河原での戦闘②
アクアリザードの頭上には水球が浮いている。水球は蠢きながら歪な形状をしていた。水球とアクアリザードの間には魔力の線が見える。今まさに水球へと魔力の供給を行なっていることが分かる。
――次の攻撃が近い。
クインティナは感覚的にそれを理解した。魔力の供給が終わった時、それが攻撃のタイミングだ。
その攻撃をどう凌ぐか。凌いだとしてどう反撃するか。相手は水の中だ。有効な攻撃手段があるとは言えない。はっきり言って反撃を諦めて撤退したい。だが倒れているカナメを放置できない以上、撤退するわけにはいかない。まずはエイミィの足腰が回復するのを待つために防御に徹するしかない。反撃の手段を考えるのはそれからだ。
徐々にその大きさを増していた歪な水球はその動きを止め、反対に徐々に小さく滑らかになっていく。アクアリザードと水球の間の魔力の線が見えなくなっていることから、魔力供給が完了し攻撃準備に入ったことが分かる。
クインティナはエイミィとカナメの近くに歩み寄る。狙われる的は少ない方が良い。その方が守りやすい。
緊張感が高まる。杖を持つ手に力が入る。水球から視線を切ることができない。
――いつ来るの!?
攻撃のタイミングが読めない。精神力だけ消耗させられる。頬を汗が流れる。
すると、水球の表面に凹みができた瞬間、その凹みから勢いよく水が射出された。とてつもなく速い。水だというのに飛沫もあげず空を切って飛んでくる。アクアリザードからクインティナへ繋がる水の線が出来上がる。だが、その線が完成することはなかった。
「木壁!」
クインティナの杖から魔力の線が伸び、杖を中心に壁が生成される。瞬時に2m四方の壁が眼前に出現した。
直後に壁の向こう側から激しい衝突音が聞こえた。水球からの攻撃を防ぐことに成功したようだ。だが、自分で生成した壁だからこそ分かる。今のは危なかった。壁の中程まで削られた。貫通することは無かったが、もう少しで壁が折られるところだった。とんでもない威力だ。もしこれを食らってしまったら⋯⋯。カナメに目をやる。エイミィが不安そうにこちらを見ている。
「大丈夫。防御するだけなら何とかなるわ。」
エイミィに向けて微笑む。だが、内心は焦りしかない。消耗戦になった場合、勝ち目は無い。クインティナに近接戦の手段が無いからだ。今ほど魔法以外で戦えないことを悔やんだことは無い。
壁を消してアクアリザードを見る。今度は先程より大きな水球が浮かんでいる。威力を上げるつもりだ。
クインティナは杖に魔力を込める。どこまでやれるか分からないが、相手が水球からの攻撃を続けるならこちらも壁による防御を続けるまでだ。向こうが業を煮やして陸に上がってくるまでにエイミィが回復していれば僅かながら望みはある。問題は自分の魔力がいつまで持つかだ。今日はここに来るまでに何度も戦闘を行なっている。既にかなり消耗した状態なのだ。
再び水球から水の線が放たれる。先ほど同様、これを木製の壁で防ぐ。今度は少し厚みを増した。それにも関わらず、その威力によって壁は削られ、大きく傾けさせられた。後方へ飛沫が飛ぶ。
「クインさん!私、動けます!」
エイミィが回復した。これで反撃の手段が講じられる。
壁を消す。アクアリザードは変わらず川の中だ。
「エイミィちゃん、回復したところで悪いんだけど、今はできることは無いわ。カナメくんのそばにいて。守りきれなくなる。」
「いえ、まだできることはあります。」
そう言うとエイミィは足元にある石を拾う。
「届かないなら、届かせるまでです!」
エイミィは大きく振りかぶると手に持った石を投げた。これはアクアリザードに当たらなかったが、付近に着水したことにより怯ませるには十分だった。
「エイミィちゃん、ナイス!木槍!」
この隙を突いてクインティナは5本の槍を飛ばす。水面から出ている顔を狙った。
槍が飛翔する音に気がついたのかアクアリザードがこちらに向き直る。目の前に飛来してきた槍を見るなり水中へ潜った。その場所に槍が着弾し水が弾けるが、アクアリザードは既に移動してしまっていた。
「やっぱりダメね。もっと大きな隙を作るか、もっと威力がないと通用しないわ。」
「どうしましょう⋯⋯。今の私にできることなんて石を投げるくらいしか⋯⋯。」
「やらないよりはマシだけど、さっきみたいなことはもう期待できないでしょうね。幸い、あの水球のおかげであいつのいる位置はなんとなく分かるし、攻撃する時の動きも分かったから不意を突かれる心配はないんだけど。」
言われてみれば、とエイミィは思った。今、アクアリザードは水中に潜っている。木槍を回避したまま水中を移動しているのだが、移動しながら水球に魔力を供給している。つまり、水中から魔力の線が伸びており、その線の先にアクアリザードがいることは明白だった。攻撃時の動きも、魔力の線が消えてから水球が小さくなり凹みができてからの攻撃だ。初めて見た時はその魔法の意外性と威力に驚愕したが、今となっては威力だけが脅威の単調な魔法だ。ここに勝機は見出だせないだろうか。
「――来るわ!後ろに!」
エイミィがクインティナの後ろに回る。その直後、三度水球から水の線が放たれる。3回目ともなるとクインティナの対応も早い。とはいえ威力は凄まじいので衝突時に木の壁が大きく傾いてしまう。それと同時にクインティナが地面に膝を着いた。顔が白くなり、額からは大量の汗が出ている。
「クインさん!?どこか怪我を!?」
「いえ、そっちは大丈夫。でも、まずいわ。この感覚、魔力疲労ね。魔力が尽きるより先に来ちゃったみたい。たぶん、あと1~2回の攻撃を凌ぐので精一杯よ。」
「そんな⋯⋯。」
クインティナの防御がなければ、あの魔法をどうやって防げばよいのだろうか。射出された水の速度はかなりものだ。見てから避けるのは困難だろう。ましてや足元は石だらけなのだ。足を取られていつもよりも移動速度が遅くなっている。おそらく避けられない。
目の前では再び宙に浮いている水球に魔力が供給されている。
この光景を見て、エイミィはハッとした。
「クインさん、私、1つ思いつきました。」
「⋯⋯何をする気なの?」
「見ていてください。」
エイミィはクインティナの前に出ると、頭上に魔力の光球を浮かび上がらせた。ただ、今回は1つだけだ。たった1つの光球にエイミィから魔力の線が繋がり魔力が供給され続けている。これにより光球から放たれる光量が増し昼間のように明るくなる。目を開けられない程明るくなったと思った頃、今度はその光量が減っていく。光球自体も縮小し始めた。だが、暗くなっているというよりは、球の中に光を押し込めているような状態だ。
「ちょっと、なによそれ。エイミィちゃん、まさか⋯⋯あいつの魔法を真似したの?」
クインティナの問いかけにエイミィは答えない。額が汗ばんでおり、肩で息をしている。表情は真剣そのものだ。この状態を維持するだけでかなり辛いことが伺える。
これを見たアクアリザードが動揺している。頭しか見えないが、この戦闘中最も焦っていることが見て取れた。その焦りからか、攻撃準備のできていない水球から水が射出される。クインティナが咄嗟に壁を生成してエイミィを守る。
「⋯⋯く、うぅぅぅ⋯⋯。」
エイミィが苦しそうに声を漏らしている。気が付いたら頭上にあった光球が手元にまで降りてきていた。掌に収まるほどの大きさにまで小さくなっている。
「あぁぁぁぁぁーーーー!!!いっけぇぇぇぇーーーーー!!!!」
突然大きな声を放ったと思ったら大きく振りかぶってアクアリザードめがけて投擲した。どういうことか、先程石を投げた時よりも圧倒的に速度が速い。
物凄い速度で迫ってくる光球を、アクアリザードは水中へ潜って回避する。ギリギリのところで直撃は免れた。あとは水中を泳いで逃げるだけ。だが、光球はそれを許さなかった。
光球が水面に着弾した瞬間、光球が爆ぜた。大きな爆音を轟かせ、川には巨大な水柱が立ち上がった。周囲には爆風が吹き荒れる。河原の石が吹き飛ばされクインティナの体を打ち付ける。
風が止むと、一瞬の静けさの後、上空から雨のように水が降ってきた。次いで、魚や水棲生物が落ちてくる。五体満足なものもあれば、肉片になってしまっているものまである。その中に、アクアリザードがいた。下半身が爆散し上半身だけとなった姿で河原に落ちてきた。
爆発の余韻が完全に終息して、クインティナは周囲を見渡した。
「なに⋯⋯。これ⋯⋯。」
視線の先には対岸の地面が大きく抉れて川の形状が変化してしまっている光景があった。対岸の森は木々が倒れ根が剥き出しになっている。
「これ⋯⋯向こう側にいたら死んでたんじゃない?」
あまりの光景にしばらく言葉を失ってしまったが、ふと我に返った。
「そうだ!エイミィちゃん!」
このとんでもない威力の魔法を放ったエイミィがどうなったのか。自分よりも爆心地の近くにいて、立っていた。おそらく爆風で後方に飛ばされている。
痛む体に鞭を打って捜索すると、森の手前の河原に倒れていた。爆風でここまで吹き飛ばされて気を失っているようだ。ぐったりしているエイミィの体を仰向けにして状態を確認するが目立った外傷は無い。
次にカナメの容体を確認しに行く。こちらは倒れた時と同じ状態のままであるため爆風の影響をあまり受けていないが、石と魚類の下敷きとなっていた。これらをどかして首を触る。脈はある。呼吸もしている。こちらも意識を失っているだけだ。問題は背中の怪我だ。破壊された鎧を外し、服を背中まで捲り上げる。だが、意外なことに大きな怪我が無い。鍛え上げられた背筋が少し赤くなっている程度だった。骨折でもしていたらこの程度では済まないはずだ。そうなると革鎧か藍色の服か、はたまたその両方の力によって被害が最小限に抑えられたのだろう。ともあれ、この程度の怪我で良かったと胸を撫でおろした。
しかし、クインティナにとって最も辛い時間はこれからだった。
「2人とも無事だったのはいいけど、これから2人の見張りをするの?この生臭い空間で?ずぶ濡れの服で。」
寒さと臭いとの戦いの幕開けであった。




