◆第九話『たった1人の生徒』
「うっ、ぐぁ……ッ!」
「これでわかったろ。何度やっても同じだってな」
殺風景な訓練場にて。
ロアはリシスの顔面を右手で掴み、持ち上げていた。
初めこそ逃れようと必死にもがいていた彼女だが、いまは両手ともだらりと下げている。得物も落とし、すでに勝敗は決したも同然だ。
「そんな、全員でかかったのに……」
「……本当に何者なんですの、この獣」
周囲にはほかの生徒も転がっていた。
疲れ果てたようで誰一人として立っていない。
「この数を相手に、こんなあっさりと……ありえない」
流れでついてきたカインが隅のほうで唖然としていた。
さすがに全員が《神聖魔装》を展開していたこともあり、戦闘は激化した。回避行動も大げさになったのは言うまでもない。
だが、難しい戦闘にはならなかった。
生徒たちが《神聖魔装》を展開した状態での同士討ちを警戒してか、1度に攻撃参加する人数を自然と絞ってしまっていたからだ。
右手を開いてリシスを解放する。
と、不格好に倒れ込んだ彼女が早々に鋭い目を向けてきた。
「わ、わたくしは……まだ、負けて、いません……っ!」
「根性だけは一人前だな。だが、それだけじゃなにも出来ない。お前らには圧倒的に力が足りない」
完全に有利な状況で敗北したからか。
リシス以外の生徒はほとんど心が折れているようだった。
「ともかく勝負は勝負だ。いい加減、従ってもらうぞ。ほら、全員すぐに立て」
そう命じたものの、立ち上がる者はいなかった。
肩で息をしながら反抗的な目を向けてきている。
「お、おい! さすがにこれはやりすぎだ……!」
カインから飛んでくる制止の声。
それが一層、生徒の反抗心を強めていた。
このまま生徒たちを待っていても陽が暮れそうだ。
現状を受け止めさせるためにも、一旦空気を入れ替えるべきかもしれない。
そう判断し、ロアは生徒たちに背を向けた。
「……少し休んだらまたここに集まれ。いいな」
◆◆◆◆◆
暇つぶしに敷地内をぐるりと散歩。
建物の配置を把握したのち、訓練場に戻ってきたのだが……。
誰もいなくなっていた。
「……お嬢様ってのはなんとも厄介だな」
ロアは呆れ気味に頭をかいた。
高い矜持を持つことはべつに悪くない。
ただ、その矜持の中でも戦闘で厄介なものがある。
それらさえ削ぎ落とせればいいのだが……。
へりくだって従うようお願いすべきか。
いや、それでは目的にそぐわない。
やはりいまの荒療治とも言えるやり方で進めるべきだ。
そう改めて方針を固めたときだった。
校舎側から1人の生徒が走って向かってきた。
彼女は近くまで来ると、息も絶え絶えに話しはじめる。
「あ、あの……先生っ。遅くなって、ごめんなさい……っ」
呼吸をするたび、主張するように揺れる胸。
比べてないので正確にはわからないが……。
同世代でもとくに豊かな胸であることは間違いない。
ほかに特徴的なのは、いまも陽光を受けて煌めく銀の髪だ。片側で結われ、肩から胸にかけて垂らされている。
彼女はようやく落ちついたようだった。
ふぅと息を吐いて姿勢を正している。
彼女のことはよく覚えていた。
学園に来て以降、担当教室の生徒と行った2度の戦闘。
そのどちらも積極的に参加していなかったからだ。
「お前1人か? ほかの奴らはどうした?」
「えと……みんな、教室で休んでます」
彼女はばつが悪そうに言った。
訓練場に彼女1人が戻ってきた時点で予想できた事態だ。
もはや落胆することもない。
ただ、大きな疑問が1つある。
「どうしてお前は来たんだ?」
「だって、先生は先生だから……言うこと聞かないと」
教師には従うべき。
これは学園においての常識だ。
ただ、いま彼女は教師に反抗的な教室にいる。
つまり同調圧力にさらされている状態だ。
そんな中、〝常識〟を守るのはなかなかに難しいことだろう。
「1人だけ来たらなにか言われるんじゃないか。お前らぐらいの年代ってのは、そういうのはつまはじきにされるだろ」
「そうかもしれないけど……もともとわたしは1人だから」
「ぼっちってやつか」
「うぅっ……」
目じりに涙を溜める生徒。
どうやら言ってはいけない発言だったようだ。
ただ慰めの言葉は必要ないようだった。
彼女はすぐに涙を引っ込め、こちらを見据えてくる。
「わたし、教室で1番弱いから。誰よりも頑張らないといけないんです。そうじゃないと立派な戦姫になれないから」
気弱な性格に見えたが……。
どうやらしっかりと芯があるようだ。
「お前、名前は?」
「ナナトリア・ウィンデンス……です」
「長いな。あー、ナナでいいか」
「ふぇっ」
彼女──ナナトリアが目をぱちくりとさせた。
かと思いきや、あうあうと口を開いたり閉じたりしはじめる。
「い、いきなり愛称はちょっと──」
「ナナ、なんでもやるってさっき言ったな?」
「え? は、はいっ。その、戦姫になるためなら、わたしなんでもするつもりですっ」
これからなにが待ち受けているのか。
まるで想像していないようだが……。
どうやら決意は固いようだ。
と、校舎から出てきたカインの姿を見つけた。
彼女は駆け寄ってくるなり、難しい顔で話しはじめる。
「さっききみの教室を見てきたが……彼女たち、やっぱりきみに従うつもりはないと言っていた。どうするつもりだ?」
「そうだな。無理矢理従わせるのは簡単だが──」
「無理矢理はダメだ」
カインが間髪容れずに言ってきた。
その瞳には強い抵抗心が宿っている。
「わかった。無理矢理はやめることにする」
「そ、そうか! わかってくれたかっ!」
自身の考えを理解してもらえた喜びからか。
カインがいままでにないほどぱあっと顔を明るくする。
そんな彼女へと、ロアは淡々と告げる。
「ってことでカイン、婆さんに伝えといてくれ。これから10日間、帰らないってな」
「か、帰らないって……いったいどういうつもりだ? 赴任早々、そんなこと許されるはずが──」
「こいつと森に篭る」
ロアはナナトリアを横目に見ながら告げた。
当の本人は、「……え?」と呆けている。
話を聞かされたカインも同様の反応をみせている。
どうやら2人とも言葉の意味を理解できていないようだ。
唐突だったので無理もない。
だが、段々と理解が追いついてきたらしい。
ナナトリアとカインが揃って大口を開け、叫んだ。
「「えぇ────っ!?」」