第19話〜得たモノ〜
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最初に狼煙に気づいたのはレヴィアスの男性の1人だった。
「リシナ殿。あれを」
と、アリナやユリナと談笑しながら歩いていた私に声をかけてきて上空を指差した。見ると、薄紅色の煙みたいなものが立ちのぼっている。
「?あれは、何でしょう?」
何かこの島特有のものかと思い私は首を傾げた。
と、横に居たアリナが
「あのねぇ、師匠・・・最初に班分けするときに決めたじゃない。何かあったときは変わった色の狼煙を上げるって。誰の班かは分からないけど、何かあったからあそこに集合ってことじゃないの?」
と、呆れたように説明した。・・・だって忘れてたのだからしょうがないじゃない。
「も、勿論憶えていたわよ。ホ、ホホホ」
誤魔化すように笑ったがアリナの私を見る目が妙に冷たい気がした。
私の威厳のため、
「目測ですが、ここから凡そ2〜3㎞ぐらいでしょうか?出発点は違っても意外に近づくものですね。
では、あの狼煙に向かって行きましょう!」
強引に話をまとめ皆を促した。
・・・何故私はこうも忘れっぽいのかしら・・・?
〜〜〜
「つまり、だ。ガトウが感じたと言うように、フェニックスの血を吸収したデュカ・リーナ様自身の魔力とフェニックスの血中の魔力が融合し、かつてない膨大な魔力が発生した。その結果、それに反応した火喰い山の地盤が一瞬揺れた、という推測ができる。火喰い山は元々魔力のエネルギーを吸収、放出するものだからな。ただ、現在は死火山だから爆発には至らなかったのだろう」
回復の間に戻った私は先ほど起こった揺れについて皆に説明した。ガトウもかなり疲弊した様子で戻って来ていた。侵入者と戦っていただけでそこまで・・・?と思ったが、それだけではないだろう。
他者の魔力を見ることはできない私ですら、先ほど目の前で膨れ上がっていく光の奔流を視認できたのだ。
今、境の門から得意の氷魔法を駆使して最高速で侵入者から逃げてきたガトウなら多少離れていても、先ほどのアレを感じたことだろう。奴は他者の魔力量が分かるからな。戦いの疲労だけではなくアレにあてられたというわけだ。
「そうか・・・いや、そうだとは思ったから私もあれ以上勝敗の不確かな戦いをしたくなかったので、こうして帰ってきたわけだが・・・」
ガトウが気まずそうにそう言った。やはりな。
ロナンが、
「まあ、俺もガトウにとやかく言える立場じゃないしな・・・」
と、言いづらそうに言った。単純に戦闘のみならばこの島で1、2の実力のこの2人がそう言うとは・・・
「・・・それにしても。今回の侵入者はよほど腕が立つのだな」
私がそう言うと、
「ああ、4柱全員でも勝てるかどうかは・・・とは言えデュカ・リーナ様が居らっしゃるので問題はないだろう・・・フェニス?そういえばデュカ・リーナ様はどちらへ?先ほどこの辺りに感じた魔力を今は感じられないが・・・」
ガトウが私を見ながら言った。期待に背くようだが、先ほどのやりとりを伝えておくか・・・
「そのことだがな、ガトウ。デュカ・リーナ様はすでにこの島にはいらっしゃらないのだ・・・」
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突然の目が眩むほどの輝きが消え、神獣とデュカ・リーナ様が居た場所がようやく見えるようになったが・・・
「ふう。何事も起こらないかと勘違いしそうになったわ」
元気がなくぐったりしている神獣と見た目は特に変わっていないように見えるデュカ・リーナ様が立っていた。
・・・いや、
「デュカ様、それは?」
「それ?・・・ああ、これね。おそらく魔力が増大したからでしょう。ようやく元の身体、それも全盛期並みの魔力を取り戻せたのね」
と、私が気になって指した額の角を愛しそうに触った。先ほどまでと違い、色は白から灰色がかったようになり太さは一回り太く長さは倍はあるように見える・・・
「ということは、不死の身体にもなったということでしょうか・・・?」
「さあ?それは分からないわね・・・そうだわ、フェニス。私に全力で攻撃をして頂戴」
「わ、私がですか!?」
「そう。貴方の魔力は中々のものだから、防御や回復の魔法を使わずに生身でそれを受けて身体が再生するか試してみたいの」
「それは構いませんが・・・もし取り返しのつかないことになったら・・・」
「大丈夫。仮に瀕死にまで追い込まれたら、魔法を使うから、死にはしないわ。お願い、自分では試せないの」
「はあ。そこまで言われるのでしたら・・・・・・ハァァァ!」
私は魔力を集中させ、デュカ様へ向けて結界を張った。これを圧縮して中の対象物を魔力もろとも破裂させるという私の攻撃魔法のうち最も強力なものだ。
「ヌゥゥゥゥゥ!」
「あら?思ったよりもかなり強力なのね。くっ」
結界がデュカ様に向かって収束し、そして、
バンッ!
・・・結界が弾ける音がした。
「デュ、デュカ様!?」
結界を押し潰した跡を見ると、血塗れになって倒れるデュカ様の無惨な姿が見えた。
やってしまったかと思っていると、何事も無かったかのようにデュカ様が立ち上がった。
「痛たたた。やはり痛みはあるわね。でも、」
と、見る見る内に傷が塞がっていく。
「治癒魔法を使わずにこの治りかたなら間違いないでしょう・・・ついに手にいれたわ、不死の身体を!」
凄まじいものだ。あれで魔法を使っていないとは・・・と思ったと同時に私では絶対にデュカ様には勝てないことを悟った・・・
「よ、良かったですね。これで目的とやらが達成できるのでは?」
「ええ、そうね。色々とありがとう、フェニス。」
「いえ。それでもう行かれるのですか?私もガトウが少し心配なので・・・」
「ええ、早く手を打たないといけないところもあるから。でも、ジンくんのところはそんなに心配要らないと思うわよ。一応牛くんも置いてきたし、何よりあの子はそんなにリスクを冒さないでしょう?」
と、ジン・ガトウという男の性格を完全に読みきったことを仰った。確かに・・・あの男が自分に無益なことや確実に勝てるかどうか分からない状況で戦い続けることはまずないだろう。牛くんとか置いてきたとかとは良く分からないが。
「・・・そうですね」
「じゃあ、私はもう行くわ。また会えるかどうか分からないけど、みんな元気でね」
「はい。デュカさまもお気をつけて・・・」
私が言うとデュカ様は微笑んだ。そして、
生暖かい風が吹き、その姿が消えた。
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私は先ほどのやりとりを皆に説明した。すると、
「うむ・・・何と言ったらよいか・・・私はそんなに計算高そうに見えるのか・・・?」
ガトウが妙に気にしていた。
「そうだな。ただ、やられる心配をしてないと言い換えることもできるがな」
一応そう言っておいた。
と、ロナンが
「問題はそこじゃないだろう!結局どうするんだ、侵入者どもはっ!?ガトウの話だと近い奴らはすでに境の門まで来ているのだろう?大丈夫か?」
と、指摘した。境の門を抜け数十分歩けば、途中にこの島の大半の者が住む村がある。そこからこの神殿までは歩いて、7、8時間程度といったところか・・・もし何も知らずに侵入者に手を出す者が居たら、やられる危険性は確かに高い。もっとも、侵入者を発見したら誰かしらは此処まで報告しに来るだろうが。
私は、
「・・・何もしない。というより下手につつかないほうがいいと思うのだが?所詮魔力を持たない奴らだろう。仮に神獣の元へ訪れたとしても何もできはしない。それに聞いた話だと、侵入者の人間は此方から手を出さない限り襲ってこないのだろう?やられたのは勝手にしかけた貴様の責任だ。何が暇潰しだっ」
と、ここぞとばかりに言った。が、
「ぐっ!だ、だがガトウも戦ったじゃねえか!?」
「・・・言いたくはないが、私はデュカ様のとばっちりを受けただけだ。あとは成り行きだな・・・」
ガトウが少し言いにくそうに言った。
ロナンが、焦ったように
「そ、それなら村の奴はともかく神獣のほうだ!神獣は本当に大丈夫か?」
?ロナンは何を言っている。
「何が言いたい?」
「つまり、だ。俺が戦った奴らの1人に得体の知れない術を使う奴が居たんだが・・・その術っていうのがフェニス、あんたの結界魔法みたいなものだった。魔法じゃないような感じではあったがな。だから・・・」
!!
ロナンの言葉に驚愕した。
「き、貴様!そういう大事なことは早く言えっ!まずいな・・・だとすると話が変わってくるぞ。どういう類のものかは知らんが結界めいたものを張れるということは神獣に近づける可能性があるではないか・・・」
やはり、侵入者を何とかするしかないのか・・・?
と、私が対応を考えようとしたとき、
「ただ・・・」
ノルエルが何かを言いたそうにしていた。
「なんだ、ノルエル?」
「ええ。何と言いましょうか・・・境の門周辺に感じる20程度のこの大きなプラーナや小さなプラーナ・・・おそらくロナンさんやジンさんが交戦した侵入者のものと思われますが、此方とは反対側へ移動しておりますが・・・?」
そのノルエルの言葉を聞いて、この場に居る者が皆首を傾げた。
〜〜〜
狼煙を上げて一時間ぐらい経った頃、まずリシナの班が合流した。
話を聞いたアズトが、
「そちらも災難でしたねぇ。ともあれ無事で良かったです」
と言った。
「いえいえ。この子達も居ましたし、何より頼りになる方々もいらっしゃいましたから」
リシナが双子の姉妹とレヴィアスの男2人を見ながらそう言った。
「そちらのほうが大変だったでしょう?・・・魔神ですか。それに・・・」
ちらりとミシルを見た。
「いえ。何でもありません」
と、口をつぐんだ。まあ、アズトがレンジのおっさんや俺から聞いた話を包み隠さず喋ったからな・・・ミシルに関しては触れないほうがいいと判断したのだろう。
と、リシナが、
「それにしてもトウヤさん?貴方が倒したという牛の顔をした生き物というのは牛鬼じゃないかしら?」
俺に言ってきた。
「牛鬼?自分では・・・ええっと、鉄牛鬼と言っていたが。似たようなものなのかな?」
「そう。じゃあ、違うのかしら・・・?見た目の特徴なら伝承に聞く牛鬼かと思ったけれど。似たような種族なのかもしれないわね」
と、伝承にある牛鬼について語りだした。なんでも、
牛の頭、鬼の身体を持ち、その性質は残虐非道にしてひどく好戦的らしい。その上突然どこからともなく現れるとか・・・まあ、大体合っているが身体が鉄のように固くなるのはどういうことなんだろう?奴が言っていた「鉄島」に関係があるのか?
分からないが・・・
「うーん?分からないな。倒したら消えたしな。まあ、鬼族の奴は召喚がどうこう言ってたから、死んだかどうかもいまいち分からないが・・・召喚ということは帰っただけかもしれないしな。あっ、銀色の奴はまだ死体がそのままあると思うぞ。帰りに寄ってみよう」
「銀色の金属らしきものね。見てないので詳しくは分からないけど、もしかしたら呪術とかその類の性質のものかもしれないわね・・・出来たら持ち帰って詳しく見てみたいわ。ね、ユリナちゃん?」
リシナが横に居た双子の妹に聞くと、ユリナは頷いていた。
「へぇ。お前そういうのに詳しいのか?」
俺が聞くと、
「・・・うん。アリナよりは」
と、自分の姉を見てそう言った。その本人は、
「ま、まあね。あたしはそういう知識とかあんまり興味ないから」
ハハハッと、焦ったように言った。
「ネクも詳しいよな?」
俺は昔馴染みの勤勉な姿を思い浮かべながら話を振った。
「まあ、あんたよりはね。でもあの銀色がどういう原理で動いてたかはよく分からなかったけど・・・とにかく持って帰りましょう」
「そうだな。それにしても、風の魔法?そっちも面白そうな相手だったんだな?」
俺はリシナ達から先ほど聞いた話を振ってみた。
アリナが、
「そうよ!強かったんだから!でも、あたしも・・・・・・・・・」
そうやって、お互いの体験した話などを喋っていると、もう1つの班であるガルディアのところの副団長率いる奴らが合流した。
そいつらは道に迷っていたらしく、狼煙が上がって助かったと言いながらここへ来た。
ガルディアが、
「貴様らはまったく・・・それでも我が探索団の一員かっ!?副団長まで居ながらなんという体たらくっ!そもそも方位磁石で照らし合わせれば入口から反対側へ・・・」
説教をし始めた。
副団長らしき男がそれを聞いて、
「お言葉ですが、キャプテン。道に迷ったには理由があるのです」
「理由だと?そんな言い訳をっ!」
「言い訳ではなく・・・その、何といいましょうか、我々が進んでいた森の途中の洞窟でこれの大きな鉱石を発見したのです」
と副団長が手に持っていた小石をガルディアに見せた。
「これだと。見せてみろ・・・・・・!これはっ!?」
ガルディアが副団長から小石を受け取り眺めていたら驚きの声を上げた。
なんだ?
「まさか、金鉱石だとっ?」
「そうです。このぐらい大きな塊が洞窟内に無造作にありました。あまりに興奮した我々は、洞窟から出たとき自分の居場所を見失い道に迷ったというわけなのです」
副団長が手振りを交えながら説明した。両手を広げたぐらいの大きな金鉱石の塊だと?
何万丸の価値があるんだ・・・
「ふむ・・・確か船に手押しの台車は積んでいたな?よし急いで船まで戻るぞっ!」
「待って下さい!ガルディアさん」
興奮した様子のガルディアを引きとめたのは、やはりというかなんというか、アズトだった。
「・・・何か、アズト殿・・・」
しまった、という顔をしたあとでガルディアが言った。
「当然、我々で山分けですよね?」
にこにこ顔をしながらアズトが聞いた。
「・・・・・・・・・勿論だ」
俺達を見まわしながら、渋い顔でそう言った。
こいつ・・・依頼主からの依頼料だけでなく金鉱石まで手に入れるとは、相当儲かったんじゃないか?
金鉱石というのは、言わずと知れた金の材料でその希少性からかなりの価値がある。火の大陸では主なところで最も価値のある通貨の10000丸や、宝剣、金持ちの家の装飾などに使われている。
その後、一旦台車を取りに船に戻った俺たちは副団長の案内で金鉱石の塊がある場所へ行き、それから銀色の死骸?も回収して島を後にした。
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~???~
生暖かい風が吹いた、と思ったら誰かがすぐ其処に立っていた。
それに気づいた自分は隣に立つ相棒へ声をかけた。
「お、おい。誰だ。お前の知り合いかっ!?」
自分がそう言うと、その黒いローブを着た存在に今気づいたのか相棒は、
「ん?・・・なっ!?誰だっ、貴様!?」
と焦った声を出した。
見てみると・・・ヒト・・・?
いや、ヒトの身でここに来れる筈がない・・・と思い直した。
「貴様、何用だ!?ここが我が主の居城と知ってきたのかっ!?」
自分も尋ねてみた。
すると、
「ええ、勿論。用事があって来たの。預けていたモノを返してもらいにね・・・」
・・・やはりヒトらしき少女の声でその来訪者はそう言った。
だが、
「預けていたモノだと?貴様のようなヒト如きが我が主に何をお貸ししたというのだっ!?」
自分がそう言うと、そのヒトらしき少女は
「そうね・・・正確には物じゃないかしら・・・」
自問していた。
「うーん。屈辱、敗北、・・・そして消滅。っていうところかしらね、返すものは。まあ、それでも私に与えた割合としては4人の中で一番少ないほうだとは思うから、少しぐらいは手加減してあげましょうか」
?独りで何を言っている?
「どういうことだっ!?」
たまらず聞いてみると、
「あらあら、人狼の知能じゃ理解は難しかったかしら・・・平たく言うとね、殺しに・・・滅しに来たの。貴方たちの主人、アルカードをね♪」
と、微笑みながら同時に尋常ではない殺気を身に纏って少女が言った。
「ぐっ、くっ・・・何故だ!?貴様はヒトではないのかっ?それも年若い・・・我が主は少なくとも100年はこの城からお出になってはいない」
と自分は我が主の居城ヴァニア城を見ながら言った。
「そうねのね・・・まあ、此処は闇の大陸から遠いしアルカード如きの実力じゃ覇権は狙えないか・・・私を倒したあとは引きこもっていたのね・・・」
と、我が主を侮辱した!
「き、貴様!殺す!」
「ウオオオオオオ!」
相棒と同時にその少女へ襲いかかった。
「まあ、手始めに全滅させましょうか。ネイルッ!」
少女がそう叫ぶと手に持っていた銀色の杖が巨大な刃に変化し、それを自分と相棒へ無造作に振った。
ズシャッ!
そして、相棒と自分の身体が真っ二つになった。
自分が最期に見たものは・・・薄く笑う少女の顔の上部に生える灰色がかった大きな角だった・・・
「ふむ。やはり発動時間も段違いに早くなっているわね・・・人狼の動きより早いって・・・」
と、少女デュカ・リーナは、にやりと口を歪めて城の入口へ向かった。