◆第十七話『エピローグ②』
「──そして王となったものだけがレグルスを戴くことになる。つまり自分の名前・レグルス・ガルディアントだ」
ロアは座学の授業を行っていた。
内容はガルディアント王国に関するものだ。
正直、座学を受け持つつもりはなかった。
というより断っていたのだが、先日、「ちょうどいい機会ですから」とヴラディスに押し切られてしまったのだ。きっかけはガルディアント王族であることを明かしたことだ。
あのときは早まったなと今更ながら後悔しているところだ。
「ちなみに女性の場合は自分の名前のあとに母の愛称を入れる。母の名前が短い場合は、そのまま入れることになるな。で、最後に国名であるガルディアントとなる」
黒板に字を書きながら説明する。
生徒たちから「意外と綺麗な字ですのね」やら「すごい、読める文字ですわ」やら失礼極まりない言葉が聞こえてくるが、いつものことなので放置だ。
ふいに「あの、先生っ」とルヴィが挙手した。
こちらの問いかけに応じて彼女はすっくと立ち上がる。と、なにやらもじもじしながら、しおらしい態度で話しはじめた。
「で、では……ワタクシの場合は母の名がクレアと短いので、ルヴィ・クレア・ガルディアントとなるのでしょうか?」
「あ~、そういうことになるな」
「そ、そうですの。お答えいただき感謝いたしますわ」
わざわざ確認せずともわかるようなことだ。
いったいなんのつもりだったのか。
当のルヴィは質問を終えるや身を縮めていた。
そんな彼女を取り巻き生徒の2人が両側から興奮したように話しかけている。
「ルヴィ様、とてもよい響きだと思いますわ」
「ええ、まさに初めからそうであったのではと思うほどにっ」
「お、おふたりともなにを仰っていますのっ。ワタクシはただ授業の一環で疑問に思ったことを口にしたまでで……っ」
「ああっ、照れたルヴィ様もなんて可憐なのでしょうかっ」
あんな場面を見せられてなにもわからないほどバカではない。ただ、あまりにも意外すぎて頭が混乱してしまった。なにがどうなって好意を抱かれたのか、まるでわからない。
「そこー、うるさいぞー」
ひとまず聞かなかったことにして授業を進めようとしたのだが、1度ざわついた教室を静めるのは難しいようだった。あちこちで生徒が好き勝手に話しはじめている。
「ですが、ガルディアントの王子様だったなんて……いまだに信じられませんわ」
「ええ、黒曜の騎士というだけでも驚きでしたのに。ああ、敬愛していた方の正体が……あぁ……っ」
「気軽に先生と呼んでしまっていいのでしょうか? 殿下のほうが適切なのでは? いえ、陛下かしら?」
「とはいえ、ガルディアントはもう滅びてしまった国ですから……」
「それにしても王族って……やっぱりいい響きですよね」
「ええ、わたしも憧れてしまうわ……っ」
飛びまくる話題の数々。
姦しいとはまさにこの状態を言うのだろう。
彼女らもほかの教師の前では授業中に騒ぐことはない。つまるところ、教師として完全に舐められているということだ。
「お前らな……秘密だって言ったはずだろ」
一応、正体については秘密にしてもらっている。とはいえ、これだけの人数だ。どこから漏れてもおかしくはないし、覚悟だけはしているつもりだ。
「じゃあ続きをするぞ」
「そんなことよりセンセー!」
「俺の話をそんなことで済ませるとはいい度胸だな、シャル」
「リシス様とのチューはどうでしたか?」
つい先ほどまで落ちつきのなかった教室が一瞬にして静まり返った。まるで時間が止まったかのような静寂に包まれている。
さて、どう反応したものか。
下手な返答をすれば、火に油を注ぐ結果となりそうだが……。
そうして対応策を考えはじめた、瞬間。
リシスが勢いよく立ち上がった。
その顔は見たこともないほどに赤らんでいる。
「ちょ、ちょっとシャルミンさんっ。授業で話すことではないでしょうっ」
「でも、あんな風に見せつけられたら気になって授業も頭に入ってこないっていうか……ね、ナナっちも気になるでしょ?」
「わ、わたしはっ、べつに……」
いきなり振られてあたふたとするナナトリア。
争いごとを嫌う彼女のことだ。
リシスから睨まれる中、シャルミンに加勢することはないだろう。
「っていうのは嘘で、ちょっと気になります……」
ちらりとこちらを一瞥したのち、遠慮がちにそう言った。
まさかの返答だった。
あの大人しいナナトリアが好奇心を隠さなかったからか。それを皮切りにほかの生徒たちも「わ、わたしも……」と興味津々といった目を向けてきた。
そんな状勢もあってか、シャルミンが大義を得たとばかりに言ってくる。
「これはもう逃げられませんな~。ね、先生、リシス様?」
「べつにやましいことはないから逃げるつもりはない。あれは《狂人化》を授けるために必要な儀式だった。それだけだ」
「せ、先生の仰る通りですっ! ですから、シャルミンさんが仰ったことに答える意味はないのですっ」
リシスが慌てて加勢に入ってくる。
援護のつもりだろうが、焦りが前面に出過ぎだ。
予想どおりシャルミンが楽し気に笑っている。
「では……ワタッ、ワタクシたちもする機会がある、ということですの……っ?」
ルヴィがやけに上擦った声で問いかけてきた。
もっともな疑問ではあるが、いまは火に油だ。
またも教室中がざわつきはじめる。
「さすがに口づけは、ちょっと……」
「……どうしましょう。わたし、許嫁がいるのですが……」
「ですが、もしそのような機会に直面したら、どうしましょう」
「出来れば、夕陽や夜空を眺めながらがいいのですけど……」
露骨に拒否感を示す者もいたが、ごく少数。
どうやら赴任初日よりは嫌われていないらしい。ただ、多くが不安を抱いたようで近くの生徒と相談しあっている。
ロアは何度目かのため息をつきつつ、声を張り上げる。
「なにか勘違いしているようだからはっきり言っておくが、《狂人化》はお前たちが望んで、またそれに値する力があると判断した場合にのみ応じる。つまりだな、無理矢理することはないから安心しろ」
そう説明したところでようやく騒ぎが収まってくれた。
多くの者がほっとしたように息をついている。
そんな中、シャルミンが首を傾げている。
「あれ、じゃあつまり……リシス様とは承知の上でってこと?」
「ち、違いますっ! わたくしはそのことを知らなくて──」
リシスがさらに前のめりになって叫んだ、瞬間。授業の終わりを知らせる鐘の音が聞こえてきた。ロアはそそくさと教壇に背を向け、廊下へ向かう。
「てことで授業はここまでだ。おつかれさん」
「あ、センセー逃げた! まだ話は終わって──」
シャルミンの声が後ろから聞こえてきたが、構わずに扉を閉めた。
ゆっくりしていたら追いかけてきそうな勢いだったし、さっさと教室前から退散したほうがいいだろう。そう思いながら、歩きだしてからまもなく──。
ひと気のない廊下に差し掛かったところで「先生っ」と呼び止められた。振り返った先、そこにいたのはリシスだった。
「なんだ、文句を言い足りなかったのか? まあ、お前には言う権利があるからな。いくらでも聞いてやるぞ」
「それもありますけれど、そうではなくて……っ」
リシスらしくない要領を得ない返答だ。
彼女は目を幾度もそらしつつ、深呼吸をはじめる。
なにか大事なことを話そうとしている。
そう感じたこともあり、急かすことなくじっと待ちつづけた。
やがて決心したのか、リシスが自身の胸元に右手を添えた。それから真剣な眼差しを向けてくると、まるで喉から押し出すように言葉を紡いだ。
「どうして……どうしてわたくしを選んだのですか?」
きっと《狂人化》を授けた際のことを言っている、とすぐに察することが出来た。
「あのとき、ほかにも授けられる人はいました。なのになぜ、わたくしを最初に選んだのですか? 教えてください……っ!」
リシスは疑問を口にしただけだ。
だが、悲痛な叫びのように感じられた。
どれだけ彼女が悩み、苦しんだのか。
言葉にされずとも、ありありと伝わってくる。
生徒の中では誰より達観しているため、どこかリシスを大人として見てしまうときがあった。だが、本当の彼女は違う。こんなにも不安定で傷つきやすい……。
正真正銘の少女だったのだ。
ロアは細く長く息を吐きながら、1度目を閉じた。彼女を見ながらでは、決意が鈍るような気がしたからだ。再びまぶたを上げたのち、改めてリシスのことを見据える。
「……たった1人、お前だけが諦めずにいたからだ」
彼女はきっとこんな言葉を求めていない。
ガルディアントの王として。
この身にはやるべきことがある。
それらを清算しない限り前には進めない。
ゆえに、これがいま出来る精一杯の返事だった。
「ずるいです、本当に……っ」
まさにそのとおりだ。
なにも言い返すことは出来なかった。
ロアは彼女に背を向け、歩き出した。
「先生っ」
声をかけられて振り返った、直後。
唇になにか柔らかいものが押し当てられた。
間近に映るのはリシスの顔。
少しこわばった様子で閉じられた目。
そして伝わってくる……震え。
リシスにキスをされたのだ、と。
ようやく気づくことが出来た。
こちらの後頭部に彼女の両手が回され、引き寄せられた格好だ。それでも身長差があるため、リシスが少し背伸びをしている。
触れていたのは、ほんのわずかな間。
だが、実際にはもっと長くそうしていたように感じられた。
リシスが両手を放し、ゆっくりと身を引いた。そっと離され、ぷるんと揺れる唇。わずかに吐息が漏れる中、彼女の瑞々しさを残した唇が照りかえる。
「リシス、お前……」
いま彼女がどんな顔をしているのかは俯いていてわからない。だが、真っ赤に染まった耳からして照れているのは間違いなかった。
リシスは先の口づけの感触をたしかめるように指を自身の唇に当てたのち、後ろ歩きで3歩ほど下がった。それからようやく顔を上げたかと思うや、彼女は予想だにしない行動をとりはじめる。
「……っ! お初にお目にかかります、ロア陛下。わたくし、オルクレール公爵家が長女、リシス・オルクレールと申します。これからあなた様の生徒として恥じぬよう邁進いたしますので、どうかご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いいたします……っ」
頬の赤みがまったく引かない中、気丈に振り舞いつづけ、ついには淑やかな笑みまで向けてくれる。まるで物語の一幕として描かれそうなほど芝居がかったしぐさだ。
ただ、そこにはどうしようもないほどの人間味が詰まっていた。
ロアは驚嘆するとともに思わず笑みをこぼしてしまった。
どうやら見解を改めなければならないようだ。
この生徒リシス・オルクレールは〝良い女〟で収まるような器ではない。
特別で、最高の女だ、と。
「──ああ、もちろんだ!」
ひとまずここまでとなります。
読んで頂きありがとうございました!
面白かった場合で構いませんので、↓の☆から読み終わっての評価をして頂けると幸いです。
それから以前に投稿していた作品の連載を本日から再開します。まだ本1冊分の文量しかなく、すぐに追いつけると思いますので、よければ読んでやってください。
タイトル『俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!』
URL【https://ncode.syosetu.com/n7786fy/】
よろしくお願いします!




