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諸所諸々のエッセイ  作者: 粘土
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死して生くる可し

信ずる可き人に裏切られるのは辛い事です。

 ようやく、ようやく、僕の人生が終わりと始まりを迎えた。以前にも云った通り、人生とはギャンブルであるからして、何方どちらに転ぶのかは運次第だ。徹頭徹尾てっとうてつび正しさに身を捧げても、報われない時は有る。戦争などがそうであろう。生きる為に人を殺す。其処に罪は無いが、認めて呉れる者はほとんど居ない。もっと解り易く云うと、大切に育て上げた牛や豚や鳥。結局はぶっ殺して、さばいて喰っている。然も、美味い、美味いと云いながら。笑いながら。更に研究を重ね、もっと美味い肉を求めて居る。ジビエなど愚の骨頂。別に喰わんでも好いじゃないか。余りにも増え過ぎたなら解る。が、然しである。彼等が農作物を荒らすのは人の欲求を満たす為に山を荒らしたからなのだ。カニバリズムを推奨する訳ではないが、人が増えすぎたなら、人を喰えば好い。確か、生理学的に云うと共喰いは健康を害するらしいが、だからとて、其れを正当化出来る論拠は無い。縄文の頃に、或いは、其れ以前に有ったのだから証明出来る事実であって、決して無かった訳ではないのだ。即ち、森羅万象。間違いなど無いのである。反対に、悪の極みを満たしたとて同じ事。先述の通り、森羅万象。こんな事を書くと、僕の頭はオカシイのじゃないかと云われそうだが、いや、間違い無く云われるだろうが、そんな問答に付き合う気も無く、又、必要も無い。“理解”出来ていない連中とは、僕は握手をしない。喰うのなら喰われる覚悟が必要なのだ。其れが、事実だ。社会的に観て、何の役にも立たないと見做みなされた人達は悪に身を染めずとも責められ、視えない囲いに追い遣られる。そんな人達を僕は沢山観て来た。そして、僕が正にそうだ。“解らない”連中には一生解らないだろう。何もしていないのに、悪い意味での差別の対象と成るのだ。其れはとても辛い事だ。然し、“人間”と云うジャンキーは唯我独尊ゆいがどくそんであるからして、他人ひとの苦しみになど興味を持たない。知っていても知らぬフリをする。まぁ、其れなら其れで結構。解らないと公言しているのだから。……

 ともあれ、僕は身体障害者なので、一々病院へ行かなくてはならない。県か市の御慰みを知らない頃には、月に一万六千円も払っていた。幸い、其の方面に詳しい友人を得た為、今では其の診察料と薬代は免除されている。兎にも角にも、今では僅かな医療費で済んでいる。然し、障害者と云うレッテルを剥す事は出来ない。所詮仮初の生き物として扱われている。残念だが、又、話が逸れてしまった。何とか元に戻そう。

 人の概念には性善説と云うものが有る。其れは間違いの無い事である。人と云う生き物は産まれ出でた頃よりの悪人など居ない。何故なら善悪の概念が無いからである。其処に産まれた環境と、其の中での教育と、両親の性格とが合い混じって善と悪が生まれる。其処にこそ、罪が有るのだ。親と成る者は、凡てとは云わないが善に傾いていなければならない。でなければ、親と成っては不可いけない。資格が無い。無論、反面教師として悪から善が生まれる事は有るが、其れとて十に一つだ。其れを、正に今日、思い知った。いや、知っていたが、期待するのが無駄な事だと解った。だからして、ようやく、“死か生か”と云う処に辿り着いたのである。何故、“死”を先に書くのかは、きっと君達になら解る筈だ。嗚呼、願わくは君達の美しき生を望み、祈ろう。僕は今、絶望感に支配された泥沼の中に居る。……

悪に染まった家庭に育つのは辛い事です。

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