3-7:束の間の平穏と罪悪感
3-7:束の間の平穏と罪悪感
あの運命の宴から、まだ一晩しか経っていなかった。
けれど翌朝から、王允の屋敷の門前には、まるで洪水のように呂布からの贈り物が押し寄せてくるようになった。
最初は、素朴ながらも心のこもった品が一つ二つ。
だが、それはすぐに変質し、日に日に、いや、朝と夕べごとに豪華さを増していった。
それはまるで、彼の焦燥と情熱が形を得て溢れ出してくるようだった。
西域の砂漠を越えて運ばれたという夜光杯は、月光を浴びるたび、表面に幽玄な光の波紋が走った。
南海の深海から引き揚げられたという真珠は、私の小指の先ほどもある大きさで、掌に載せれば肌を滑るような冷たさを残す。
江南の名匠が織り上げた絹は、指先で触れただけで消えてしまいそうな軽さで、風に舞うとまるで天女の羽衣が空に還っていくようだった。
どれも、この世の富を惜しげもなく差し出してでも、私の心をつかもうとする必死さの証だった。
そして、それがあまりにも直線的で、あまりにも不器用で、どこか子供じみている。
まるで戦場で敵を討つときと同じように、ただ一直線に突き進めば勝てると信じているかのようだ。
その単純さは、滑稽でもあり、同時に哀れでもあった。
贈り物に値札はついていない。だが、確かにそれらには、彼なりの純粋な熱と、愚直な情熱が宿っている。
見るたびに胸の奥に沈殿するのは、喜びではなく、重く鈍い感情――罪悪感に似たものだった。
私は王允の命に従い、決して直接会おうとはしなかった。
門前に立つ使者に、簾の奥から声だけで応じる。
「将軍の御心遣い、痛み入ります。大切にいたします」
鈴の音のように柔らかく、けれど決して踏み込ませない距離感で。
その距離――手を伸ばせば届きそうで、決して届かない場所。
それが男の心を最もかき立てることを、私は知っていた。
ましてや相手は、奪うことで生きてきた男だ。手に入らぬものほど、焦がれる。
彼は日に日に私への想いを募らせ、胸の内に熱をため込み続けている。
そしてその熱は、やがて董卓という巨大な障壁を焼き尽くす炎へと変わるはずだった。
「呂布様は、すっかりお嬢様にご執心ですね」
侍女の小蘭は、山のように積まれた贈り物を見て、目を丸くし、笑みをこぼした。
「猛将として名を馳せるあのお方が、恋に悩まれているお姿……なんだか可愛らしくさえ見えます」
彼女にとって、これは美しい恋物語に映っているのだろう。
英雄と姫君――身分も立場も違う二人が、運命に導かれるように心を通わせる、夢のような話として。
だが、その言葉が私の胸を、鋭く刺した。
彼の好意は確かに純粋だ。
彼は、生まれて初めて自分を理解してくれた――そう思い込んでいる女に、ただ真っ直ぐな愛情を注いでいるだけだ。
そして私は、それを利用している。
彼の心を弄び、計略の糸に絡め取っている。
胸の奥で、淡い罪悪感が芽を出した。
もしかしたら彼も、この乱世の犠牲者なのではないか。
私が彼に与えている「理解」は偽りであり、彼が求める魂の繋がりなど、どこにも存在しない。
私のしていることは、孤独な男の心を食い物にする卑劣な詐欺ではないのか――。
だが、私はすぐにその芽を、心の奥で踏み潰した。
可哀想? 罪悪感?
そんな甘さは、この乱世では死に直結する。
彼が私に向けるあの瞳――燃えるような恋慕と、危うい独占欲が入り混じった光。
もし私が少しでも彼の意に背けば、その炎は一瞬で憎悪に変わるだろう。
そうなれば、私だけではない。王允も、一族も、すべてが彼の戟の下に斃れる。
それに、この計略は私一人のためではない。
私がここで立ち止まれば、誰がこの国の行く末を変えるというのか。
彼は駒だ。
私の生き残りのためだけでなく、この乱世に終止符を打つための、大切な一手なのだ。
だから、私は心を鬼にする。
彼の人生を背負う覚悟で、計略を進める。
それ以外に、この世界を動かす術などないのだから。
そう自分に言い聞かせ、胸の奥のかすかな感傷を、冷たい決意で押し潰した。
そして――その束の間の平穏は、わずか数日後、王允の一言によって、無慈悲に終わりを告げることになる。




