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辺境魔法使いの傭兵奇譚  作者: 麗安導楼(れあんどろ)
第一章 新人傭兵
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河原での戦闘

 エイミィが突きを放つ。腰の捻りを利用した力の籠もった突きだ。だが、地を蹴る足に力を入れた際に石が動いてしまう。思ったように力を伝えられない。速度が少し落ちてしまう。

 アクアリザードは横から放たれた突きを一歩前に出ることで回避。そして体をエイミィに向けて剣で切りかかってきた。

 急いで槍を引くが、再度突きを放つ余裕が無い。体を仰け反らせて剣を躱す。剣が空を切る音が間近に聞こえ背中に冷たいものが流れる。


「石棘!」


 アクアリザードの背に向けて地面から複数の石の棘が突き出る。しかし背中に届く前に棘がアクアリザードの太い尻尾で叩き折られる。後ろを見ることもなく、体の向きも変えていない。


「嘘だろ!?まずい!」


 再びアクアリザードがエイミィに向けて剣を振り上げる。エイミィは先程の剣を躱した際に体勢を崩していて動けない。槍で剣を受けようとする。


「木槍!」


 クインティナが5本の木の槍を射出する。まるで矢のような速度で飛翔し、アクアリザードの側面に真っ直ぐ向かう。しかしこれも後方に下がって躱されしまい川の中に落ちてしまう。


「エイミィ!大丈夫か!?」

「はい!大丈夫です!」


 アクアリザードと距離が開いたことでエイミィはようやく態勢を立て直す。

 思っていたよりも厄介な相手だ。剣は力任せに振っている印象だが、尻尾の威力が強い。破壊された石棘も、いくら数本出して細くなったにしても簡単に壊せる代物ではないにも関わらず、いとも容易く壊された。そして、視界が広い。トカゲの頭ゆえに目が横についているせいで正面以外も見えている。石棘への反応を見る限り後方まで見えているのではないか。

 今の情報を頭で纏めていると、アクアリザードがカナメに向かって切りかかってきた。刃物を持っておらず、比較的近くにいたため狙い目だと思われたらしい。

 エイミィに切りかかった時と同じように力任せに振り下ろしてくる。だが、カナメはエイミィとは違う。剣術の基礎を叩き込まれている。何の技術もない力任せの攻撃など脅威ではない。とはいえ、相手の膂力も分からない状態で剣を受けるのは危険だ。ゴブリンリーダーの時のように受け流せなかった場合、立て直せるか怪しい。そこまでの危険を冒す必要はない。

 前へ踏み出し半身になって剣を避けると、そのまま喉元を狙って杖を突く。しかし、体を横に傾けてギリギリのところで躱される。

 予想以上の速度に驚いたのか、そのまま後方へ下がり距離を取りカナメの様子を窺っている。背中を丸めていつでも飛び出せるような姿勢だ。


「竪穴」


 アクアリザードの足元の地面を片足だけ20cmほど沈下させる。バランスを崩して倒れかけたところを後方からエイミィが攻撃する。鋭い突きが後頭部めがけて放たれるが、苦し紛れに振った剣によって槍が弾かれる。

 体勢を整えようとしているが、それを許すはずもなく追撃する。


「木杭!」


 クインティナ最大火力の魔法が放たれる。速度が遅いことから動き回る相手には不向きだが、今のように動きが鈍くなっている相手になら当てられる。

 横並びに2本の杭がアクアリザードの側面に飛んでいく。躱すことのできない絶好のタイミング。確実に当たると思ったのも束の間、2本とも尻尾で叩き落とされてしまう。

 この叩き落された木杭が地面に衝突した衝撃で河原の石が割れ、弾け飛ぶ。アクアリザードの顔面に大小様々な石が当たる。


「ギュアーーー!!!」


 その痛みと衝撃で奇怪な声を上げながら顔を手で押さえのたうち周る。手のすき間からは血が流れ出ている。


「よし!起き上がってくる前に仕留めるぞ!」


 魔法による攻撃を仕掛けようとするが、アクアリザードは転がりながら川の方向へと逃走を計る。


「川に逃げられます!」


 カナメとエイミィは川へ逃げようとしているアクアリザードに接近する。もう少しでエイミィの射程範囲に入るというタイミングで、2人は足を止めた。空中に水が浮かんでいる。魔法だ。


「伏せろ!」


 カナメが思わず叫んだ。エイミィは指示に従い地に伏せる。その瞬間、宙に浮いた水球からは勢いよく水が射出される。直前まで2人の頭があった場所を水が通過する。頭上から水が通ったとは思えない風切り音が聞こえたと思ったら、後方から爆音が聞こえた。上空からは小石や砂が降ってくる。何事かと振り返ると、先程の水が当たったと思われる場所の地面が抉られていた。驚愕のあまり固まってしまった。


「2人とも、動いて!」


 クインティナの悲鳴にも似た声が聞こえ我に返る。正面に向き直るとアクアリザードが川の中に逃げ込んだところだった。


「逃げられたか⋯⋯。」


 しばらく川を見ていたがアクアリザードが浮かんでくる様子は無い。水中を泳いで遠くに逃げられたのだろう。


「仕方ないですね。むしろ、逃げてもらえて良かったです。」


 そう言うエイミィの顔は青くなっている。膝も少し震えているようだ。無理も無い。つい先程、直撃したら即死していたかもしれない魔法を使われたのだ。伏せるのがあと少し遅かったらと考えれば恐怖してしまうものだ。


「2人とも、大丈夫?」


 クインティナが心配そうに駆け寄ってきた。


「大丈夫です。奇跡的に2人とも無傷です。クインさんの魔法が無かったら今頃死んでいたかもしれません。助かりました。」

「そう言ってもらえると助かるわ。それにしても、アクアリザードがあんな魔法を使えるなんて知らなかった。」

「そうですね。あの魔法、かなりやばかったです。ギリギリ躱せて良かったです。」

「ほんと、危なかったわよね。エイミィちゃんも、よく躱せたわね。」

「あ、あああれは、カナメさんの声が聞こえたので、咄嗟に⋯⋯。あれ⋯⋯?なんか、急に足に力が入らなくなってきました。声も⋯⋯震えちゃって⋯⋯。」


 話しながらエイミィは槍を支えにしながらも膝から崩れて座り込んでしまった。


「そっか。安心して腰が抜けたんだな。仕方無い。少し休んでいこう。とはいえ、ここからは離れた方が良さそうだけどな。」

「そうしましょ。あんなのと何度もやり合いたくないし。水だけ汲んで森の中に戻った方がいいわ。」

「ごめんなさい。もう少しだけ待ってもらっていいですか?」

「構わないさ。しばらぐっ――!!」


 ドンッ!という鈍器で殴られたような音が響いた瞬間、カナメがエイミィの横に飛んできた。うつ伏せに倒れているカナメは目を閉じピクリとも動かない。


「え⋯⋯?カナメさん?」


 事態が飲み込めないエイミィは無表情のままカナメを見る。カナメの装着している胸当ての背中部分が砕けてなくなり、藍色の服が水に濡れて黒くなっていた。


「カナメさん⋯⋯!カナメさん!!」


 エイミィはすぐそばに倒れているカナメの肩に手を置きながら呼びかける。だが反応が無い。


「エイミィちゃん!立って!あいつがまた来た!」


 川を見ると先程のアクアリザードが水面から顔だけ出してこちらを見ている。頭上には魔法で作った水球が浮かんでいる。こちらの様子をうかがいながら狙いを定めている。


「逃げて!」

「え?でもそれじゃあクインさんとカナメさんは⋯⋯。」

「⋯⋯。あなたは逃げなさい。このままじゃ2人とも殺される!」

「そんな⋯⋯。いや⋯⋯。嫌です。私嫌です!お2人を置いて逃げるなんてできません!」


 エイミィは涙目になりながら抗議した。カナメが受けた一撃は先程の魔法だろう。絶望的な威力だった。あれを食らっては無事では済まないことなど分かる。もしかしたら最悪の事態だって考えられる。だが、それでもカナメを置いて逃げるなどという選択肢はなかった。ましてや自分を庇ってクインティナまで死のうとしているのを許容できるはずもなかった。


「何言ってるの!死にたいの!?」

「どうせこんな足じゃ逃げられません!」

「――っ!仕方ないわね!」


 クインティナは苦々しい顔で吐き捨てる。カナメが離脱しているなか、エイミィの足の回復を待ちつつ何ができるのか。エイミィが回復したとして何ができるのか。明らかな劣勢をどう覆すか考えながら、杖を構えた。

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