表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
籠の姫  作者: 桃巴


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

41/41

加護の姫

「見て、ユーカリ! 青空よ」


 氷山の中腹に達したサラが晴れわたる空に嬉々とした声をあげた。


「おっ、そうですね。うわあ、この北方でこんな空を見られるとは」


 ユーカリは先に登るサラの横をひょいひょいと抜かしていき、その場所へひらりと到着した。そして、サラに手を伸ばす。


「平気よ」


 サラはユーカリの手を借りず、その場所へと。


「ここが見晴台ね」


 サラは眼下に広がるヒャドを眺めた。その瞳が城に集まる民と兵士をとらえる。


「もう始まってますね」


 ユーカリは目を細めて見ている。


「見て!」


 サラは指をさし嬉しそうに言った。サラの瞳はすでに眼下にはなく、遠くを見ている。ユーカリはサラの指さした方向へと視線を向ける。


「あ、あれは黒宮?」


 懐かしい輪郭が見えた。


「ユカリは元気かしら?」


 サラの呟きが眼下に移り、それをとらえた。


「あ、いた。兄上だわ」


 氷山の前を陣取っている。




***




「……」


 イザナは見上げた氷山に、そぐわない出で立ちのサラを確認すると、言葉を胸の内におさめた。


『お転婆もここまでいけば、天晴れだな』


 サラが大きく手を振っている。そして、何やら指をさしている。


『……わかるわけないだろ。お転婆な上にこの上なく天然すぎる』


 イザナは苦笑いした。何故なら、イザナの周りにはヒャドの兵士がポカーンとサラを見上げているのだ。もちろん、ヒャドの兵士といってもデイルに着いた者たちである。


「すまぬな、あれが『青の奇跡』だ」


 イザナは肩を竦めた。奔放なサラ姫に、周りの兵士らは乾いた笑いで返す。ヒクヒクと口角を何とかあげて。


 しかし、


「あ……」


 瞬時に感嘆の声が溢れた。


「天の歌声……」


 サラが歌いはじめたのだ。




「サラ」


 王間に向かっていたデイルの足が止まる。愛しく呼ぶその名の響きが廊下に流れた。歌声にしばし酔いしれる。


「何時も、この歌声は心に響きますね」


 フェラールがデイルの肩をポンポンと叩いた。デイルがはにかむ。


「姫に遅れをとりましたな、さあ行きましょう」


 ザラキがニヤリと笑って発した。その歌は、サラが関門で歌ったもの。デイルへの想いの歌だから。デイルは外を見る。青い空が広がっている。


「奇跡の青空ですね」


 王子のひとりがぽつりと呟いた。




 その青空など見れぬ状況に陥っているのは王間に集うものらだ。


「ど、どうなっているのだ!!」


 男の悲鳴ほど見苦しいものはない。ザイールは怒りと恐れを重臣たちに振り撒く。


「わ、わたくしが、見て参ります!」


 名乗りを上げる者すでに三人目。王間に戻ってこぬそれら。それが意味することを、集った者らは一様に理解している。よって、


「いや、待たれよ! わしが行こう!」


 数名がわらわらと扉に向かう。


「逃げるのか!」


 ザイールは一喝し、剣を握る。


「ひぃっ、め、滅相もありません」


 血走った目のザイールは、扉に向かった三人の前へ。カタカタと震える剣がザイールの心を現している。


「い、いいか、王子らが来たら! ……捕らえるのだ、いいな!!」


 その叫びのあと、扉の向こうから複数の足音が聞こえ、ザイールは慌てて玉座に走る。


「近衛! 脇を固めよ!」


 声はさらに震えていた。王間から逃走しようと試みた者らも、扉から逃げるように玉座のもとへ向かった。


 ーーバターンーー


 扉は前置きなく開いた。扉の前を守る兵士もすでにいないのだ。


「……」


 デイルはまっすぐに玉座を見た。


「ぶ、無礼な!」


 バレットが叫ぶ。だが、その腰は引けている。ザイールは視線をさ迷わせていた。デイルを先頭に七か国の王子らが玉座に進む。それに反応して近衛隊がじりりと玉座を守るように動いた。一定の距離で止まった七人の王子。従者らが扉の付近で片膝を着いた。


「兄上、久しくあります」


 デイルは淡々と発する。


「何をしに来たぁ?!」


 ザイールは金切声をあげた。


「玉座を退いてください、兄上。そこは父上の席です」


 ザイールの声とは反対に落ち着いた声でデイルは答える。


「な、なにを言うか!! 父上はすでに死んだではないか! 故に私が玉座にいるのだ! 私がヒャドの王だ!」


 シーンと静まる。秘密裏であった王の死が公になった。ここには、各国の王子がいるのだから。


 王間は一瞬静まる。


「ヒャドの新王にあられるぞ! ご挨拶を!」


 バレットが声を張り上げた。しかし、それにどの王子も反応しない。ザイールは王子らをキッと睨む。稚拙な行いだ。


「父上の死を公にせず、玉座にいる者に挨拶せよと? 父上の死に疑念を持つ私が、父上の玉座に座る者に挨拶などできましょうか?」


 デイルは冷淡に笑みを浮かべた。


「き、貴様ぁぁぁ!」


 ザイールは鬼の形相で立ち上がる。肩を怒らせフゥフゥと息を吐き出している。デイルは哀しげに兄ザイールを見た。


「貴方を頂と仰ぐ者は、今ここにいる下衆な者らだけです。兄上、もうお辞めください」


 デイルはザイールから近衛へと視線を向ける。


「父上の墓標は、地上にあるべきだ。お前らとてわかっているはずだ」


 近衛の瞳が揺れた。


「何をしている?! たった七人ではないか、さっさと捕らえよ!」


 ザイールが発狂した。その命に扉前に控えていた従者らが立ち上がる。しかし、どの王子らも片手を上げそれを制した。


「いいでしょう!」


 そう軽やかに発し、フェラールが前へ出た。


「競い合いに参加した者らを倒せば、あなたを認めましょう。ただ、頂と認めるのでなく、『青の奇跡』を加護するものとしてですが。そのために我々はここに集ったのです。競い合いに参加していない貴方が、『青の奇跡』を不当に手に入れようとしているのですから。欲しいなら、我らに勝ってからだ!!」


 ザイールはフェラールの気迫に押される。そして、近衛は対峙する二つの頂を見て、項垂れた。ザイールから近衛の守りが離れる。


「な、何をしている?」


 自身を守る砦がひき、ザイールは声を震わせた。


「ザイール様、王であるというならば、どうか王である姿をお示しくださいませ」


 近衛隊長が静かに発した。王である姿とは、フェラールの発言を受け入れろということ。正々堂々と戦えということ。


「な、何を言っている? お前、お前ら、私を守るべきだろう! 何をやってるんだ!」


 ザイールは近衛隊長に詰め寄るも、皆頭を垂れて動かない。ザイールは目を世話しなく動かし、側近らをとらえると、


「おい! 何とかせよ! 役立たずが!」


 側近らは壁に張りつくように立っている。各国の王子らの視界から逃れようとだ。あのバレットでさえも。ザイールはここでやっと玉座の周辺に誰もいず、自身だけがポツンとなっている状況に小さく体が震えだした。ザイールをもてはやした者らは、真の忠臣にあらず。玉座の前で茫然としているザイールにデイルは最後のとどめをさす。


「約二十年前の赤き不吉な星は、今日これをもって終わりとなる!


父上がその死をもって導いてくれたのだ。


北方三か国はこれより手を携えて歩んでいく!」


 ザラキとネザリアの若き王子がデイルと固く握手した。また、各国の王子らも互いに認めあう。ザイールだけが膝から崩れ落ちたまま。近衛が頭を上げ、ガシャンと槍をたてた。その視線はデイルへ。命令をまっているのだ。


「兄上を自室へお連れしろ」


 デイルは淡々と発した。そして、壁に張りついた者らを一瞥する。


「ヒャドを崩壊させようとした者らは、地下牢へ。逃げた者も捕らえよ!」


 近衛が素早く動く。


「キールはまだか?!」


 近衛だけではここの収集はつかない。そこにちょうどのタイミングでキールが到着する。


「城内、及びに城下町の統治を完了しました。物語はシェードとリザによって語られはじめております!」


 デイルはフッと笑った。ソラドの申し出で、シェードとリザ、そしてソラド自身も物語を流布しているのだ。天を読める者の言葉で。


「さあ! デイル殿、姫様をお迎えに行きましょう」


 フェラールがデイルの肩をポンポンと叩いた。




***




「サラ姫様、どうやら一件落着したみたいですよ」


 ユーカリが目を細めて眼下を確認している。イザナの横に各国の王子らが到着したようだ。サラはうふふっと笑ってデイルの姿を見つめる。


「あ、登りはじめましたね」


 その姿を目に焼きつける。あの籠の塔では見れなかった姿を。口元の笑みに一筋の滴が流れた。


「もう、頑張らなくてもいいのよね……もう、羽ばたかなくてもいいのよね」


 ユーカリは振り返りサラを見た。そこにいるのは、今まで見たこともないサラの顔。お転婆な姫はやっと自分の加護を見つけたのだ。


「立派な女性にお成りで」


 ユーカリはサラの脇に膝を着いた。そして、時を待つ。サラの目に、小さかったデイルの姿が徐々に大きく映っていく。


 ーーガツッガツッガツッーー


 氷山を登る鉄の爪の音。


「サラ」


 愛しい声にサラは胸がいっぱいになった。


「惑わずにす、すみ……、ヒックグズッ……、惑わずにの、ぼった……勇気、のある者よ。その頂の者にぃ、託そう。我が最愛の娘を!」


 サラはクツナ王からの親書を読み上げた。その親書をポイッと放りなげ、サラは愛しいデイルの胸へ。


「ああ、サラ。惑いはなかったよ。俺の心に惑いはもうない。一緒にヒャドで暮らそう」




 見晴台で抱き合う二人のかげに、ヒャドが歓喜に包まれていた。


「あ、何か落ちてきますね」


 イザナはそれをひょいと掴む。それを確認すると、ハァーと深いためいきをついた。


「イザナ殿、どうしたのですか?」


 ザラキはイザナに問うた。


「父上の親書です」


 イザナはガクリと肩を落とす。


「はっ?」

「へ?」

「ええっ?」


 数人の王子が声を上げた。フェラールだけがブックックと笑っている。


「サラにかかれば、王の親書もこんな扱いです」


 イザナが眉を落とす。王子らはポカンとしている。


「まあ、ラフトでもそうでしたよ。あれほどの姫様を扱えるのはデイル殿だけでしょうな。塔から飛んだときも受け止めたのですから」


 ザラキもフェラール同様にクックックと笑った。他の王子らも笑い出す。ヒャドに王子らの笑い声がこだました。




 これは、加護の姫の物語。


 南国一のさえずりは、多くの国を魅了した。


 物語は語り継がれる。


 空を舞う小鳥のさえずりのように、見上げてその可愛いさえずりにフッと笑みがこぼれるように。






終わり

完結まで読んでいただきありがとうございました。


桃巴。



*****



何故奇跡は苦境の時にしか現れないのか?


……いや、苦境の中でしか奇跡は生まれない。


人は、平穏が奇跡であると感じることがないからだ。


物語はいつだって苦境の中で輝く。


王子がこれ見よがしに現れなくとも!

強き味方が現れなくとも!


たった独りでも、姫は奇跡に手を伸ばす。


咲き誇れ、


『凜』として……



******



『瑠璃の女神一凛』本日午後より公開します。


籠の姫で出てきたいにしえのお伽噺です。サラ姫が愛読していた『青の奇跡』。その主人公イチリン姫の物語になります。


たった独り城に残されたイチリン姫が奇跡の勝利を掴むまで……愛する者の手を掴むまで……


本日午後開幕

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ