↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第1章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

8/50

第8話 嫌がらせとカレーライス

「……ない。ないぞ! どこにもない!」


早朝の厨房に、ヴォルグ料理長の悲鳴が響き渡った。


いつものように下準備を始めようとした私たちは、異様な光景に言葉を失っていた。

食材庫が、もぬけの殻なのだ。


昨日届いたはずの新鮮な野菜も、今日使う予定だった『ギガント・ポーク』のブロック肉も、卵も、牛乳も。

棚という棚が、不自然なほど綺麗に空っぽになっていた。


「どうなってんだ! 鍵は掛かってたはずだぞ!」

「料理長、裏口の鍵が壊されています……!」


見習いの少年が青ざめた顔で報告してくる。

泥棒? いや、それにしては手際が良すぎるし、金目の銀食器などは手付かずだ。

狙われたのは「食材」だけ。


「……やりやがったな」


ヴォルグがギリと奥歯を噛み締めた。

犯人の目星など、考えるまでもない。

昨日、私が王太子の誘いを断り、恥をかかせたことへの報復。

十中八九、ミアの差し金だろう。


「くそっ、今日の昼は騎士団の連中だけじゃなく、他部署の文官たちも楽しみに待ってるんだぞ。今から発注しても間に合わねぇ!」

「あるのは、使い古しのスパイスと……地下倉庫に残っていた、芽が出かけた芋とタマネギくらいか」


料理人たちが絶望的な顔で床に座り込む。

メインディッシュになる肉がない。彩りとなる緑黄色野菜もない。

あるのは、茶色い根菜と、古びた香辛料の瓶だけ。


これでは、まともな宮廷料理など作れるはずがない――誰もがそう思った。


けれど。


「……ふふ」


静まり返った厨房で、私だけが笑みをこぼした。


「エ、エリス?」

「皆さん、諦めるのはまだ早いですよ。むしろ、好都合かもしれません」


私は棚の奥から、埃を被っていたスパイスの瓶を次々と取り出した。

黄色い粉末の『ターメリック・ルート』。

爽やかな香りの『コリアンダー・シード』。

そして、強烈な辛味を持つ赤い実『マグマ・ペッパー』。


「古くなった野菜と、たくさんのスパイス。……これだけあれば、あの『魔法の料理』が作れます」


私は眼鏡を指先で押し上げ、ニヤリと笑った。


「暑い夏にぴったりの、食欲増進・疲労回復の特効薬。……『特製スパイスカレー』を作りましょう!」


   ◇


「カレー? なんだそれは」


ヴォルグたちが首をかしげる中、私は調理を開始した。


まずは、大量のタマネギだ。

地下倉庫に眠っていた『古(いにしえ)のタマネギ』は、水分が抜けている分、旨味が凝縮されている。

これを薄切りにし、大鍋にたっぷりの油を入れて炒める。


「ここで、魔法を使います!」


通常なら飴色になるまで一時間はかかる工程だが、生活魔法『脱水』と『加熱』を併用し、一気に水分を飛ばす。

十分もしないうちに、タマネギは濃厚な褐色ペーストに変わった。

これこそが、カレーのコクの正体だ。


次に、すりおろしたニンニクとショウガを投入。

香りが立ったところで、いよいよ主役の登場だ。


ザラララ……ッ!


私が調合した十種類以上のスパイスを、油の中に投入する。


ジュワァアアアッ……!!


その瞬間。

厨房の中に、爆発的な香りの竜巻が巻き起こった。


「うおっ!? なんだこの匂いは!」

「鼻がムズムズするけど……すげぇいい匂いだ!」


クミンに似た野性味あふれる香り。カルダモンの清涼感。そして唐辛子の刺激。

油と熱によって目覚めたスパイスたちが、強烈な自己主張を始める。


「ここに、乱切りにしたジャガイモとニンジンを入れます!」


肉がない? 問題ない。

私は冷蔵庫の隅に残っていた『牛脂』と、スープ用の出汁に使った後の『肉の端切れ』を細かく刻んで放り込んだ。

肉そのものがなくても、脂とエキスがあれば、カレーは十分に肉の味を纏う。


水を注ぎ、グツグツと煮込むこと三十分。

仕上げに、隠し味の『すりおろしリンゴ』と、ほんの少しの『黒しずく(醤油)』、そして『ビター・チョコ』を一片。


鍋の中は、黄金色から深い褐色へと変化し、とろりとした艶を帯びていた。


「完成です。名付けて『王宮の危機を救う、根菜とスパイスの爆弾カレー』!」


その匂いは、もはや「暴力」だった。

換気扇を通り抜け、窓の隙間から溢れ出し、風に乗って城中へと拡散されていく。

それは、誰も嗅いだことのない、しかし本能が「食べろ」と命じる、魔性の香りだった。


   ◇


「……くさっ! 何ですの、この刺激臭は!」


王宮の廊下で、ミアがハンカチで鼻を押さえて叫んだ。

彼女は勝ち誇った気分で、昼食の時間に向かっていたところだった。

今頃、厨房はパニックになり、泥だらけの芋を茹でて出しているはずだ。そう思っていたのに。


「くんくん……いや、ミア様。これは……」


後ろを歩いていた護衛の兵士が、うっとりとした顔で鼻をひくつかせている。


「ものすごく、腹が減る匂いです」

「はあ? 何言ってますの? ただの薬草の臭いじゃ……」


グゥゥゥゥゥ~~~~ッ。


ミア自身の腹の虫が、盛大に鳴いた。

彼女は顔を真っ赤にして腹を押さえた。

口の中に、じわりと唾液が溢れてくる。

辛そう。でも、美味しそう。脳が混乱し、胃袋が暴れ出す。


「な、なんなんですのよーっ!!」


   ◇


一方、厨房裏の「エリス食堂」。

そこは、阿鼻叫喚と歓喜の渦に包まれていた。


「あつつっ! からっ! うめぇえええ!!」

「水! いや、次の一口だ! スプーンが止まらねぇ!」


騎士たちが、汗だくになりながらカレーを掻き込んでいた。

彼らの目の前にあるのは、深皿に盛られた白米『パールライス』と、その半分を覆い尽くす褐色の海。


一口食べれば、マグマ・ペッパーの辛味が舌を刺す。

だが、その直後にタマネギの甘みと牛脂のコクが押し寄せ、辛さを旨味へと昇華させる。

ゴロゴロと入ったジャガイモはホクホクで、スパイシーなルーの中で優しいオアシスとなっている。


「なんだこの料理は……! 体が内側から燃えるようだ!」

「昨日の訓練の疲れが、汗と一緒に吹き飛んでいくぞ!」


全身から汗が噴き出す。

だが、それが快感だ。

暑い夏にこそ、熱くて辛いものを食べる。

この世界の人間が知らなかった「スパイス・ハイ」の状態に、彼らは完全に陶酔していた。


「エリス、水!」

「はい、どうぞ。お水ではなく『ラッシー』です」


私が差し出したのは、ムームー牛のミルクを発酵させたヨーグルトに、ハチミツとレモン汁を混ぜた特製ドリンクだ。


ゴクゴクゴク……プハァッ!


「生き返る……! 口の中の火事が一瞬で消火された!」

「そしてまたカレーが食いたくなる! 無限だ! これは罠だ!」


そんな汗臭い男たちの中心で、レオンハルト団長もまた、無言でスプーンを動かしていた。

彼は辛いものが得意ではないはずだが、額に玉のような汗を浮かべながらも、食べる手が止まらない様子だ。


「……エリス」

「はい」

「これは、危険だ」


彼は真剣な眼差しで、空になった皿を見つめた。


「毒が入っているわけでもないのに、中毒性がある。これを戦場で出されたら、敵兵も武器を捨てて並び出すだろう」

「ふふ、最高の褒め言葉ですね」


私はタオルを差し出した。

彼はそれを受け取り、乱暴に汗を拭うと、低い声で言った。


「しかし、食材が消えたというのは本当か?」

「ええ。おかげでこのカレーが生まれたのですが……明日の朝食の分もありません」


私の言葉に、レオンハルトの目が鋭く細められた。

食事中の緩んだ空気は消え、冷徹な「黒狼」の顔に戻る。


「……分かった。後のことは私に任せろ」

「レオンハルト様?」

「私の楽しみ……いや、王宮の食の安全を脅かした罪は重い。犯人が誰であろうと、必ず償わせる」


彼が立ち上がると、食事を終えた騎士たちが一斉に起立した。

その目には、カレーによって満たされた活力と、自分たちの「聖域(エリス食堂)」を荒らされた怒りが宿っていた。


「近衛騎士団、出動だ。食材泥棒のネズミ狩りを行う!」

「「「ハッ!!」」」


   ◇


数時間後。

王宮の裏庭にある廃棄物置き場にて。


「ひぃっ、お、お許しください!」

「まさかこんな事になるなんて……」


数名のメイドたちが、騎士たちに包囲され、ガタガタと震えていた。

彼女たちの足元には、土にまみれた高級食材――ギガント・ポークの肉や、新鮮な野菜が無惨に捨てられていた。


「もったいない……」


駆けつけた私は、泥だらけになった食材を見て胸を痛めた。

食べ物は命だ。それを、ただの嫌がらせのために捨てるなんて。

料理人として、一番許せない行為だ。


「誰の指示だ」


レオンハルトが、氷のような声で問い詰める。

メイドの一人が、泣きながら白状した。


「ミ、ミア様です……! 『エリスを困らせるために食材を隠せ』と……『どうせ下働きの料理なんて誰も食べてないからバレない』と……!」


その言葉を聞いた騎士たちが、殺気立った。

「誰も食べてない」だと?

俺たちの楽しみを、俺たちの活力を、愚弄したのか。


「証拠は固まったな」


レオンハルトは私の方を向き、少しだけ表情を緩めた。


「エリス。この食材はもう使えないが……代わりの品は、私がポケットマネーで手配させた。今夜には届くはずだ」

「えっ、そんな、悪いです!」

「気にするな。その代わり……」


彼は少し視線を逸らし、咳払いをした。


「今日の夜、その……例のカレーを、もう一杯食べさせてくれないか? 持ち帰り用もだ」


「……ふふ、喜んで」


   ◇


その日の夕刻。

王宮のダイニングルームでは、またしても修羅場が繰り広げられていた。


「なぜだ! なぜカレーが出ない!」


ギルバート王太子がテーブルを叩いていた。

城中に充満するスパイシーな香りに胃袋を刺激され、期待して席についた彼に出されたのは、ただの「ふかした芋」と「塩スープ」だったからだ。


「申し訳ございません殿下……。食材がなく、カレーを作るためのスパイスも、昼に全て使い切ってしまい……」


給仕が震えながら答える。

食材がない理由は、他でもない、隣に座っているミアのせいなのだが。


「くそっ、またエリスか! あいつ、俺には食わせないつもりか!」


ギルバートは勘違いして激怒していた。

違う。貴方が守るべき婚約者が、貴方の食事を台無しにしたのだ。


「ギル様ぁ、あんな臭い料理、食べなくて正解ですわよ。それより、このお芋、ダイエットにいいかも……」


「黙れ!!」


ギルバートの怒号が響く。

ミアがビクリと肩をすくめた。


「お前のドレスのせいで予算がない上に、飯まで不味い! いい加減にしろ!」


亀裂は、決定的なものになりつつあった。

そして、その亀裂にトドメを刺すように、扉が乱暴に開かれた。


「ギルバート殿下。および、ミア嬢。少々お話をよろしいか」


入ってきたのは、数名の騎士を引き連れたレオンハルト団長。

その手には、泥にまみれた食材のリストと、メイドたちの供述書が握られていた。


「……なんだ、騒々しい」

「王宮内における、横領および器物損壊の犯人が見つかりましたので。……連行してもよろしいですね?」


レオンハルトの冷徹な視線が、ミアを射抜く。

ミアの顔から、サーッと血の気が引いていった。


「え、あ、ち、違いますの! 私はただ……!」


スパイスの香りが残る城内で、断罪の時は刻一刻と迫っていた。

美味しいカレーを食べ損ねた王太子の怒りと、カレーを愛する騎士団の正義。

その両方が、愚かな令嬢へと向けられようとしていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
いやぁ…こんなドレスの事しか考えてないバカが王太子の婚約者になれる世界が怖い(;・∀・)
作品がフィクションなのは分かるけど、商標登録されているワード『パールライス』を使用するのは問題ないの?OKなら別にいいんだけど
やっとミアが罰せられる!?
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。