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歌姫、鬼神を飼う。ー連環の計の駒?いいえ、鬼神の主は私です。未来知識で天下を操る。ー  作者: チャプタさん


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11-2:帝位という名の餌

11-2:帝位という名の餌

董卓と呂布の間に、見えない壁を作り上げた私は、次なる獲物へと矛先を向けた。

その標的は――父・王允。


かつて威厳に満ち、朝廷を背負う柱であったはずの彼は、今や酒に縋り、老いた獅子のように、力なくその日をやり過ごしていた。だが私は知っている。彼の胸奥には、まだ燃えさしの火が残っていることを。その火を再び烈火とし、最後の舞台に引きずり出すことこそ、私の役目だった。


私は、重苦しい空気に満ちた彼の書斎を訪れ、深く頭を垂れた。

「お父様。董卓様を、宮殿におびき出す――絶好の策がございます」


その一言に、半ば死人のようであった王允の瞳が、かすかに揺らめいた。鈍く濁っていた光が、わずかに鋭さを取り戻す。その変化を見逃すほど、私は愚かではない。


「……なんだと?」

乾ききった声が返る。


私はゆっくりと顔を上げ、彼にとって最も禁忌であり、最も甘美な毒を告げた。

「帝を動かし、『董卓に帝位を譲る』という偽の禅譲の勅命を出させるのです」


言葉が空気を裂いた瞬間、王允の体が震えた。

「な……馬鹿なことを! 帝位を、あの国賊に渡すだと! それは、漢室への裏切りに他ならん!」


雷鳴のような叱責だった。彼の根幹をなす「忠義」が、激しく反発しているのだ。私は静かにその反応を受け止める。そう、父よ。あなたがそれを叫ぶことは分かっていた。だが同時に、その叫びの奥には、揺らぎ始めた心の震えも見えている。


私は一歩、彼に近づき、声を低く落とす。

「お父様。これは真実の禅譲ではございません。罠にございます。帝位――この世で最も甘美な蜜を目前にぶら下げられれば、いかに董卓とて、心を奪われ、警戒を解きましょう。彼は必ずや、儀式のために自ら宮殿へやってくる。そこは虎の巣にして鳥籠。西涼兵とて大軍を率いて入れる場所ではありません。その瞬間こそ、董卓を討ち果たす、唯一無二の好機なのです」


王允は唇を噛み、眉間の皺を深く刻んだ。長年仕えてきた漢室への忠誠が、彼の胸を引き裂いているのだろう。だが私は知っている。忠義もまた、時に人を縛り、時に盲目にする鎖にすぎない。


「……分かった。やってみよう」


やがて吐き出された言葉は、絞り出すようにしてもなお、わずかに震えていた。だがその震えを覆い隠すかのように、王允の顔に久方ぶりの紅潮が差す。彼は再び自分が「物語の主役」であると信じたのだ。――哀れで、可笑しく、そして利用価値がある。


王允はその老獪な政治力を発揮し、宮中に潜む腹心たちを動かした。若き献帝を説得し、あるいは脅し、涙に濡れた玉座から偽りの勅命を引き出す。幼き帝がどれほど恐怖と屈辱に震えたかは、想像に難くない。だが、その姿に胸を痛める余裕など、今の私にはなかった。


数日後――宮殿を出た勅使が、重厚な相国府の門を叩いた。

「帝が、その徳の高さに感服され、相国様に帝位を譲られたいと仰せです」


その言葉を耳にした董卓は、最初こそ笑い飛ばした。

「馬鹿な! あの小僧が、自ら玉座を差し出すだと? 戯言を申すな」


しかし――夢にまで見た玉座。かつて遠い幻でしかなかったそれが、今や現実の手の届くところにある。その欲望は、毒のように彼の血を巡り、理性を一つずつ食い潰していく。


「……もしや、これは天命か」


その瞬間、董卓の瞳に宿ったのは、飢えた獣の光だった。


ただ一人、軍師・李儒だけが、狂気に沈む主を止めようと必死だった。

「相国様! あまりにも話が出来すぎております! これは王允と、あの小娘の仕掛けた罠に違いございません! 宮殿は敵の巣。入れば孤立いたしますぞ!」


彼の声は悲鳴に近かった。だが、董卓は嘲笑でそれを切り捨てた。

「黙れ、李儒! 貴様は儂が帝になるのが妬ましいのか! それとも奉先の奴と繋がっておるのか!」


最も信頼すべき軍師さえ疑い、罵倒するその姿。欲望は、彼を完全に狂わせていた。


李儒は最後の抵抗として、相国府の警備を固め、腹心の将に密かに備えを命じた。だがその小さな抵抗さえ、陳宮の情報網によって事前に察知され、別の偽情報によって掻き乱されていく。まるで蜘蛛の巣に絡め取られる蝶のように、李儒はもがけばもがくほど罠に絡み、絶望の淵へと沈んでいった。


そして、運命の日が告げられる。


董卓自らの口で――

「三日後、宮殿にて禅譲の儀を執り行う! 天下に布告せよ!」


その言葉が洛陽中に響き渡った瞬間、歴史は大きく軋みをあげて動き始めた。

それは、破滅の舞台へ向けて刻まれる、最後の鐘の音だった。

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