あの人たちのあの日あの時(エミさん編)
ずっと仕事一筋で独身を貫いていた私を、世間の人たちは【かわいそうな人】って思うんだろうなと思う。
実際の話、私の同世代は結婚しない女は欠陥品だって切って捨てる空気が漂っている。
産めよ増やせよな感覚がまだ色濃く残っている時代の名残だった。
それぞれの事情が有ったとしても、結婚しないっていう選択をするのは相当の変わり者か訳アリな人間っていうわけで、女がひとり身を立てるのはなかなかに根性のいる事だった。日本ではね。
まぁ、結婚の約束をしてお互いを同志のように思っていたユウさんが家庭の事情で別の人と婚約してしまったときには本当に絶望した。でも、多くの従業員を抱える経営者の家族でそれが最善のことなのだと諦めきってしまった彼の決断を、私の我儘で覆すことも出来ないし、相手の女が財閥のお嬢様という武器をフルに使って彼を奪いに来てどうしようも出来なかった。
近所の人は悲劇のヒロインのように私を扱ってきたけれど、相手が私を本格的に生まれ育ったこの場所からも追い出して目障りな存在を消してしまいたかったみたいだ。お嬢様はそれほどまでに余裕がないらしい。 財閥の執事のような人たちが来て、私に海外での仕事をしないかと渡航費用と生活が安定するまでの間の衣食住を確保する事を提案してきた。
お嬢様自体は世間知らずで親の権力を自分の力と勘違いする女だったけど、親に莫大な権力があると我儘が通ってしまうもんだ。
どんなにあがいても無駄なこともある。
財閥の力が今度は自分の家族に及ばないうちに、私は決断した。
相手が言ってるんだからフルに使わせてもらおうじゃないの、その条件。
当時、海外への渡航が一般人にも解禁されて日が浅かったということもあって、手続きはなかなか難しい上に時間がかかるところを財閥の力でスムーズに通る。1ドルが360円ってこともあって海外へ行くのも暮らすのも富豪のお遊びくらいの時代にこんな一般人の小娘が海外に渡航できるのは極めて異例なことだったと思う。
海外では、これからの日本と海外の貿易の為に通訳の仕事が需要があるだろうなとそれを目指して勉強した。
何かに打ち込んでいると嫌な事なんか忘れてしまえる気がしたから。
ヨーロッパを渡り歩き、一番水の合う国に腰を落ち着ける事にした。
それから何十年の時が経っただろう。日本で暮らした時間より、海外での生活が長くなった頃にひょんなことから子供のベビーシッターをすることになった。
その子供、エドワードが気に入ってくれて私を指名してくれたのだそうだ。
財閥に振り回されるのはもう御免って思っていたけども、かわいい盛りの孤独な子供を放っておけなかった。
でもそこでもいろんな確執に見舞われ、親の訃報が重なった。
これ幸いと追い出されたような形で日本に帰国した。
親を最後まで見送って、独り残されたことに頭が真っ白になる。
どれだけ海外生活が長かろうと、基本はここに、日本に根っこがあったから頑張れていたんだなって思う。しばらくは、寂しいでしょう?と気にかけつつ物珍しさで話を聞きに来ていた人たちも、独身の私の前で旦那の愚痴や嫁の悪口に花咲かせているのを唖然としたものだ。
あんたは自由で羨ましいって。
何十年か前は、結婚できない女なんて欠陥があるのか?って聞いてきたその口でうらやましいとか。何とも言えない感情にさいなまれるけど軽く受け流す。
人との付き合いに倦怠感を覚えていたそんな時だった。橋の上で呆然と流れる川を見つめる子供を見かけたのは。
エドワードと同じくらいの年かしら。思いつめた顔が心配で声をかけた。
それが、ヨウちゃんとの出会い。しばらく一緒に暮らすことになった。
ヨウちゃんに一通りのことを教えると元から頭がよかったんだろう、スポンジに水が吸収されるがごとく教えたを吸い込んでいった。人にものを教えるのが楽しいなって思った瞬間だった。
ヨウちゃんが家族とうまくいっていないって悩んで居てそのままだと周りに押しつぶされそうな様子を心配した。落ち着くまで好きにしたらいいよ、と話をしたら結局5年も一緒に暮らしていた。
楽しい時間はあっという間に過ぎるもの。ヨウちゃんも明るい笑顔が戻ってきて、無事に家族と和解出来て家に戻ることになった。
少しの寂しさも感じるけれど、若い人にはこれからの未来があるんだし、こんな婆の傍にいつまでも一緒にいていいわけもない。
大昔に大切だったあの人の孫だったって聞かされたのはほんの少し前。
なんか、ヨウちゃんの顔に懐かしさを感じていたのはそういうわけだったのね。
気が付かなかったのか、気が付きたくなかったのか。
気が付いてしまえば別れはもっと前に来ていただろうと思う。
人生何が起こるかわからないものね。
ヨウちゃんが居なくなってからしばらく時間がたったある日、姪のマリちゃんから電話が入る。
それが、ユキちゃんとの出会いだった。




