表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/116

2-10:次の段階へ

2-10:次の段階へ

嵐のように熱気と喧噪が渦巻いていた宴が終わり、呂布とその部下たちが屋敷を去った後、場は一転して嘘のような静けさを取り戻していた。

だがその静けさは、決して安堵の余韻ではなかった。

むしろ、厚い雲が低く垂れ込める前の空のように、張り詰めた空気が屋敷全体を包み込んでいた。廊下を歩くと、板張りの床が小さく軋む音さえ、やけに耳につく。


その緊張を予感していたかのように、間もなく使いの者が私のもとへ来た。

「司徒様がお呼びです」

短い言葉だったが、その背後に潜む感情を読み取るのは難しくなかった。王允――私の義父であり、計略の主導者――が私を呼ぶとき、これまでにない複雑な心境を抱いているのだ。


案内されて足を踏み入れたのは、彼の書斎だった。

昼間の華やかさや酒の匂いなど、ここには一切ない。蝋燭の炎が一本だけ、細く長く揺れている。厚い帳が閉じられ、夜気さえ遮断された空間は、まるで外界と切り離された小さな牢獄のようだ。

木製の机には書簡の山が積まれ、香炉から立ち上る煙が天井近くでゆらゆらと漂っている。その匂いが、どこか重々しい会話の始まりを予告していた。


「……貂蝉よ」

その声は、これまで私が知っていた王允の声とは微妙に違っていた。

いつもの確信に満ちた響きが影を潜め、代わりに探るような、そしてほんの少しの戸惑いが混じっている。

私は静かに膝をつき、視線を落としたまま答えた。

「はい、お父様」


「今日の呂布の様子、お前も見ていたな」

「はい」

「……見事だ。実に見事としか、言いようがない」


彼は背もたれに深く身を預け、重く息を吐いた。その吐息は、酒の匂いを微かに含んでいる。

「お前の言う通り、人心は動いた。都の民は、今や董卓よりも……いや、儂や朝廷の誰よりも、お前を信奉しておる。そして、あの呂布までもが、完全にお前に興味を示した」

彼の声に、微かな皮肉と驚きが同居していた。

「奴のあの目は、欲しくてたまらない玩具を見つけた子供の目だ。……あるいは、本当に天がお前を遣わしたのかもしれんな」


王允は、しばし遠い目をした。

それは、政治家としての計算を超え、運命の糸を感じ取っているかのようだった。

「お前は、儂の想像を遥かに超える『力』を持っているようだ。その力を、儂は……侮っていた」


それは、彼なりの最大限の賛辞なのだろう。

だが私には、その賛辞の奥に潜む感情も見えていた。

――警戒。

彼は私の力を認めたと同時に、その力がいつか自分に牙を剥く可能性を察し、恐れ始めている。


私は、心の中で小さく笑った。

権力者が一番恐れるものは、手中にあると思っていた駒が、自分の制御を離れていく瞬間だ。

そして今まさに、私はその瞬間を迎えようとしている。


「……いよいよ、次の段階に進む時かもしれん」

その言葉を聞いた瞬間、胸の奥に熱い波が広がった。

それこそ、私が待ち望んでいた合図。

連環の計――呂布と董卓を互いに争わせる、危険で壮大な作戦。その本格的な幕開けである。


ええ、お父様。

けれど、その「次の段階」は、必ずしもあなたの筋書き通りには進まない。

あなたは、私を呂布と董卓の間に放り込むただの石ころだと思っている。

だが、その石は波紋を広げ、やがて大波となって――あなたさえも呑み込むかもしれない。


私の名は、すでに呂布の心に刻まれ、そして天下にも響き始めている。

この優位を、最大限に利用しない理由はない。


私は表情に一切の感情を出さず、静かに言葉を紡いだ。

「お父様のお心のままに。この身、いつでも漢室のために捧げる覚悟はできております」


深く頭を垂れると、蝋燭の炎が一瞬揺れた。

その姿は、忠実で従順な娘そのものであっただろう。

だがその内側では、別の私が微笑んでいた。

――さあ、鬼神を本格的に手懐ける準備を始めましょう。


外では、夜風が屋敷の壁を撫で、庭の竹をざわめかせている。

この静けさの下で、嵐は着実に形を成しつつあった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ