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1-9:反逆の誓い

1-9:反逆の誓い


希望――それは、干からびた大地に一滴の雨が落ち、砂粒がゆっくりと命を含むように、私の心へと染み渡っていった。

それまで鉛のように重く沈んでいた体に、じわじわと熱が戻ってくる。指先の感覚が蘇り、胸の奥に張り付いていた冷たい絶望が、ひび割れて崩れ落ちていく。


私は、ゆっくりと、しかし確実に立ち上がった。

膝が震えている。床に長く倒れ込んでいたせいで血の巡りが悪くなり、足元は覚束ない。それでも私は、壁に手をつきながら一歩、また一歩と進み、あの手鏡の前にたどり着く。


そこに映る自分は――もう、泣きはらしただけの哀れな娘ではなかった。

頬にはまだ涙の跡が細く残り、瞳は赤く腫れている。だが、その奥底には、暗黒の底から這い上がった者だけが宿す、鋭く燃える光があった。


鏡越しに「貂蝉」という存在を見つめる。

この顔、この声、この仕草――すべてが男たちの心を揺さぶり、理性を鈍らせる。

そして、私の頭の中には、この世界の誰も知らない「未来」の知識がある。それは誰の剣よりも鋭く、誰の盾よりも堅い。


私は鏡の中の自分に、まっすぐ視線を合わせた。

そして、震える声で、それでもはっきりと告げる。


「私は……誰かのための駒じゃない」


言葉を吐き出した瞬間、胸の奥に熱い火種が生まれ、燃え広がるのを感じた。

王允は、私を従順で、美しいだけの飾り物と思っているだろう。

董卓は、私をその欲望を満たすための玩具としか見まい。

呂布でさえ、最初は手に入れたいだけの宝飾のような存在としか思わないはずだ。


――それでいい。


皆が私を侮り、油断するなら、その瞬間こそ最大の好機だ。

舞台の袖で微笑みながら待つのは、ただの人形ではない。糸を引く操り手は、他でもないこの私。


私の武器は、美貌。

私の盾は、未来を知る知恵。

そして私の羅針盤は、平和を知っているという、誰にも理解されない価値観だ。


人を利用し、欺くこと――それが正しいとは思わない。

けれど、この世界でそれをしなければ、私は死ぬ。いや、私だけではない。この先の時代で、数百万、数千万という人々が、無意味な戦乱の渦に飲まれていく。


ならば、迷う理由などない。

どちらの地獄がまだましなのか――答えはとうに決まっている。


私はやる。この手で、歴史の流れを変える。


まずは王允を欺く。

彼の計画に心から賛同する忠実な養女を演じきり、その信頼を骨の髄まで染み込ませる。彼の地位も人脈も、すべて私の道具にする。


次は呂布と董卓。

王允の計略どおり、最初に呂布を狙う。あの男は単純だ。武への渇望と、美しいものへの憧れ――そこを突けば、たやすく心を揺らせるだろう。

呂布を私の『剣』として手懐けることができれば、董卓も恐れる必要はない。


思考が冴え渡っていく。

冷たく、鋭く、まるで盤上の駒を指し進める棋士のように。


王允も、董卓も、呂布でさえも――みな私の掌の上で踊らせる。

この終わりなき悲劇を、この手で断ち切るために。


私は鏡の中の自分に、もう一度だけはっきりと告げた。


「私は、盤上に置かれた駒じゃない。盤を支配する駒になる」


その言葉は、誓いとなって私の胸の奥深くに刻まれた。

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