終わりにしようぜ
此の世界で一番の悪は中国ですよ。
新型コロナウイルスが随分と流行っているが、其の原因を知っている人はどれ位居るだろうか。私としては、大きく笑いたくなるのだが、其の理由が解るだろうか。恐らく、三割程の人しか見抜いていないだろう。だからして、判然云おう。あれは、中国の策略だ。タイミングが好過ぎる。更に、世界中が其れを公表しない。何故か? 遣れば三次大戦が起こるからだ。此処まで云えば解るだろう。中国と密接な関係に有る国々も参戦するからである。仮に、三次大戦が起こったなら、此の世界は終わりを迎える。解り易く云うと、“ファシズム”と同義である世界に成ってしまうからである。そもそも、“儒教”と云うのが中国の根底に有るのだが、其れは親さえ殺してでも長生きした者が正義であり、又、正しいのだと云う考え方に因る。実際に於いてはこんな事を書きたくは無い。然し乍ら、此の近代に於いても、彼の国では“カニバリズム”が正当化されているらしい事を鑑みると書かずには居られないのだ。例えば、桃の女の子。生まれてから物を食べられる様に成ったなら、食事には桃しか与えず、好い香りを醸す様に成ったなら解体して食べていると云う現実。全くの無体である。本当に其れで好いのか? 世界は其れを赦して好いのか? 僕は赦す可きで無いと思う。確かに、人は沢山の動物を飼育し、時を視て解体し、食べている。其れも間違いであると云えなくも無い。だからして、“頂きます”と、“御馳走さま”と云うのである。其れは、詰まり、自らの命の糧に成って頂いたものに対しての礼儀と、感謝である。だからこそ、僕等は生きなければならない。死と生は同一なのだから。よく、ポジティヴな思考などと云う者が居るが、此の考えを持っていないのなら、其れは単なる自己愛だ。利他的な考えと、利己的な考えは比べる可くも無い。其の状況に因ってのみ、考える可き事なのだ。人の命よりも動物の命が勝る事も有る。詰まり、“ネガティヴ”な考え方が出来ないのなら、“ポジティヴ”な考えは嘘なのである。死が有るからこそ、生を全うにしようとするのが本来なのである。……まだまだ、此処の連中は温い。余りにも、遊び過ぎだ。自らを語るなら、一度、自らを否定しなくてはならない。そんな事にすら辿り着けない者は、“文学”と銘打っては不可ない。“マスターベーション”なら、公表す可きでない。一度出版社に送って見れば能く解る。相手にされないから。……。
随分と話が逸れたが、其れは其れ。理解出来ない者は、もっと文学を研究したら良い。畢竟此処で云いたいのは、中国がギリギリの喧嘩を世界に売って来ていると云う事だ。即ち、“大戦”が起こるのも近いかも知れないと云う事だ。其の時には、此の星はもう終わりを迎えるだろう。其れが嫌なら、中国の勝手を許さない事だ。然し、個人では無理であるから、戦いに参加して死ぬだけだろう。其れを良しとしている政府、国の組織を解体する可きだ。日本に於いては“自衛隊”、何故なら、“自”と云うのは我等の事だからだ。他の国に於いては、軍隊だ。此処からはちょっと、私的な云い方をしよう。「北朝鮮を造ったのは中国なんだから、好い加減制裁を加えたらどうなんだ?」と、まぁ、そう云う訳だ。結局、アジアの混乱を招いているのは中国だ。だからして云おう。「そろそろ、遣りたい放題の中国を潰さねぇか?」以上。
国民は別としてもね。政府と、軍部が悪い。




