28話
守護竜アウルディオンが中庭へ降り立ってから、城の中はしばらく落ち着かなかった。
騎士たちが慌ただしく走り回り、侍従や役人たちが遠巻きに様子をうかがい、兵士たちは竜を刺激しないよう距離を取りながら警戒を続けている。
だが当の守護竜は、まるで何事もなかったかのように静かだった。
巨大な翼をゆっくりと畳み、石畳の上にどっしりと腰を下ろしている。黄金の瞳は穏やかで、暴れていた時の荒々しさはもうどこにもない。
オレはアレンの肩の上で、その姿を見上げた。
……さっきまであんなに大暴れしてたのに。
すごい落ち着きだ。
騎士の一人が近づき、深々と頭を下げているのが見えた。どうやら竜に謝罪しているらしい。
その横で、アレンが別の騎士と短く言葉を交わしていた。
数言話しただけで会話は終わり、アレンはこちらへ戻ってくる。
「世話係の居場所は分かった」
ダリオが肩を回しながら聞く。
「もう聞き出せたのか?」
「竜舎の奥にいるそうだ」
「ふーん」
ダリオが空をちらっと見上げた。
「ま、まずはそいつだな」
オレたちは城の中庭を横切り、石造りの回廊へ入る。
王城の廊下は広く、天井も高い。壁には古いタペストリーがかかり、赤い絨毯がまっすぐ奥まで伸びている。
人の往来は多いが、皆どこか緊張した顔をしていた。
さっきの騒ぎのせいだろう。
オレはアレンの肩からきょろきょろと周りを見る。
柱。窓。磨かれた床。壁にかかった燭台。
どれも綺麗だ。
思わず前足でアレンの肩をぽんぽん叩く。
「にゃ」
「……落ちるなよ」
アレンがぼそっと言った。
ダリオがくすっと笑う。
「城の中が珍しいんだろ」
廊下を抜け、庭園の脇を通り、さらに奥へ進む。
すると空気が少し変わった。
草の匂い。干し草。動物の気配。
オレの耳がぴくっと動く。
ダリオが言う。
「ここらだな」
目の前に大きな木製の扉が見えた。
その前に、少年が立っていた。
年は十五か十六くらいだろうか。茶色い髪が少し跳ねていて、どこか人懐っこい顔立ちをしている。背はまだ高くないが、動きは軽い。
手にはブラシのようなものを持っていた。
竜の鱗を磨く道具だろうか。
少年はこちらを見ると、ぱっと顔を明るくした。
「あ!」
小走りで近づいてくる。
「さっきの方たちですよね!」
元気な声だ。
「竜を鎮めてくれたって聞きました!」
ダリオが軽く手を上げる。
「おう」
アレンが少年を見た。
「君が世話係か?」
「はい!」
少年は元気よく頷いた。
「僕、リオンって言います!」
オレはその少年――リオンをじっと見た。
……この子が?
あの足環をつけた?
でも。
どう見ても、悪いことをするような感じじゃない。
ダリオがさっそく聞く。
「なあリオン」
「はい?」
「アウルディオンの足に輪をつけただろ?」
リオンは一瞬きょとんとした。
「輪?」
首を傾げる。
それから、ぱっと思い当たった顔になる。
「あ!」
手を叩いた。
「あの足環ですか?」
オレの耳がぴくっと動く。
リオンはにこにこしながら言った。
「綺麗ですよね〜」
……え?
ダリオとアレンが同時に黙る。
リオンは全く気づかず続けた。
「黒くてつやつやしてて、なんか高そうでした!」
アレンがゆっくり聞く。
「……あれを誰から受け取った?」
「え?」
リオンが首を傾げる。
「それが、どうかしたんですか?」
ダリオが腕を組む。
「どうもこうもあるか」
「?」
「その輪、竜の魔力を吸い上げる代物だ」
リオンの動きが止まった。
目がゆっくり丸くなる。
「……え?」
沈黙。
そして。
「ええええっ!?」
竜舎に響くほど大きな声だった。
「そんなものだったんですか!?」
ダリオが思わず笑う。
「知らなかったのかよ」
「し、知りませんよ!」
リオンは慌てて両手を振る。
「僕、ただの飾りだと思ってて!」
顔がみるみる青くなる。
「アウルディオン様が苦しんでたのって……もしかして……」
アレンが短く答える。
「ああ」
リオンは真っ青になった。
「うそ……」
膝から崩れそうな顔だ。
「僕そんなつもりじゃ……」
「落ち着け」
ダリオが手をひらひら振る。
「お前が企んだってわけじゃねぇだろ」
「そ、それはそうですけど……!」
リオンは深呼吸を何度かしてから言った。
「えっと、あれは……確か王宮魔術師の人だったと思います」
アレンの目がわずかに鋭くなる。
「王宮魔術師?」
「はい」
リオンが頷く。
「ローブを着ていました」
確かに。
この王城でローブを着ている人間といえば。
「この王宮内でローブ着ている人は魔術師さん達くらいですから」
ダリオが顎をさする。
「顔は覚えてるか?」
「うーん……」
リオンは記憶を探るように目を上に向ける。
「フードをかぶってたので、はっきりとは……」
「そうか」
アレンが短く答える。
少し沈黙が落ちた。
だけど。
「あ!」
リオンが突然声を上げた。
「一個思い出しました!」
アレンがすぐに視線を向ける。
「何だ」
リオンは少し自信なさそうに言う。
「確か、その人……」
少し考えてから言った。
「『第二王子殿下に依頼されて足環を届けに来たんだ』って言ってたような……」
その瞬間。
空気が静かに変わった。
ダリオがゆっくり瞬きをする。
「……第二王子?」
リオンは普通に頷く。
「はい」
そして何でもないことのように言う。
「第二王子殿下はたびたびアウルディオン様に会いにいらっしゃるんですよ」
オレの耳がぴくっと動く。
「たまに贈り物も持ってきてます」
リオンは少し嬉しそうに言った。
「竜はキラキラしたものが好きですからね〜」
その言葉を聞きながら、オレはアレンを見た。
アレンは無表情だった。
だけど。
その目だけが、ほんの少し鋭くなっていた。
まるで。
何かを疑い始めたみたいに。




