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【最終章完結】『「罰として下働きしろ」と言われたので、厨房で飯テロ無双します ~不味い飯に苦しむ王子を他所に、騎士団長と晩酌中~』  作者: 月雅
第1章

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最終話 幸せな食卓

王都から馬車で北へ二十日。

そこは、一年の半分が雪に閉ざされる極寒の辺境地だ。

かつて王太子だったギルバートと、元男爵令嬢ミアは、この地にある古びた修道院に送られていた。


「……硬い」


食堂の冷たいベンチに座り、ギルバートは目の前の皿を見つめた。

そこにあるのは、石のように乾燥した黒パンと、塩漬けの魚を茹でただけのスープ。

彩りなど皆無。香りもしない。


「ねえ、ギル……あなた、薪割りは終わったの? 終わらないと夕食抜きって言われたわよ」


隣でミアが、ボロボロになった粗末な服を着て愚痴をこぼす。

かつての愛らしい面影は薄れ、肌は荒れ、髪もパサパサだ。

彼女の手には、泥だらけの雑巾が握られている。


「ああ、終わったさ」


ギルバートは力なく答え、パンをスープに浸した。

ふやけてもなお、ボソボソとした食感。

魚の生臭さが鼻をつく。


(……あの時)


ふと、彼の脳裏に鮮やかな記憶が蘇る。

深夜の執務室で食べた、温かいポタージュ。

香ばしいサンドイッチ。

そして、あの日、厨房から漂ってきていた、スパイシーで食欲をそそるカレーの香り。


「食べたい……」


彼は掠れた声で呟いた。


「エリスの飯が……食べたい」


「またその話? いい加減にしてよ! 私だって甘いケーキが食べたいわよ!」


ミアがヒステリックに叫ぶが、ギルバートにはもう彼女を慰める気力もなかった。

失って初めて気づく。

「美味しい食事」が、どれほど人の心を支え、豊かにしていたか。

そして、それを当たり前のように提供してくれていた存在が、どれほど尊かったか。


「……ううっ」


ギルバートは涙を流しながら、不味いスープを啜った。

この後悔と空腹は、彼が生きている限り続く、終わりのない罰なのだ。


   ◇


一方、王都。

澄み渡るような青空の下、王宮前広場はかつてない賑わいを見せていた。


「「「おめでとう!!!」」」


色とりどりの紙吹雪が舞う中、盛大な拍手が巻き起こる。

純白のドレスに身を包んだ私と、正装の軍服を着たレオンハルト様が、大階段を降りていく。


今日は、私たちの結婚式だ。


「綺麗だぞ、エリス」

「ありがとうございます。レオンハルト様も、とても素敵です」


彼にエスコートされながら、私は広場の一角に目を向けた。

そこには、通常の結婚式にはありえないものが鎮座していた。


巨大な屋台村だ。


「さあ、食え食え! 今日は団長とエリス嬢の奢りだぞ!」

「ヴォルグ料理長! おかわり!」


厨房の仲間たちが腕を振るい、招待客や街の人々に料理を振る舞っている。

揚げたての『ロックバードの唐揚げ』、大鍋いっぱいの『爆弾カレー』、そして甘い香りを放つ『特濃プリン』。

堅苦しい披露宴ではなく、みんながお腹いっぱいになれるパーティーにしたい。

それが、私とレオンハルト様の希望だった。


「んまーっ! なんだこの肉汁!」

「幸せだ……こんな結婚式、初めてだ!」


笑顔、笑顔、笑顔。

貴族も平民も騎士も関係なく、美味しいものを食べて笑い合っている。

その光景こそが、私にとって最高の祝福だった。


「……夢が、叶いました」

「ん? 店のことか?」

「それもですが、こうして『美味しい』で世界を少しだけ平和にすることです」


私が言うと、レオンハルト様は優しく目を細め、私の手を強く握った。


「ああ。君の料理は、剣よりも強く人の心を動かす。……私も、その魔法にかかった一人だからな」

「ふふ、一生解けない魔法ですよ?」

「望むところだ」


彼は皆が見ている前だというのに、私の頬にキスをした。

沸き起こる冷やかしの歓声。

私は茹でた『サン・クラブ(カニ)』のように真っ赤になってしまった。


   ◇


それから、数ヶ月後。

王都の大通りから一本入った路地に、新しい看板が掲げられた。


洋食レストラン『騎士の休息』。


開店初日から、店の前には長蛇の列ができていた。

その大半は、非番の近衛騎士たちだが、噂を聞きつけた町の人々も多い。


「いらっしゃいませ!」


カランカラン、とドアベルが鳴る。

店内は木の温かみを生かした内装で、カウンター席とテーブル席が数席。

厨房では、私がフライパンを振るい、ホールではヴォルグ料理長の紹介で雇った元気な看板娘が走り回っている。

(ちなみにヴォルグ料理長は、王宮で料理長を続けながら、休日はここに手伝いに来るのが趣味になってしまった)


「おーい、エリス! いつもの『生姜焼き定食』、肉ダブルで!」

「俺は『オムライス』! 大盛りで頼む!」


活気ある店内。

ジュウジュウと肉が焼ける音。ソースの焦げる香り。

私は額の汗を拭いながら、次々とオーダーをさばいていく。

忙しい。けれど、最高に楽しい。


やがて夜が更け、ラストオーダーの時間が過ぎた頃。

最後のお客様が店に入ってきた。


「……ただいま」


仕事を終えたレオンハルト様だ。

私服に着替えているが、その顔には隠しきれない疲労が見える。

今日も騎士団長として、激務をこなしてきたのだろう。


「おかえりなさい、あなた」


私はエプロンの手を止めて迎えた。

彼はカウンターのいつもの席――私が下働き時代、彼が初めて座ったあの席に腰を下ろした。


「ふぅ……。今日も忙しかった」

「お疲れ様です。お腹、空きましたか?」

「ああ、ペコペコだ。……エリスの顔を見たら、余計に腹が減った」


彼は子供のように甘えた声を出した。

外では「黒狼」と恐れられる彼も、ここではただの腹ペコの旦那様だ。


「今日は何にしますか? 残り物でよければ何でも作りますよ」

「そうだな……」


彼は少し考えてから、懐かしそうに目を細めた。

「やはり、あれがいい。最初に出会った味」


「ふふ、分かりました」


私は厨房に戻り、手早く準備を始めた。

豚肉と、たっぷりの生姜。そして千切りキャベツ。


ジュワァアア……ッ!


醤油と生姜の香りが立ち上ると、レオンハルト様の表情が目に見えて緩んでいくのが分かる。

白い湯気を立てる炊きたてのご飯と、具沢山の味噌汁ミソ・スープを添えて。


「はい、お待たせしました。特製生姜焼き定食です」


ドン、と目の前に置く。


「いただきます」


彼は箸を手に取り、肉とキャベツを豪快に口に運んだ。

モグモグと噛み締め、目を閉じる。

そして、白いご飯を掻き込む。


「……んんっ」


喉を鳴らして飲み込むと、彼は深く、深く息を吐いた。


「美味い。……世界一だ」


その一言。

王宮のどんな豪華な食材を使った料理よりも、このシンプルな定食を、彼は一番愛してくれている。


「明日も頑張れそうですか?」

「ああ。君の飯がある限り、私は無敵だ」


彼は綺麗に完食し、空になった皿を見て満足げに笑った。

そして、カウンター越しに私の手をそっと握った。


「ありがとう、エリス。私と結婚してくれて」

「こちらこそ。私の料理を、一番美味しいと言ってくれて」


私たちは見つめ合い、静かな夜の店内で微笑み合った。


王宮を追放され、下働きに落ちた元悪役令嬢。

けれど今、私の目の前には、空っぽの皿と、最愛の人の満腹の笑顔がある。


これ以上の幸せなんて、どこにもない。


「さて、明日の仕込みは何にしましょうか」

「ハンバーグがいいな。チーズを乗せたやつだ」

「ふふ、リクエスト承りました」


食欲と愛のあるところに、不幸は寄り付かない。

私たちの「美味しい」毎日は、これからもずっと続いていくのだ。


(完)


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― 新着の感想 ―
美味しい食事の記憶があるのに、一生おあずけの刑…! 王子の自業自得ではありますが、なんて恐ろしい… その一方で、エリス嬢の作ってくれたご飯を「美味しい」と食べてるレオンハルトの様子に胸が温かくなりま…
カレーを一生お預けにされるとはどんな拷問や罰よりもツラ過ぎる。 こんな拷問を考えるとは・・・
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