14 ゾンビオタクの本領発揮
夕方六時、私たちは皮土が細貝を呼び出した蔵木公園に来た。
園内は木々に囲まれていて暗く、遊具はサビていて、遊んでいる子供は一人もいない。
「皮土、どこにいるんだろう」
「普通に考えたら、この裏だろー。人がいないとはいっても、歩道沿いはたまに人が通るし」
「二人きりで静かにお話しできる場所ですね」
麗子のズレたコメントをスルーして、私たちはこっそり木々の裏へ回る。
皮土が細貝をリンチする予定の場所を、早く見つけないと。
「しっ!」
先頭を進んでいた佐々木が人差し指を立てて合図した。
木々に隠れながら除くと、二つの人影があった。
皮土とスキンヘッドの大男。大男はダボついた服と金のネックレスで、遠目にも不良仲間だとわかる。
「まじかよあのバカ……たかが細貝一人絞めるのに、よりによって多羅なんか呼んだのかよ……」
「多羅?」
「他校の二年だよ。中学の頃から問題ばっかり起こしてたタチ悪い不良だよ」
皮土が仲間を呼ぶとしても、皮土と同レベルの下っ端の不良だと思ってた。
体格がよくて、喧嘩が強そうで、学年も一つ上の不良を連れてくるなんて。
私たちは隠れて、二人の様子を伺う。
「おい皮土。お前に喧嘩売ったヤツ、本当にここに来るんだろうな?」
「だ、大丈夫です! 多羅先輩! 絶対来ます! アイツ絶対来るって言ってたんで!」
「ガセだったらぶっ飛ばすぞ。俺は体が鈍んねぇように、たまには人間相手にスパークリングしてぇんだよ」
「『スパーリング』じゃないっスか? 『スパークリング』はワインとかのアレっす」
「ああ!? スパーリングっつっただろうが! 何がワインだ!? てめぇをワインにしてやろうか!?」
「すんませんっ! 勘弁してくださいっす!」
偏差値一桁くらいの会話をしてるけど、油断はできないね。多羅は喧嘩慣れしてそうだし、最初から細貝を殴るつもりでいる。
「ね、麗子。皮土は細貝と喧嘩するつもりだったでしょ?」
「はい、わたしが間違っていました。皮土君は平和的に解決するつもりは無いのですね。残念です」
お嬢様思考だった麗子も、状況を理解してくれた。
このまま放っておいたら、細貝が到着したらボコボコにされてしまう。
「わたしは大人の方を呼んできます」
「ちょっと待て、麗子」
佐々木は麗子を止めた。
「たしかに大人を呼べば、この場は丸く収まるかもしれない。でも、そうすると、細貝が約束を破って大人を呼んだと思われる。後のことを考えたらいい解決策じゃないぞ」
「ですが、他に方法はありませんよ」
「私は元の作戦でいきたい」
こうなることも想定して、元の作戦を立てた。細貝にはちゃんとこの場所に来てもらって、『約束を守った』『ケジメをつけた』と皮土に思わせる。そして、ゾンビメイクをした私が奇襲で三人を脅かして、この場をうやむやにする。それが理想の解決だよ。
「園森さん、何をおっしゃっているのですか!? 男子二人を相手にそんなこと、危険です!」
「レイコの言う通り危険だ。でも、園森の作戦が唯一の手なんだよな……」
佐々木は私の身の安全を考えてくれている。でも、皮土が連れてきた多羅という男が、どれだけタチが悪いのかも知ってる。だから、迷っているんだろう。
「あたしに一つ、奥の手がある。園森、麗子、最悪の事態に備えてくるから、ちょっと待っててくれ」
「佐々木さん、どちらへ……」
「すぐ戻るから」
佐々木は麗子の質問には答えず、公園の反対側へ消えていった。
最悪の事態への備えって何だろう?
残された私と麗子は顔を見合わせる。
「園森さん、わたしはやはり大人の方を呼びます」
「ダメだよ。細貝が後で余計に酷い目に遭うよ」
「他に方法はありませんよ。大人の方に説得していただいて、後のことまでフォローしていただくべきです」
「無理だよ。大人はそこまで面倒見れない。私がゾンビ作戦をやるよ」
「危険です。もしも園森さんに何かあったらどうするのですか」
「佐々木が最悪に備えるって言ってたから、たぶん大丈夫だよ」
本当なら私だって怖くて逃げだしたい場面だけど、ゾンビメイクのおかげで、力が湧いてくる。
ゾンビ映画で怖い場面をたくさん観てきた私なら、日本人の不良の一人や二人を前にしても、体は震えずにちゃんと動くはず。
覚悟を決めた瞬間、私たちの隠れている木々の前方にひょっこりと人影が現れた。
細身の長身、フラフラした足取り、細貝だ。
「細貝君が来てしまいました。公園に入る前に止めましょう」
「待って」
私は麗子の腕を掴んだ。
いまさら止めに入っても間に合わない。麗子が多羅に見つかって、余計にややこしくなるだけ。
「多羅先輩! 来ました! アイツが細貝です!」
「なーんだ。ヒョロヒョロだな。ただのモヤシじゃねぇか。こんなザコじゃ、スパーリングにもならねぇぞ」
「え……なんで二人……」
多羅の姿を見ると、細貝は足を止めた。
怯えた細貝を見て、皮土は満足そうな笑みを浮かべる。
「おい細貝、この人が誰だか知ってるか? 蛇刺高校二年の多羅先輩だ。この人は中学の頃から高校生と喧嘩して勝ってたんだ。お前なんかワンパンだぜ?」
「仲間を連れてくるなんて、聞いてないよ……」
「お前が俺に舐めた態度取った報いだ! 喧嘩売る相手を間違えたな。後悔しながら地べたに這ってもらうぜ!」
皮土は一対一でも細貝に喧嘩で勝つことはできたと思う。
でも、きっと自分の不良としての人脈を見せつける為に、喧嘩に強い先輩を呼んだんだろう。
「よぅ、ヒョロヒョロのモヤシ。俺の中学の後輩が世話になったなぁ? 覚悟はできてるか?」
「くっ……」
細貝は走れば逃げられるのに、逃げようとしない。
手足は震えてるのに、一歩も下がろうとしない。
まさか、自分が殴られることで、すべてを丸く収めようとしてるの?
「園森、大丈夫か? 今どうなってる?」
佐々木が戻ってきた。『最悪の事態への備え』は終わったみたい。
「細貝が来ちゃった。もう時間ない」
「まじでやるのか? 相手は皮土じゃねーんだ、わかってるか? 多羅はマジでやばいぞ」
「園森さん、ダメです。そんな危険なこと、友達として見過ごせません」
「細貝を見捨てるの? 私の代わりに殴られてもらうの? そんなことできないよ」
「そりゃそうだけど……」
「園森さん……」
「たぶん大丈夫、成功するよ。私、いま無敵だから」
私は佐々木がしてくれたゾンビメイクを信じてる。
これまで百本以上、千時間以上、ゾンビ映画を観てきた私が、映画と同じくらいのクオリティだと思った。手鏡で観た自分の姿にゾクゾクした。
麗子にたくさん写真を撮ってもらって、どんな角度から見ても、百点満点のゾンビだった。
言葉が通じない恐怖。増殖する数の暴力。ゾンビは原始的な怖い存在だから。
その恐怖は、男子も女子も、大人も子供も、一般人も不良も関係なく……通じる!
「うぁあぁあぁあぁあぁあぁあ…………」
映画で何度も見てきたゾンビの歩き方、声の出し方を真似したら、自分でも驚くほど上手くできた。
近くにいた細貝と目が合い、次に皮土、多羅と目が合う。
多羅は唇と両耳にイカついピアスをしていた。身長は二メートル近くて、体の厚みも私の二倍くらいある。
でも、不良とゾンビ、どちらが強い生き物かというと。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
絶叫したのは多羅の方だった。
転がるように公園を飛び出して、歩道に出ると、腕をブンブン振って走り出す。
木々の隙間から目で追っていると、あっという間に豆粒サイズになり、角を曲がって消えていった。
「え……?」
拍子抜けするほどあっさりと、強敵が去った。
まるで本物のゾンビ対不良くらい、圧倒的な力の差を感じた決着だった。
でも、皮土と細貝はまだ公園に残ってる。
自分より強い敵と戦ったことのない多羅よりも、常日頃から自分より強い敵に囲まれている二人の方が、恐怖に耐性があるのかもしれない。
「え……誰?」
「誰だお前……」
二人は私に近づこうとせず、遠目から、私の顔をジロジロ見る。
私の正体はバレてない。そもそも二人は私の素顔を知らないし、おまけに私はゾンビメイクをしてる。
このまま名乗らなければ、絶対にバレない。
皮土はもう喧嘩するようなテンションじゃないから、このまま放置しても、細貝を殴ったりしないはず。
何も言わず、逃げるべきだよね。
そんなことを考えていると。
「まさか、園森さん?」
「えっ、なんでわかったの?」
細貝が私の名前を呼んだので、思わず反応してしまった。
冷静に考えれば、私が犯人候補にあがるかもしれないけど。
こんな一瞬で見破るなんて、感が良すぎるでしょ!
「園森だと!? まさか、てめぇが園森なのか!? この場所を知ってて仕掛けてきたってことは、そうだよな!?」
皮土にもバレた。
どうしよう……ゾンビ作戦が失敗したら、他に手はないのに。
皮土はもともと私に教室でフラれたことを根に持っていた。今、私への怒りを思い出しているはず。このままだと、私が殴られるかもしれない。
「待て、皮土! 園森に手を出すなよ!」
「皮土君、落ち着いてお話ししましょう。細貝君との喧嘩の原因はなんですか?」
佐々木と麗子が木の陰から出てきてくれた。
二人とも優しい。私のために、危険を顧みずに出てきてくれるなんて。
でも、二人を見た皮土は、さらに苛立った表情になる。
「佐々木に華道……お前ら全員で俺をおちょくってたのか……そういうことかよ」
「違う。あたしもレイコも園森も、お前のリンチを止めに来ただけだ!」
「ええ、喧嘩はよくありませんよ、皮土君。わたしがお話を伺いますから、冷静になってください」
「黙れ、女ども。お前らが俺を止められると思ったか? 俺も舐められたもんだな!」
皮土は佐々木と麗子を睨み、次に私に視線を向ける。
「園森……何度も俺をバカにしやがって。お前は絶対に許さねぇ!」
「私? だよねそりゃ……」
次の瞬間、皮土が私に向かってダッシュしてきた。
私は慌てて逃げる。
「逃げんじゃねぇ! 園森! てめぇは絶対に許さねぇ!」
「皮土、止まれ!」
「皮土君、落ち着いてください!」
「女子に手出すなよ、皮土!」
佐々木、麗子、細貝、三人が止めに入るけど、圧倒的な力の差で、皮土が振り切る。
やばいやばいやばい! 捕まっちゃう! 私、足めっちゃ遅い!
そう思った瞬間。
「え、ハロウィンやってるのか?」
私の目の前に、とんでもないイケメン男子が現れた。
中性的な顔立ちで、髪はショートの金髪。体はそこまで大きくないけど、飄々とした雰囲気がある。
私はとっさに美少年の後ろに隠れると、皮土は追ってこなくなった。
「沙介……ギリギリだったぞ……。もうちょっと早くこれなかったのかよー」
「オッス、姉貴! オレを呼ぶなんて珍しいじゃん」
「佐々木の弟……?」
弟がいることは話に聞いていたけど、私のイメージと違った。
佐々木の弟は、中学生の頃に学校で問題を起こして、停学になった問題児だと聞いてた。こんな爽やか青少年だったんだ。
「佐々木沙耶花……てめぇ、よりによって佐々木沙介を呼びやがったのか…………」
皮土は佐々木の弟を知ってるみたいだ。
たしか弟は一学年下、中学三年生。それなのに、高校一年生の皮土が警戒してる。
「オレのこと知ってんだ。アンタ誰?」
「誰でもねぇよ。クソが……」
皮土は吐き捨てるように言うと、背を向けて、公園の外に向かって歩き出した。
プライドの高い皮土が、こんなにあっさり手を引くなんて。ひょっとして、佐々木弟ってめちゃめちゃ喧嘩強いのかな?
逃げようとした皮土の背中に、佐々木弟が声をかける。
「あーあのさ。オマエ、ここに多羅呼んだんだって?」
「オマエだと? 俺はてめぇの一個上だぞ」
「そーいうのいーから」
皮土が凄んで見せても、佐々木弟はヘラヘラしてる。強者の余裕っぽい。
「姉貴のダチと揉めてんのかしらねーけどさ、もーやめとけよ」
皮土は何も言い返さず、佐々木弟を睨みつける。
気まずい沈黙が流れる。
「オレ、ゾンビお姉さん気に入っちゃったから。コスプレで喧嘩止めようとするなんて最高に面白いじゃん? だからオレはこの人につく。二度と手出すなよ」
皮土は恨めしそうな表情で私を睨みつけると、「わかったよクソが」と言い残して、公園を去っていった。
しつこかった皮土が、手を出さないと約束してくれた。これで安心して、明後日からまた平穏な学園生活を送れる。
「ありがとう、佐々木弟」
「沙介でいーよ」
「じゃあ、沙介。ありがとう」
「どーいたしまして!」
無邪気な笑顔は、テンションが高いときの佐々木にそっくりだ。
心強い味方が、また一人増えた。




