フールの嘆き
僕は生きたいと願います。
何時からだろう。僕は生きたいと願う心を失ってしまった。特に、近頃は其れが顕著に現れる。前文とは矛盾しているが、兎も角も其れが僕の頭を支配している。歳を取った所為かとも思うが、何だか違っている様にも思う。仕事をするのは頗る楽しい。同僚との遣り取りも非常に愉快だ。然し、生きると云う事は只楽しいのではないと、生きると云う事は何かを追い求めるものだと考えるのだ。そうでなくば、其れは生存でしかない。実際、僕はこうして物を書く。其の反響が大なり小なり有るからだ。但し、僕の場合は大に感激して欲しいなどとは思わない。今と云う時間の連続の中で、ほんの少しで好いから微笑ましく思って貰えたらと、そう思って書くのである。而して、人生が物語と成るのである。誰の為に成らなくても好い。たった一握りの光に成れたならと、そう思うのである。例え、永久に、悠久の時を経ても、拾って貰えなくとも。……
昔は死ぬのが怖かった。あの世とやらが有るのなら、其れがたとえ地獄でも幸いであると思っていた。けれども、もしも、天国が有るのなら其処へ行きたい。誰しもがそう思い、そして、願うだろう。然し、無ければ、完全なる無である。其れが、怖かったのである。唐突だが、僕は性善説を唱える人間だ。でなければ、天国や地獄を創造し得るに足りないからだ。生来悪人として生まれたならば、生涯を善に賭しても天国には行かれない。無論、之も実際に在ればと云う話ではあるが。手習いの旧友が云う。『君は性善説に憑りつかれている』と。確かにそうかも知れない。然し、生まれた瞬間に悪に染まっている人など居ない。其の後の教育と、生育の環境が悪いのだ。感情、情緒、情操と変化して行く中で、悪に触れずに、其れでも悪に成る者など居ない筈だ。少々飛躍するが、アインシュタインは稀代の天才とされているのだが、アメリカに亡命して後、世界を震撼せしめ、混沌とするアイデアを時の大統領に提言している。ユダヤの人種差別から逃れた彼は、虐殺されたユダヤ人の数倍の人間を殺す兵器を開発してしまった。然も、其れは現在進行形だ。更に云うなら、其れは何時しか迎えるであろう人類の滅亡を招く物だ。其れは単に理論だけだったのかも知れない。但し、現実になったなら何れ程の威力を持ち、何れ程の哀しみを世界に齎すのか、其れを考えていなかったのであろう。三次大戦は恐ろしく近い。直ぐにでも起こり得る事だ。其の頃には僕は死んでいるだろう。然し、始まってしまえば、僕など何うでも好い程の人達が無に帰する事だろう。この母なる大地、即ち、地球と名付けた星にとっては其の方が好いのかも知れないが、然し、哀しい。何れ、泪の雨が降るだろう。嗚呼、血に染まったアウシュビッツが目に浮かぶ。忘れたくとも忘れられない夢だ。其れを観て以来、僕は少しだけ変わった。鉄の監禁室には全面に赤黒い血がこびり付き、酷い匂いがした。五感で夢を視るのは非常に苦しいものだ。適うなら、彼等が天国へ行って呉れて居る事を願う。……結局、僕は死後の世界を求めているのだ。
然し、今の僕はもう其れを願いつつも、何うでも好いとも思っている。矛盾だらけの文章しか書けない僕は、死後の世界が在ったとしても、定めし七大地獄へ送らるる事と成るであろう。まぁ、仕方が無い。人一人救えない愚物であったのだから。せめて、天に祈ろう。『どうか、苦痛に満ちた世界でも好いから、死んでも生かして呉れ』と。
同時に死にたいとも思います。




