10-1:すれ違う歯車
10-1:すれ違う歯車
華雄が心から帰順し、呂布軍が私の言葉の下に鉄の結束を誇るようになってから、半月ほどの時が流れた。
わずか十五日のことに過ぎぬはずなのに、私の胸に去来するものは重く、長い年月を生きたかのような濃密さを伴っていた。
その間、洛陽の情勢は奇妙な膠着に包まれていた。
董卓は、華雄の一件以来、私と呂布に対して、あからさまな手出しをしてこなくなったのだ。
あの男の胸を支配しているのは、もはや猜疑心ではない。
それは、呂布が本当に裏切るのではないかという――理性を凌駕する恐怖。
その証拠に、董卓は呂布に褒美を与え続け、機嫌を取るようなそぶりさえ見せ始めていた。
彼の笑顔はぎこちなく、言葉には熱がなく、ただ媚びの影が滲んでいた。
そのたびに、私は思う。
――董卓は、確かに追い詰められている。
おかげで、私たちの周囲には、ささやかな平穏が生まれた。
慈愛院の運営は順調に進み、子供たちの笑い声は日ごとに明るさを増していった。
月はまだ言葉を話せないものの、すっかり華雄に懐き、彼の大きな体の傍らで楽しそうに絵を描くようになった。
彼女の小さな指先が描く拙い線――それを見守る華雄の瞳には、かつて戦場で血に染まった剣を振るっていた猛将の姿はなく、父のような柔らかな光が宿っていた。
呂布軍の中でも、変化は目に見える形をとっていた。
陳宮と張遼の尽力により、衛生改革や兵站の整備は着々と成果を上げ、兵士たちの顔からは疲弊の色が消えつつあった。
兵舎には活気が戻り、武具は整い、食糧庫には不足の気配がない。
兵士たちは鍛錬の合間に笑い声を響かせ、戦場で散るよりも「生きるために戦う」という意志を強めていた。
その光景を眺めながら、私は胸の奥で深く息をついた。
――かつて夢見た「平穏」に近いものが、確かに形を取り始めている。
だが、その平穏は水面に浮かぶ木の葉のように、危うい均衡の上に乗っているに過ぎなかった。
水面下では、激しい濁流が渦を巻いている。
私はそれを知っていた。
そして、その濁流の中心にいる一人の男が、日に日に焦りを募らせていることも。
――養父、王允である。
彼の書斎を訪れたとき、その苛立ちは、肌を刺すほど濃厚に漂っていた。
部屋には飲み干された酒瓶がいくつも転がり、酸っぱい匂いが立ち込めている。
かつて知性と気品の象徴であったその部屋は、今や荒れ果て、主の心の荒廃をそのまま映し出すかのようだった。
王允は広げられた地図の上で、董卓と呂布を示す駒を苛立たしげに指で弾いていた。
カツン、カツン――乾いた音が室内に響くたびに、彼の焦燥が伝わってくる。
「……あの小娘、一体、何をぐずぐずしておるのだ」
独り言のように吐き出された声は酒で少し嗄れており、その響きには苛立ちと焦りと、そしてどこか恐怖が滲んでいた。
私が部屋に足を踏み入れると、彼は顔を上げ、その苛立ちを隠そうともせずに睨みつけてきた。
「貂蝉か。ちょうど良いところに来た。一体、いつまでおままごとのようなことを続けるつもりだ」
「おままごと……と申されますと?」
「慈愛院だの、軍の改革だの、そんなことだ!」
彼の声は鋭く、まるで私の胸を突き刺す矢のようだった。
「呂布はもう、お前に骨の髄まで惚れ込んでいる。今すぐけしかければ、董卓の首など赤子の手をひねるより容易かろう!
それを、内政だの民の支持だのと、女子供の甘い遊びにうつつを抜かしおって……」
その言葉は、棘となって私の心を深く抉った。
私がどれほどの覚悟で、この改革を進めてきたか――この男には何一つ伝わっていない。
彼にとって民の生活も兵士の命も、全ては董卓を殺すためだけの駒でしかなかった。
私の胸に、怒りが熱を帯びてこみ上げた。
だが私は声を荒げるのではなく、静かに、しかしはっきりと口を開いた。
「お父様。私がしておりますことは、遊びではございません。未来のための、布石でございます」
「布石だと? 戯言を申すな! 董卓を討たねば未来などないわ!」
彼の叫びは書斎の壁を震わせ、酒瓶のいくつかがカランと転がった。
その音が、まるで歯車の狂った音のように、私の耳に響いた。
「いいえ、違います」
もはや私は、か弱い娘を演じはしなかった。
私は真っ直ぐに養父の目を見据え、冷静に、しかし確固たる意志を込めて反論した。
――私と彼の歯車は、すでにすれ違い始めていた。




