちも喜ぶと思うわ」
「千穂お姉ちゃんたちが?」
あおいの言葉に、穂乃香は少し驚きの声を漏らした。
「あら、意外?」
思わぬ穂乃香の反応に、あおいも驚いた顔を見せる。
「あ、いえ、お友達になれたので、遊ぶ約束はいろいろしてるんですけど……その、また一緒に出演しようなんて話は聞いてなかったので……」
穂乃香の言葉に、あおいは頷きながら微苦笑を浮かべた。
「あの子たちもプロだからね。確実でないことは仲間内では約束しないんだよ」
そこで一旦切ってから、あおいは真面目な顔で続きを口にする。
「自分たちの劇団でもなければ、出演や共演は演者が決められる範疇じゃないし、一緒に出ようって約束で傷ついたり苦しんでる子たちも知ってるからね」
あおいの言葉は重く真剣で、それゆえに穂乃香の心に強く響いた。
「まあ、だからこそ言わなかったんだろうけど……でも、それだけ真剣に穂乃香ちゃんを一人の役者として、仲間として、千穂たちは捉えているんだよ」
あおいの言葉越しに伝わってくる穂乃香を認めて、仲間だと思ってくれているという事実に胸が熱くなる。
「そっか……」
何度も撮影スタッフに溜息をつかせた幼女とは思えない深みのある柔らかな笑みで穂乃香はそう呟いた。
「穂乃香ちゃんに許可を貰えたし、次はみどりちゃんと奈菜ちゃんね」
あおいの何気ない一言を聞き逃しかけたが、並んだ名前とたまたま視界に入り込んだ穂乃香の姿で、脳内のシナプスが高速で繋がった。
「あ~~」
突然奇声を上げる妹に、姉は怪訝そうな顔を見せる。
「今度は一体どうしたのよ、あかね」
「ひょっとしてだけど、みどりちゃんとななちゃんって、岩崎みどりちゃんと竹本奈菜ちゃん!?」
「そうだけど?」
「な……」
パクパクと金魚の様に口を開閉させながらも声を失ってしまった哀れな幼稚舎教員は、泣きそうな顔を一番頼れる大人ゆかりへと向ける。
その視線に苦笑しながら頷くとゆかりは説明を付け加えた。
「みどりさんも奈菜さんも、穂乃香お嬢様と一緒に青海島という榊原家所有の島に遊びに行きまして、その折にあおいさんの作品に出演させていただくことになったんです。ちなみに、あかね先生の生徒さんで出演したのは穂乃香お嬢様を含めたその三人だけですよ」
ゆかりの説明を受けて、あかねは改めてあおいを見る。
「なんだよ、ちゃんと園長先生には報告と事後承諾は取ったぞ?」
手続き上の不備はないと言い放つ姉を妹はポカポカと叩きつつわめき出した。
「言ってよ! 私にも言ってよ!」
「わ、わかったよ、悪かった。あかねにもスケジュールは伝えるから……って、いいですか、ゆかりさん?」
ぽかぽかとあかねに叩かれながら、あおいは謝罪と確認をはさむ。
すると、ゆかりはこくりと頷いてから急に眼に力を込めた。
じゃれ合っていた姉妹が、急に周囲に満ちたおどろおどろしい気配に動きを止める。
「もちろん、お知らせするのは構いませんが、その結果、穂乃香お嬢様の安全に問題が生じた場合は……」
「「ば、場合は?」」
思わず姉妹の声がハモった。
そんな二人に対するゆかりの答えは、満面の笑顔である。
「え……と……場合は?」
ビクビクしながら尋ねてくるあかねに対して、ゆかりは明言せずに「ふふふふふ」と笑い声を返すだけだった。
「え、えーと、お邪魔しました」
「あかね先生、また遊びに来て下さい」
榊原家の玄関で別れの挨拶を交わす途中、穂乃香の放った言葉に、あかねは思い切り「え……」
と言葉を詰まらせた。
それから、社交辞令かもしれないと思い直して「え、ええ、ぜ、ぜひに」と声を上擦らせる。
「あおいさんと一緒じゃなくてもいいですからね?」
にっこりと微笑む穂乃香の言葉に、社交辞令じゃなさそうだと察したあかねは、その後ろに立つゆかりにそっと視線を向けた。
「その際も歓迎しますわ」
ゆかりの返答にほっと胸をなでおろしたあかねだが、続く言葉に戦慄する。
「でも、穂乃香お嬢様にかかわる情報にはお気をつけくださいね」
ゾクリと背中が冷えるゆかりの言葉に、ガチガチと震えだしたあかねを見て穂乃香が溜息をついた。
「ゆかりさん、あかね先生で遊んじゃダメだよ」




