50.若き大地の鼓動・風
ここからは若い頃のレーアのお話です。
さて、どんな物語を語ってくれるのでしょうか?
――流星とアルテミスが楽し気に出掛けた直後のワイン工房にて
「アルテミス、ほんっとに嬉しそうにしてたな!」
「ほんとだね。フォル、ちょっと妬けちゃうんじゃない?」
「なぁっ!?そーいう千秋はどうなんだよ!」
「私?私はべっつにー。なんとも思ってないけどぉ?」
「あら、そんなこと言っていいの?窓から外の二人をずっと見てたじゃない?羨ましそうな顔してたわよ?」
流星さんと仮のお付き合いをしているデメちゃんとフォルちゃん、そして、千秋さん。三人ともやっぱり、彼のことが気になるのね。
彼から三人とお付き合いしてますって言われた時は正直、驚いちゃったわ。天界ではたまにある話だけど、まさか人である身で神々と同じことができるだなんて。相当な魅力があるようね。短い時間だけど、話してみて誠実さと優しさは十分に伝わってきたし、あとは当人たちに任せるのもいいかもしれないわね。デメちゃんたちももう大人なんだし、あんまり親が出しゃばってもいけないもの。
アルちゃんまで流星さんのことを好きになっちゃったら、ちょっと心配しちゃうけど……今度、また日を改めてパパとも会ってもらいましょう。
「あの……レーア様?先程のお写真の頃のことをぜひ、お聞かせ願えませんか?」
「母から神衛隊時代のレーア様のことをお聞きしたことがあります。なんでも、相当な有名人で非常におモテになったとか。私にも武勇伝の数々をお聞かせください」
まぁ!アリアさんもディオちゃんも瞳をあんなに輝かせて。ディオちゃんの一見、大人しそうだけど、好奇心旺盛なところは子供の頃からちっとも変ってないのね。
「わぁっ!私もぜひ、聞きたいです!旦那さんとどんなデートをしてたんですか?とっても興味あります!」
「アタシも今後の参考にしたいです。ぜひ、お願いします!」
「お疲れのところ申し訳ありません。でも、私もお母様とお父様のことお聞きしたいです。どうやってお付き合いされたのですか?」
あらあら~。皆が恋の話に夢中なのは、今も昔も変わらないのね。
「そんな大した話じゃないのよ~?」
私の言葉に、そんなことないです!みたいな顔して更に瞳を輝かせる娘たち。ふふっ、仕方ないわね。
「じゃあ、少しだけよ~?あれは戦争に勝った後、大隊長に昇進して初めて迎えた夏だったかしらね~。その時はまだ、パパと正式にお付き合いする前だったの。親しい友人として何度か二人で会ったりはしてたんだけれど――
◇◇◇
手元の時計を見て時間を確かめる。もう三時過ぎか……。
「よし。少し早いが、今日はここまでだ」
「ハッ!……集合だーっ!みな、大隊長の元へ集まれーっ!!」
目の前には模擬戦の訓練をしている三千人程の部下たち。中隊長からの号令が小隊長、そしてまた、その下位の者へと次々に駆け巡った。皆、一様にキビキビとした動作で集まり、列を作って待機する。
さすが鍛え抜かれた神々だ。各々に強者たる神力が漲っているのがひしひしと感じられる。
「合同演習、よく耐え抜いた!戦いは終わったが、いつ同じような脅威が現れるとも限らん!天界の未来は諸君らの双肩にかかっているのだ!脅威に万に一つでも平伏すことになれば、神や天使の子供たちの未来、ひいては下界の星々の未来をも左右することになるだろう。だが!私には分かる!諸君らの強大な神力、そして、類まれなる能力に敵う者などいるはずがない!……なので、私はちょっと休んでていいか?」
どっと盛大な笑い声が沸き起こり、そりゃねーっすよ!マジすか!?俺も休みにお供しますぜ!などの声が次々に上がる。
「静かに!静かにしろ!」
「そこ!黙るんだ!」
中隊長さん、小隊長さん、ごめんなさい!単に和ませたかっただけなのに。
「ま、それは冗談だ。さて、日頃から鍛錬を欠かさぬ諸君らに朗報がある。急で悪いんだが……明日から二週間の特別休暇を与える!」
一瞬の間を置き――
「うおおぉぉぉーーーーっっ!!!!」
「レーア様、大好きだぜーーーーっっ!!」
「俺なんて愛してるぜーーーーっっ!!!」
……まるで、地鳴りのようなもの凄い雄叫びにちょっとビビる。でも、そんなことは決して顔には出さず、あくまで澄まし顔。
ん?いま私、告白された?されたよね!?
「レーア様、よろしいのですか?」
「あぁ、構わん。たまには飴も与えてやらんとな」
「レーア様は飴の比率が多いようにございますが……恋人や配偶者の誕生日に休暇を与える制度も始められましたし、そのような事は第三大隊だけですぞ?」
中隊長さんがやや困惑気味な顔をする。自分の娘くらいの年齢の私が大隊長になってやりづらいだろうに、文句も言わずによく私を立てて下さる。ほんとに出来たお方よね。
「なに。隊の規律は大隊長権限である程度、許されるからな。キツく締め上げるばかりでは軋轢しか生まん。中隊長も家族と過ごすといい。皆、頑張ってきたんだ。それくらい当然だろう?」
私の言葉に、しばしの間、ぼうっとする彼。しかし、すぐに気を取り直して父親らしい深みのある柔らかい顔をすると、ありがとうございます、と深く一礼するのだった。
――その日の夕方
「それでね、彼ったらぁ、アタシのこと可愛いね、綺麗だね、ワイルドだね!っていっつも褒めてくれるのー!」
んん?ワイルドって女神に対する誉め言葉だった……?
「ちょっと、聞いてる?レーアってばぁ!」
「聞いてるさ。耳にタコができ――」
「あ、そーだわ!今度ね、海に行こうって誘ってくれたのー!しかも、前みたいにグループじゃなくて、二人きりがいいんですって!そんなこと急に言われても困っちゃうわよねぇ!?今度の土曜日、早速、新しい水着買いに行かなくっちゃ!」
全く、テテュスにも困ったものね。大海を司る神ならもっと穏やかに品良く、この私のように落ち着いた所作ができないのかな。仮にも神アカを次席で卒業したのだから、それ相応の品格をもって行動してほしいのに。
ちなみに、私は首席で卒業してるもんね(自慢じゃないけど。本当に自慢じゃないけど)。
「ねぇねぇ、知ってる?こないだ神殿二丁目西銀座通りに、新しいアクセサリーのお店が出来たんだって!仕事が終わったら寄ってかない?」
「え~!いいな~!行きた~い!てか、絶対に行くっしょ!残業なんてやってる場合じゃなくね!?」
……っ!?
「あそこ、超人気で可愛いのがたっくさんあるんだって!」
……そうなの!?
「へぇ~!それなら、今度のデート用に良いのないか探しちゃおっかな~」
デートっ!?何を買うの?どんなのを買うの!?
「――ーア!?……レーアったら、大丈夫!?」
「ハッ……!」
「もう!どうしたのよ?急にウキウキワクワクニマニマした顔しちゃって……もしかして、いまの新卒の子たちが話してたお店が気になるの?」
「ど、どうしてそれを!?……ていうか、そんな可愛くて恥じらいのある顔なんてしてないぞ!私は!」
「言ってませんけどぉー?」
「……ま、まぁ、とにかくだ!私がそんな恋愛に現を抜かす者たちが集まる店なんぞ、気にするわけがなかろう!全く、バカバカしい。私は大地の神、レーアだぞ?大地と言えば、全てを包み込む大いなる母!確かに、その溢れんばかりの母性によって、男共を惹き付けてしまっていることは否定しない。でもな、言っとくけど、恋愛に興味なんて全然、ないんだからな?まぁ、興味がないのにモテまくっているというのも困った話ではあるが――」
「モテてるって具体的にはー?」
「え~と、え~……そう!先日、手紙を貰ったんだぞ!?しかも、なんて書いてあったと思う?神殿裏に来てくださいって書いてあったんだ!」
「それは、『神殿裏(の倉庫内の資材を整理するから、もし、お時間があれば確認)に来てください』でしょ?なんで、都合良く略すのよ!?しかも、それって手紙じゃなくて回覧でしょ?単なる業務連絡だし。大体、アタシや他の部署の皆もいたでしょう?」
「そうだったか?……あんまり昔のことは覚えてないな」
いま先日って自分で言ったでしょ!?という彼女のツッコミはどっかに置いとこ。
「とにかく、恋愛なんかに興味はないんだ!それでも、私に尽くしたいという男がいるなら、相手をしてやってもいいが……あ、それもどうしてもっていう時な!?」
「でも、あの彼からもらった銀の花の髪飾り、大事にしてるんでしょー?」
えっ!な、ななななんで知ってるの!?
「なんで知ってるんだ?って言いたそうな顔してるわね。ふっふーん、なんででしょう?……そんな怖い顔しないでよ。答えはね、昨日の帰りにあなたの愛しの彼と偶然会ったの。それで、話の流れで聞いたのよ」
「え!?それで、ク……いや、奴はなんて言ってたんだ……?」
「ほら、またー!奴だなんて、これっぽっちも思ってないくせに。いつも二人っきりの時はクロ君って呼んでるんですって?それから、こないだはお弁当を作ってもらったとか言って、彼、凄く嬉しそうだったわよ?やるじゃない!」
そんなこと話したの!?クロ君ったら、なんで話しちゃうの!ど、どうすればいい!?彼と五回目のデートでやっと手を繋げたこの私が懸命に尽くしているなどと知られてはマズイ!なんとかして尽くされているのは私の方だということにしないと!
「いや、違う!あの弁当は……そ、そう!何かの間違いだ!私は作ってないぞ!?大体、一度も作ったことなんてない!わざわざ私が弁当にタコさんウィンナー作ったり、桜でんぶでハートなんて描くわけないだろう!?」
「へぇ……ハートマークねぇ。彼、そんなことまでは言ってなかったわよ?なるほどねぇ。アンタ、やっぱり恋愛に興味あったんじゃない。彼のこと大好きなのね」
し、しししまったあぁっ~~!!
「わ、私は知らんぞ!そうだ、急用を思い出した!今日は訓練も終わったし、これで失礼するっ!」
「えっ?ちょっとぉ!……あ~ぁ、行っちゃった。それにしても、あの『天魔戦争』で一躍有名になったとはいえ、子供の頃から変わらないのね。恥ずかしがり屋で意地っ張りなところはさ。でもなんで、自分のこと、恋に無関心だなんて決めつけてるのかしら?ほんとは興味津々なくせにね。ほーんと、戦いのこと以外はポンコツなんだから。ふふっ」
◇◇◇
テテュスとの会話から脱兎の如く逃げだした私は、街で一番賑やかな大通りをあてもなく歩いていた。
「あ~恥ずかしかった~。どうして、私って素直にクロ君のことが好きって言えないんだろ?本当はもっとくっついてたいし、可愛い格好だってしたいのに~」
「うんうん、レーアちゃんの気持ちは分かってるよ。ありがとね」
「でもでも~、周りは私を英雄扱いしてくるし、そうすると皆の模範となる行動をしなきゃならないじゃない?」
「そういうものなの?」
「だから、いっつもキリッとしてなきゃならないし、いくら神衛隊だからって毎日、こんなダッサい鎧じゃクロ君に見放されちゃう!」
「そんなことないよ?僕はその鎧姿もカッコ良くて好きだよ?まぁ、初めてのデートに鎧を着てきたのにはちょっと驚いちゃったけど」
「だってぇ、あれはテテュスが『初デートは神聖なものなのよ?正装していくべきだわ!』なんて言うから……私、正装って思い付くの鎧しかなかったんだもん」
「あはは。そうだったんだ?でも、カッコ良かったよ?」
「え~そお?ありがと!あ~!あのドレス、可愛い~!あんなフリルの付いたドレス来てったら、クロ君どんな顔するかな~?似合うよって言ってくれるかな~?」
「うん、とっても素敵だね!絶対、似合うよ?ちょっと寄ってみようか」
ふふっ。すっごくリアルな相槌をしてくれるね、頭の中のこのクロ君。本当に隣にいて会話してるみたい。あ~ぁ、いまのドレスのお店、可愛いのいっぱいありそうだったし一緒に入ってみたかったな~。
と、心の中で思っていたら、急に腕を引っ張られ一気に現実へと引き戻される。
「きゃっ!?」
「ん?どうしたの?寄らないの?」
「あ、あれ!?クロ君!?」
思わず、大声を上げてしまった。ハッ!やだっ、周りに神たちがいるんだった!
「い、いや。え~と……き、君か。急に隣にいたから驚いたよ。はっはっはっ」
「気が付いてなかったの?だいぶ前から一緒に歩いてたよ?声を掛けたら、クロ君って言ったし、てっきり僕を認識してるものだとばかり思ってたけど」
そんな前からいたの!?えぇ~やだぁ!私ったら!……てことは、いまの会話、全部、クロ君に向かって話しちゃってたってこと??
「あと、二人きりじゃないからって、わざわざ話し方変えなくてもいいんじゃない?自然なレーアちゃんの方が皆もきっと、良いと思うんだけどな。それに、あのドレスを着たら、皆きっと褒めてくれるよ?」
「そんなのダメ~!……じゃなかった。そんなのダメだ。それだと皆に、示しがつかんからな。それに、特に後輩たちには、モテるが恋に興味ゼロだと思われてるんだ。そんなことして皆から幻滅でもされたら、私は一体、どうしたらいいか……」
「皆、綺麗だとは思ってるけど、そういう風には誰も思ってないんじゃ……」
「…………」
「さっきの店、どうする?……入ろうよ。僕、入りたいな。男物の服もあるかも知れないしさ。ね?」
「そ、そう!?……仕方ないな。そこまで言うなら入ろうじゃないか。はっはっはっ」
ごく自然に……入りたい気持ちもなくはないけど、ど~しても仕方なく感はこれで出たよね?
「ありがとう。やっぱり、レーアちゃんは優しいね。それじゃ、行こう!」
そう言うと、クロ君は優しく手を繋いでくる。しかも、とっても自然に。きゃあっ!?なんという恥ずかしさ!でも、この快感ときたら!クロ君を独り占めしてるようなこの感じ、病みつきになっちゃいそ~!
――その翌日、神殿にて
また連絡するよ、お店を出た後、そう言い残して彼は農耕研究所へと戻っていった。まさか、お夕飯を買いに来てたなんて。お店に付き合ってくれて、しかも、あのドレスを買ってくれたのはとっても嬉しかったけど、時間取らせて悪いことしちゃった。
夜の食事も職場でとってるだなんて働きすぎじゃない?心配しちゃう……体、大丈夫かな?お詫びにまた今度、お弁当作ってってあげようかな。喜んでくれるかも?そ~だ!今度はちゃんと口止めしとかなきゃ!
「レーア様、おはようございます!」
「きゃ~っ!レーア様~~!!」
「今日のお昼、ぜひ私たちとご一緒させて下さいませんか!?」
「あ!ずっるーい!わたしだってご一緒したいのに!」
「レーアさん!良かったら今度、俺と……」
「おい!抜け駆けはなしって言っただろう!それだったら、オレだって!」
神殿に足を踏み入れると、途端に周りの神や天使たちから声を掛けられる。
「あぁ、おはよう。すまんが、ちょっと急いでるんだ。いずれまたな」
皆を軽くいなして廊下の角を曲がる。ふぅ……慕ってくれるのは嬉しいけど、毎朝これじゃ気が休まらないよ。
それにしても、昨日は楽しかったなぁ。あのドレス、私に良く似合うよ、だなんて言ってくれたし。もぅ~!クロ君ったらぁ!超嬉し~っ!!
本当の私は彼にベタ惚れで今すぐにでも結婚したい!だなんて思ってると分かっちゃったら、周りの皆はどう思うんだろう?神アカ創立きっての才媛、豪傑美姫とまで言われたこの私が……(豪傑の部分は正直、やめて欲しいけど)。
いつまで皆の憧れの私を演じなきゃならないのかな……。
「はぁ……どうしよう~。なんだか泣きたくなってきちゃった~……」
その時、突然、ポンと肩に手を置かれる。
「……っ!?」
しまった!いま神殿の中だった!もしかして、聞かれた!?つい、いつもの口調で独り言が出ちゃった。マズい、私のイメージが!
「せ~んぱい!どうかしたんですか?」
「なんだ、セメレーか。いや、なに。何でもないんだ」
ほっ……良かった。聞かれてなかったみたい。
「もう神殿には慣れたか?」
「はい!レーア先輩や他の先輩方も色々と教えてくださいましたし、大丈夫です!」
明るい表情とハツラツとした声で答える彼女。今年、新人として入ったばかりだが、その可愛らしい容姿と朗らかな性格でいま人気急上昇中の女神だ。
最も、アカデミー時代からの恋人はいるらしく、男性陣は皆、悔しがっていたっけ。
「そういえば、どうして神殿に入ったんだ?確か、ご実家はかなり大きなワイン工房なんだろう?継がないのか?」
「いえ、そのつもりではいるんです。でも、両親が若いうちに色々と苦労した方が良い経験になるし、異業種でも社会経験は必ず、今後の役に立つからって。それで、社会勉強のために入りました。でも、もちろん、仕事は一生懸命やりますよ!」
「ふふ、分かっているさ」
何事も懸命にこなし努力する彼女の姿勢は、早くも周囲の神々から一定の評価を得ている。まだまだ学生らしさは抜けていないけど、本当に頑張り屋さんだね。私も見習わなくっちゃ。
「じゃあ、わたし、そろそろ行きます。また今度、ご飯ご馳走して下さいね!」
「あぁ!また近いうちにな」
屈託のない笑顔と歯に衣着せぬ物言いは、非常に好感が持てた。いいな、ああいうの。クロ君ももしかしたら、セメレーみたいにもっと可愛げのある女神の方が好きなのかな……。
「どーしたのよ?そんなにしょんぼりしちゃってさ。ものすっごく悲愴感が出てたわよー?」
「っ!?……なんだ、テテュスだったの!?もう、脅かさないでよ~!……んんっ!脅かすなよ」
あ~、焦った。
「そういえば、神衛隊って休みじゃなかったの?二週間、休暇って聞いたわよ?」
「あぁ、休みだが、私は他の大隊長たちとの会議もあるしな。ま、訓練はないから気楽にやるさ」
「ふ~ん……あのさ、前から思ってたけど、なんで神殿や皆がいるとこだとそんなに堅苦しく話すの?子供の頃はもっと自然に話したり笑ったりしてたのに」
「フッ……たまたまだ」
「嘘ばっかり。そりゃ、女神にとって神衛隊は厳しいところだって知ってるわよ。その中で一番努力して2000万歳で大隊長に就いたのだって、ほんとに凄いと思うわ。けどね――」
彼女の言いたいことは分かってる。ほぼ男ばかりの部隊で舐められないようにするには、能力だけ高くても駄目なんだ。こうやって自分を偽るしかなかった。今更、そんな簡単に変えられないよ……。
「分かってるさ!でも、私は戦場の英雄、レーアなんだ!直属の部下だけで三千人はいる!その私がフリフリのドレスを着て、仲良く手を繋いで奴と二人で歩いてみろ!いい笑い者だっ!」
「そんな言い方って――」
テテュスが怖い顔で言いかけたその時、後ろの廊下で何かが落ちる音が響いた。私の背後を見て目を見開く彼女。
何の音だ?何を見ている?不思議に思い振り向くと、そこには――
「っ!?……く、クロ……君。ど、どうして……ここに……」
彼は信じられないものを見るような戸惑いの視線で私を見、表情を強張らせる。そして、その足元にはお弁当箱が転がり、冷たい廊下に無残にも中身をさらしていた。
「……あの笑顔は嘘だったのかい?全部、僕の勘違いだったってことか」
「ち、ちがっ……!いまのは――」
「来るなっ!」
「……っ!」
声を掛けようと足を踏み出した途端、彼の叫び声が私を硬直させる。
「二度とその顔、見せるな」
それは凛としたよく響く声だった。落ち着いた声。でも、怒りと憎しみ、そして、拒絶の声だった。
発したのと同時に、駆け出す彼。
「レーア、追って!走って!走ってよ!!レーアッ!?」
すぐ後ろでテテュスの叫び声が聞こえたが、私の足は拒むかのように反応しない。いや、足だけじゃない。全身が絶望で震え、反応できなかった。
クロ君に聞かれた……もうダメだ。嫌われた……。
「そのお弁当……もしかして、私のために?」
たどたどしい動作でちらばるお弁当を全て拾い集める。そして――居ても立っても居られず、彼と反対方向へと駆け出していた。
「えっ!?ちょっと、レーア!?……~~~~っっ!!」
彼女が何か叫んでいたが、耳には何も入ってこなかった。何も……考えられなかった。
それからどうやって自室に戻ったのか覚えていない。何人か顔見知りの神や天使に声を掛けられたようだったけど、逃げるように立ち去ったことしか覚えていなかった。
さっき拾い集めたお弁当を食べてみる。砂埃が付いていたのかジャリジャリしたけど、とても美味しかった。口に入れる度に涙が溢れてくる。きっと、嫌われてしまった。もう、彼の笑顔は私のものじゃないんだ。そう思うと、たまらなく怖かった。このお弁当が彼との最後の思い出。一人きりの思い出。
咄嗟に謝れもせず、言い訳さえも出来なかった自分がたまらなく嫌だった。彼を傷つけておきながら、逃げ帰ってきた自分がどうしようもなく……嫌だった。私は泣いた。弱い自分を呪いながら。謝りに行く勇気もない自分を軽蔑しながら。子供のように感情を振りかざし泣き続けた。
絶対的な力と聖母のような慈愛で大神帝の右腕として活躍するレーア。
そんな彼女にも若い頃は色々とあったようです。
愛しの彼とはもう決裂!?
次回もぜひ、ご覧ください☆




