カエル仙人
【ラーク視点】
ポリーンとノエルの二人が都に去った後、俺はつくづく自分の不甲斐なさを反省している。だって俺はあの大事な時に何も出来ずポリーンも助けられずただ殺されそうになっただけだからだ。
ノエルとポリーンのおかげで助かったが何とも情けない話だ。
よくよく考えてみると俺はこのリングワールドの世界のスキルシステムの事にあまりにも気を取られ過ぎていて本質的な事を何も考えていなかった。
どうしてもっと鍛えておかなかったのだろう。転生物の小説でも前世の記憶を活かして鍛えるっていうストーリーがたくさんあったじゃないかと俺は自分の怠惰な性格が情けなかった。
今更とも思ったが俺はまだ十二歳だ。十二歳から剣術や魔術を修行したとしたらそれなりの効果が得られるだろう。
俺はそう考えると直ぐに実行する事にした。裏山に行って棒切れを振ったり属性魔術の練習くらいはできるだろう。
それがどんな足しになるか分からないがやらないで二度と後悔したくない。
そう俺は思ったんだ。
☆★☆
風が爽やかに木立ちを揺すり木漏れ日がゆらゆらと揺れていた。
俺は自分の家の裏から山の中に入ってしばらく歩いていたがこんなに気分の良い場所があるのを知らなかった。
俺の家の裏山は隅から隅まで知っているつもりだったのに。
どこかから微かにザザーザーと聞きなれない音が聞こえる。なぜか懐かしい音だった。あの音は何だろうと俺はその音に誘われるように近づいて行った。そしてその音に懐かしさを感じる理由が分かった。あれは大量の水が落ちている音。そう。滝壺に大量の水が落ちている音だった。
この音に不思議な懐かしさを感じたのはその音が前世で聞き慣れた音だったからだ。
リングワールドでは滝を見た事が無かったのだ。俺の生活範囲が狭いためだ。
音から前世の記憶を思い出すのは変な気持ちだった。
木立を縫って滝の近くまで近づくと滝壺が望める位置に石の長椅子があり、その上に一人の男が寝そべっているのが見えた。
遠くから見るだけで存在感のある男の人だ。着ている服は何というか派手な感じの男だった。
俺がその男の側に近づくと眠っていると思っていた男が急にムックリと起き上がった。
「ごめんなさい。起こしちゃいましたか?」
俺はそう言って謝った。
「おお? お前は妖かゲコ?」
男は訝しそうに俺を見ながら枕元に立て掛けてあった剣を手に取った。
(今、ゲコって言ったよな)
俺は男の変な喉から出た音が気になったがそこはスルーして答えた。
「いえいえ。人間です」
俺は慌てて否定した。どうして妖に見えたのだろうと訝しんでいた。
「ゲコ? 人間だと。まぁいいか。じぁどうやって入ったんだ?」
男は不思議そうな顔になった。
「はい? どう言う意味でしょう?」
俺は訳が分からなくなって尋ねた。
「ははは。すまん。知らずに紛れ混んできた小僧かゲコ。しかし小僧は見た感じがなんか変だな。大人と子供の二人の別人が一人に同居しているように見える………ゲコゲコ」
男は怪訝な表情で俺を見つめて、変な音を喉から出しながら悩んでいるようだ。
俺はしかし男の事を改めて良く観察した。
なぜならこの男は俺を一目見ただけで恐らく俺が田中一郎とラークの二つの世界の記憶を持っている事を見破っているようだったからだ。
そんなスキルがあるのかもしれないがただのゲコゲコ喉を鳴らす変な男ではないようだ。
男は前世の俺よりも若く見えた。二十二歳くらい。しかし全体の雰囲気は老成して見える。もっと歳なのかもしれない。
着ている服は何とも形容のしづらい服装だ。毛皮と極彩色の布切れをつぎはぎして作られた様な変な服を着ていた。
俺が少し興味を持ったのは男が手に持っている剣だ。リングワールドは封建時代の西洋風の生活様式をしている。と言っても俺の住んでいるこの地域だけの事かも知れないが。俺の知っている範囲で剣は両刃の直刀だ。ところがこの男が持っているのははっきり言って日本刀だ。初めて見た。
男は俺を見つめているのに飽きたのか大きなあくびをした。
「まぁ、どうでも良いだろうゲコ。小僧。暇つぶしに俺の話相手になれ」
男は何を思ったのかそんな事を言って自分が座っている隣を指差した。
俺は男の指示に従って彼の横に座った。何だかこの男には会ったことあるような気がしてならない。
なぜだろうと思っていたら戦女神のアンパロに雰囲気がそっくりだと言う事に急に気付いた。あの傍若無人なところや見るからに強い印象を受けるのがそのままだ。俺は思わず小さく笑った。
「何がおかしいんだゲコ?」
男が俺の笑ったのを見咎めて尋ねた。
「はあ。貴方が戦女神のアンパロ様とよく似ているなと思って」
俺は思った事をそのまま説明した。
「ほう。お前は天津神のアンパロと会った事があるのか」
男が驚いたように言った。そう言えば俺は女神のアンパロと会った事があると言って良いのだろうか。秘密にしなければならないのではとちょっと不安になった。
しかしこの男もどうやらアンパロの事を知っているような事を言った。アンパロを知っている人にも初めて会った。
「なんとなく夢の中で会ったと言うか。それよりも貴方もアンパロ様をご存知なんですね。アンパロ様の事を知っている人に初めて会いました」
「ああ? そりゃそうだろうよ。あいつは神になってまだ二百年足らずだ。マルトの鬼姫の方が知ってる者も多いだろう。元は人族の英雄だった。と言っても俺たち土地神と比べりゃご大層な能力を持っているがな」
「え? 貴方も神様なんですか?」
俺は目の前の男が土地神様と聞いて驚いて尋ねた。自分がどんな表情をしているか分からないがさぞ驚いたような間抜けな顔になっているはずだ。
「ははは。俺達土地神は神様なんてご大層なもんじゃねぇよ。下級神のアンパロと比べても随分見劣りするだろうよ……ゲコゲコ」
「下級神?」
「ゲコ? まぁ、あいつは偉い奴だ。貧民街の捨て子から自分のスキルだけで成り上がった。あいつのスキルは生まれた時には【剣術(広域技級)】だったのを己の努力と才能で【剣術(神域級)】までクラスアップさせて神にまで成り上がったゲコ。あの子に似ているとは光栄なのかもな」
「貴方もアンパロ様に会った事があるんですか?」
「おお。会った事が有るぞゲコ。あいつが剣将って言われていた頃だゲコ。あいつの陣営で食客として働いていた傭兵だった。俺はあの時から土地神の端くれだったがあの娘にはこれっぽっちも敵わなかったなゲコ。実力は折り紙付きだ」
男からはスラスラと信じられない話が昨夜の出来事みたいな感じで出てきた。この男の言うことは本当なのだろうか。しかしリングワールドなら有りなのかもしれないと信じる事した。
「あの女神様はそんなに偉い神様だったんですね」
俺は吐息混じりに言った。
「どうしたんだゲコ?」
「はあ。俺には前世の記憶があるんですが……」
俺はこの不思議な土地神と名乗る男に全てを打ち明けてみることにした。全てを語り終えるまで男は黙って聞いていた。
「それで、剣術の稽古をしようと裏山に入ったら俺と出会ったって訳か。なるほどな……ゲコゲコ。そいつは案外アンパロの導きかもしれんな。ここには強い結界が張ってある。お前では破るのは無理なはずだからなゲコ」
「?」
「そんなに怪訝な顔をするなゲコ。アンパロは存外気の良い娘だった。お前を無能力者にしたのには理由があるんだろうよ。まぁ、あいつが剣術をお前に教えろってんなら教えてやろうか」
男はそう言うと爺さんのような『どっこらしょ………ゲコゲコ』って掛け声をかけて立ち上がった。
「俺はグラッドって言う名前だ。呼び捨てにしてくれよ」
「はい。僕はラークです」
「ラーク君か」
「ああ。僕も呼び捨てで」
「分かったゲコゲコ。ラーク。俺は剣法の神だ。剣術とはいかねぇが全く役に立たない事もねぇだろう。習ってくか?」
「お願いします」
☆★☆
【グラッド視点】
この小僧の話は本当なんだろうかと俺は疑ってかかっている。こいつは人に化けた魔族だろうか。俺はそう首をひねった。
「オメェ、スキルなんていらねぇんじゃねぇか?」
俺は思わず呟いていた。何とも凄い坊やだ。俺が一度だけ試しのための見本の素振りしたらこいつは見よう見まねの素振りを数回振っただけで何年も剣術をしているみたいな振りになってきたのだ。
一振り一振りが見事なまでに力のバランス良く入った素振りをするのだ。風を切る音が気持ちいい。
「ああ。ちょっと待て。お前。剣術を習ってたのかゲコ?」
俺は小僧の素振りを止めて聞いた。
「いいえ。前世を含めて初めてですが。何故ですか?」
不思議そうな顔をして小僧が尋ねてきた。その顔が癪に触った。俺があの素振りの域に達するまで恐らく数百年もかかったのに……
「次はこれをやってみろ」
俺は三段突きを披露した。
(どうだ難しいだろう)
これは俺の剣法の基本になる技の連携だ。
「やれるもんならやってみろってんだ……ゲコゲコ」
「「はい」」
(何? こいつ。元気よく返事してやがんだ。見えたのか? 見えてねぇだろう?)
しかし俺の意に反して小僧は見よう見まねで俺の三段付きをやって見せた。
「嘘だろ……ゲコゲコゲコゲコ」
俺はあまりの事に口を開けて呻いていた。
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