第二十話 掴まれた想い
応接間を出て、謁見の間の玉座の後ろ。幕で隠された扉の前にファルとサラは立っていた。
「ねえ、ファル…謁見の間って普通は勝手に入れないよね?」
「許可は貰ってますし、この国は普通ではないので気にしないで下さい」
「ええ…」
ファルが扉を開けると、そこは小さな書庫になっていた。ファルはサラを先に行かせ、書庫に入ったところで立ち止まる。
「さあ、全て禁書です。好きに調べて見てください」
「好きにって…これを読め、とかないの?」
「ないですね。自然と目に止まる本を読んでみて下さい」
「自然にって言われても…」
サラはゆっくりと本の背表紙を見ていくと、一つ目の棚の五段目に目が止まった。
「帝都調査記録…。ねえ、ファル。今って王国はあるけど帝国はないよね?」
「ええ。最後に帝国があったのは、今から1000年程前、と言われてますね」
「じゃあこの本は、1000年前に書かれたの?」
「さあ、どうなんでしょうね。書いた本人しか分かりませんよ」
サラは小さくため息を吐くと、表紙を捲った。そこには、見慣れた紋章が描かれていた。
「あれ?この紋章…少し違うけど似てる…」
サラは自分の服とファルの服を見た。そこには、本に描かれた紋章と瓜二つの柄が刺繍されていた。
更に捲ると当時の街の様子が事細かに書かれている。
挿し絵にある街は、今の王国とは比にならない程高い建物が立ち並び、硝子や金属が使われているようだった。
「すごい…こんな街があったんだね」
「今も遺跡は残っていますよ。まあ、面影はないですが…」
「行ったことあるの?」
「ええ…何度か」
サラが読み進めていると、本の中程で手を止めファルを見た。
「ねえ、街の人々の特長って…」
「黒髪に黒い瞳ですか?どこにでもいるじゃないですか」
「またそうやって…」
サラは少し呆れぎみに本に視線を戻し読み進める。特にに重要な事は書かれていないのか、最後の一枚を捲る。
「え…『神々に愛されし者、16の行く歳を刻みし時、銀の杯に朱の聖水を捧げ、世に安寧を漏らす』…これって…」
サラは自分の髪を手に取り眺めた。
「サラさん、髪は杯ではないですよ?」
「そうだけど、なんか…怖い意味だと思って」
サラは本を閉じ背表紙を眺め、静かに棚に戻した。軽く本を撫で、また棚に並んだ本を見ていく。
1冊の薄い本が目に止まり、サラが手を伸ばそうとした瞬間、ファルに腕を掴まれた。
「それは、触らないほうが良いですよ」
「…どうして?」
「禁書と言うのは、知られたくない事実だけを書いた本ではありませんから」
ファルがサラの腕を掴んだまま本を手にると、視界が揺らぎ見知らぬ城の前に立っていた。城は至るところから炎が立ち上ぼり、時折轟音と共に一部が崩れる。サラが振り返ると空は赤く、街も炎に包まれていた。
「なに…これ…」
「これは世界が忘れられない記憶です」
ファルが淡々と答え、サラは街の惨状が目に焼き付いていく。
血の匂い。
生き物の焼けた匂い。
人々の叫び。
人々の涙。
そして――
「…え?」
景色が代わり、城に上がるための長い階段の前。そこには、サラの隣にいるはずの黒髪に黒い瞳の男が、一人の少女を抱き抱え座っていた。
少女のドレスは血にまみれ、息はないのだと分かる。
炎に焼かれた街の匂いが混じる風に、息耐えた少女の銀の髪が美しく靡く。
「ファル…」
隣を見れば、確かにそこにいる。
「はい。私はここにいますよ」
視線を戻すと、崩れた城門からまた一人の男が現れた。
同じ髪。
同じ瞳。
同じ顔。
その男が、抱き抱えられた少女の顔を優しく撫でると、髪が退かされ白い肌が露になった。
男は、少女を慈しむように暫く眺めてから口を開いた。
『…ソフィア』
少女の名を合図にしたかのように景色が暗転して禁書庫に戻された。
サラは、ファルを真っ直ぐ見つめ、ファルは少女が抱き抱えられていた場所の方を真っ直ぐ見つめている。
暫くの沈黙の後、ファルがサラの腕を離した。
「…サラさん、続きを…サラさんが知らなければならないものは他にありますから」
「…うん」
サラはまた本棚に並べられた本を眺め、ファルに握られた腕を自分で掴んだ。
「ファル…大丈夫だから、そこにいてね」
サラが一歩踏み出した時、本当に小さな返事がサラの耳に届いた。
「…ありがとう」
その言葉は、禁書庫の小さな部屋では、大きく響いていた。




