1.持ち込まれた手紙
着信音が一瞬だけ鳴る。今どきワンギリは珍しくない。しかしこの着信は詐欺電話ではない。
『ウィーン、シャコッ、スススー、グググ、ググ――』
まったく今どきファックスで依頼が届くなんてウチくらいじゃなかろうか。もちろんメールを送受信することなんてたやすいし、それはオレだけじゃなく依頼人のほとんどもそうだろう。
しかしこの依頼人だけは違うのだ。
やがてすべての印刷が終わって用紙が吐き出される。オレはこの不便な通信機器から依頼書をひったくった。
だがそこには依頼内容は書いておらずオレは首をかしげる。代わりにごく短い一文が書かれており、その内容はやや不穏なものだと言わざるを得ない。
『おばあさん、なるべく早くその家から逃げて』
はて? オレは世間一般から見ても、そして自認も当然ながら成人男性であり、念のため言っておくとおじいさんでもない。
「やれやれ、どうやら間違いファックスってやつなのか?」
ぼそっとつぶやきながら用紙の端を見ると、そこに印字されている送信元の電話番号は見慣れたものだった。
と言うことはそろそろやってきてもおかしくはない。やつの部屋からここまでは階段を駆け下りてきて五分と言うところ。のんびりやってきたとしたって十分はかからない。
『タッタッタ、ガチャン』
ほうらやってきた。なんでエレベーターを使わずにわざわざ階段を使うのか聞いたことは無い。だが各階についている防火扉の音でやってきたことに気付けるのはメリットと言える。
オレの事務所は二階にあるのだが、この一角のほかは一階にある電気店の倉庫だけだ。つまり防火扉の音がしたらオレに用があるか迷子か強盗かと言ったところ。
「探偵さん探偵さん! 時間あるかな? あるよね、いつも暇そうだし」
全く失礼な奴だ。ある意味強盗よりもたちが悪い。
「暇ってこたあねえぜ? 週末に向けて勉強をしていたところだからな」
オレは赤ペンを手の中でクルリと回した。
「あーそうだ! こないだペン回し教えてくれるって言ってそれきりだった。でも今はそんなことしてる場合じゃないし…… 仕方ないから依頼の話するね」
「始めから押し付ける気ならいちいち暇かどうかなんて聞く必要ねえだろ。それでこの怪文書はなんなんだ? ちと穏やかじゃねえように見えるぜ」
「だから依頼しに来たんじゃないの。いつもみたいに人探しとかネコ探しよりまともな依頼に見えるから探偵さん向きじゃないかもだけどさ」
「それはなにかい? オレには荷が重いとでも言いてえのか?」
「違う違う、警察へ持ち込んだほうがいいかもしれないってこと。でもねえ……」
「なんだ? 心当たりでもあるのか? それとも差出人はすでにわかっていてパクられたら困るとかそっちか?」
「ううん、犯人はさっぱりわからないけど差出人は女の子っぽいんだよね」
「なるほど、確かにこの字を見る限り野郎の字には見えねえ。若い女の書いたもののような雰囲気があるからな」
「そんな若いだなんてお世辞がうまいんだから―― って違うから! それはアタシが書いたものだってば。原本はこっちにあるのよ」
あわただしくやってきた三十路女はそう言ってバッグから封筒を取り出した。見慣れたそれは郵便局のATMに備え付けの封筒だ。
「これが原本、といってもファックスで届いたから厳密にはコピーってことになるのかな」
「そうだな、だがコトの本質はそこじゃねえ。誰がこんな物騒な文言を送ってきたのかってことだ。そうだろう?」
「もちろんそうよ? だからこうして探偵さんのところに持ち込んだわけだしね」
「賢い選択だ。それじゃ今月の依頼はこの件に隠された真実を暴きだすってことでいいな? まあ任せておけ」
オレの心の中では『なんて簡単な依頼なんだ。こりゃ儲けものだぜ』とほくそ笑んでいた。




