第二章 アプリ・筋肉・デビュー 2
「例の三人組の銀行強盗。真木先輩、あの時、夢見銀行にいたんでしょ。巷じゃ、銀行強盗っていうよりも武装集団だったって噂だし、実際にかなりの犠牲者も出ましたよね」
僕は夢見駅前の居酒屋チェーン店「泣泣」へ行き、鳴海霧彦と飲んでいた。
鳴海は三十歳。大手電機メーカに白物家電の開発設計者として勤務しながら、帰宅後や休日を利用し,作品を書き,小説家デビューを目指している。
僕も鳴海も同じウェブ小説投稿サイトに作品を掲載しており、そこで知り合ったのだが、二人とも夢見市在住で,気が合うこともあって、たまに会って,書いた作品について語りながら飲んでいる。
まあ、僕がフリーターで、鳴海が働いていることもあり、毎回奢ってもらえるので、喜んで参加している。
「僕が銀行強盗に殺されなかったのは、本当に運がよかっただけなんだ。ATMコーナーが入り口付近にあったから。でも、確かに銀行強盗というよりも武装集団だった。」
あのとき、何人もの無関係の人間が床に倒れ、赤い大量の血液が溢れていた。
僕も死んでいておかしくなかった。
「まあ、無傷で何よりです。運も実力ですよ」
鳴海はにこりと微笑むと、ビールを飲み干した。
「店員さん、おかわり!」
鳴海は大きな声で叫んだ。
「それで、鳴海はどうなんだ。書いてるのか?」
「よくぞ。聞いてくれました。ミステリに初挑戦してて」
そう言うと、鞄からタブレットを取り出す。
怪しいやつが多すぎる
というタイトルが画面に表示された。
「探偵もヤクザ、ワトソン役もヤクザ、容疑者もヤクザ、当然ながら、犯人もヤクザ。ヤクザのヤクザによる計画的な殺人事件を発端に、ヤクザ対ヤクザの抗争に進展し、その抗争の中で何人ものヤクザが殺されるんですが、実は殺されたヤクザの一人は真犯人に計画的に狙われていて、それを見事に探偵役のヤクザが推理するっていう本格ミステリです」
「なんだそりゃ」
「木は森に隠せっていうでしょ。容疑者はヤクザに隠せってね。将来的には、北野武監督作品『怪しいやつが多すぎる』。主演高倉健。サイコー!」
鳴海は大きな声で笑った。
そんな鳴海も小説の実力的には僕よりも上だ。大きな賞で、最終候補作に残ったことも多々あるし、鳴海の小説を常日頃から読んでいるが、十分売れるとは感じている。
「先輩は最近,どうなんですか? 書いてます?」
「僕は――そうそう」
ポケットからスマートフォンを取り出す。
スマートフォンを操作し、写真を表示させ、鳴海に見せる。
「先輩、これ、伊達エリカですよね」
こっそりとトキワ荘で記念に伊達エリカとのツーショット写真を撮ってもらった。
僕はぎこちなく笑っているが,伊達エリカは満面のアイドルスマイルでピースサインを出し、若干、体を僕のほうに近づけている。
「先輩,彼女のファンでしたっけ? アイドルグループ〇〇って中高生に人気だし――」
鳴海が僕を見つめる。
「いや、ファンではないけど、たまたま、偶然、最近、知り合って。今度、一緒に暮らすことになったんだ」
「えっ、なになに、えっ、えっー。マジっすか、マジっすか! ありえない! なんでそんなことが、奇跡、これは、奇跡だ! 再婚? 40バツイチ再婚? その相手がアイドル?」
鳴海はブツブツ独り言を言い始め、ジョッキのビールを一気にあおると、
「店員さん、おかわり! 二つ!」
と叫ぶ!
鳴海のビールジョッキは新しいビールジョッキと交換され、僕の目の前にはビールが半分ほど入ったジョッキの隣に、新たにビールジョッキが肩を並べる。
「すごいじゃないですか! それじゃ、先輩の幸せの門出を祝して、乾杯!」
鳴海だけがジョッキを握りしめ、テーブルに置かれた僕のジョッキをカチンと音を鳴らし、再び、ビールを一気に半分ほど飲んだ。
「今度、俺にも紹介してくださいよ」
鳴海は掌を合わせて、懇願してくる。
「ダメだ。さすがにそれは僕の信用問題に関わる。それにな。別に一緒に暮らすって言っても同じ部屋に住むんじゃない。伊達エリカと同じマンションに引っ越すだけ」
「えっ、だましましたね、先輩! あぁ、俺に一気飲みされたビール君。騙されていたとは可哀そうだ」
「いや、お前が飲んだだけだろ」
本当に鳴海はかわいい。




