15 ご褒美
月曜日、いつも通り部屋のドアの前に置いてある朝食を回収しようとすると。
「ん……なにこれ」
A4サイズの封筒が朝食と一緒に置かれていた。宛先には私の名前が書いてある。
通販でこんなペラペラなものを買った覚えはないんだけど。
「ま、いっか」
朝食を食べて、パソコンを起動しているうちに、封筒のことは忘れた。
今日からまた平和な学園生活が始まる。
「細貝、無事だったのか!?」
教室の男子の声がスピーカーから聞こえた。
そっか。クラスメイトは細貝が皮土に呼び出されたことを知ってるから、今日無事で登校してくるとは思ってなかったのかも。
「まあ、園森さんのおかげで何とかなったよ」
「園森さん?」
「まさか、園森さんが皮土を説得して止めたのか!?」
ちょっと! 余計なこと言わないでよ!
私はただの一般生徒でいたいんだから。不良を止めたとか言いふらさないで。
「いや、違う違う。そうじゃないよ。とにかく僕は公園には行ったけど、無事だったんだよ」
「なんか怪しいな」
「そうだ、怪しいぞ。何もなかったのに、なんでお前は無傷なんだよ。普通なら、包帯巻いてズタボロになって登校してくるはずだろう」
「ああ、俺もそうなると思ってたぜ」
「いい友達を持って僕は幸せ者だな」
細貝が皮肉を言うと、男子の輪の中で笑いが起こった。
よかった、なんとか誤魔化せたみたい。細貝は私の変な噂を立てないように、気を付けてくれてる。
「ふぅ……」
安堵の息を漏らしていると、私の隣の席に誰かが座った。
細貝の声はまだ教室の入り口付近から聞こえているので、席に座ったのは別の誰かだ。
カメラを向けると、長身で童顔のアンバランスな美少女と目が合った。
「おはよう、園森さん」
『鳥窓さん、何か用?』
鳥窓さんのアドバイスのせいで、私は自分が助かるために、あやうく細貝を犠牲にしそうになった。
この子は悪人ではないけど、サイコパスだ。絵を描くために人を弄ぼうとする癖がある。
「何か用って、そんなに警戒しなくてもいいじゃない」
『細貝が危なくなったこと、私はまだ怒ってるよ』
「わたしのアドバイスのこと、まだ怒ってるのね。ごめんね。でも、園森さんが無事に解決してくれたでしょう?」
『まるで見てきたみたいに言うね』
まさか本当に……と思ったら、鳥窓さんは「ええ」と答えた。
「見てきたわ。だって、園森さんが『なんとかする』って言ってたのよ? わたしが見に行かないわけがないでしょう」
『まじで? どこで見てたの?』
「園森さんたちの後ろの木の陰よ。園森さんがゾンビのコスプレして、不良を追い払うとは思わなかったわ。わたしもあの作戦は予想外で、興奮しちゃった。最高に面白かったわ」
『褒められても嬉しくないよ』
鳥窓さんにあの場面を見られていたなんて、複雑な気分。
ゾンビ作戦のことは、教室ではバラされたくないな。
「でも、わたしが見てたことは、園森さんにとってもプラスになったでしょう?」
『なんで?』
何を言ってるんだろう、この子は。
マイナスはあっても、プラスなんてないでしょ。
「面白いものを見せてくれたお礼に、プレゼントあげたじゃない」
『プレゼント……?』
ふと、朝食と一緒に置いてあった封筒のことを思い出した。
ひょっとして、あれは鳥窓さんからの贈り物だったの?
「封筒で送ったわ。園森さんが気にいると思ったんだけど」
『まだ見てなかった』
「そうなのね。じゃあ今見て欲しいなあ」
何が入ってるんだろう?
封筒の上をハサミで切って、おそるおそる中身を取り出して見ると。
「わぁ……」
思わず感嘆の声が漏れるくらい、私好みの絵が入ってた。
ゾンビメイクをした私と、佐々木と麗子の絵。
誰も写真に残さなかった、今となっては思い出のワンシーンが、写真と見間違えるほどのクオリティで描かれてる。
「園森さんの行動に、わたしは創作意欲を搔き立てられたの。だから、もし良かったら受け取って」
スピーカーから鳥窓さんの声を聴きながら、二枚目を捲る。
私が全身ゾンビになって、他のゾンビを引き連れている絵。顔だけじゃなくて、手足もゾンビにしてくれたんだね。
『すごい! ありがとう!』
私は短くお礼を打って、三枚目、四枚目を捲る。
映画のワンシーンのように描かれている絵。私が他のゾンビに噛まれてゾンビ化するシーン。私の恋人設定らしき美男子がゾンビ化する私を見て叫んでいるシーン。
ゾンビ映画の世界に入る私の夢が叶った気分だった。
「ふふっ、芸術家の卵として、私の絵を喜んでくれて嬉しいわ」
『本当にこの絵、貰っちゃっていいの?』
「ええ。わたしはこれまで、誰にも絵をプレゼントしたことはなかったけど。今回は園森さんのおかげでインスピレーションが高まって、その子たちが生まれたから」
失敗した絵をビリビリに破いていた鳥窓さんが、完成した絵を『その子たち』と呼んだことにびっくり。
「わたしにとっても大切な絵。芸術家へ一歩近づいた絵。手元に残しておこうか迷ったけど、園森さんにあげる」
『鳥窓さん、ありがとう』
「お礼を言うのはわたしの方よ。園森さん、私に新鮮なインスピレーションをくれて、ありがとう」
私のように変なところがあって、私とは真逆のコミュニケーション能力の高さがある、そんな人をなんて呼ぶんだろう。
美術の授業のときに浮かんだ疑問に、今なら答えられる。
私と鳥窓さんは、互いの主張をぶつけあって、喧嘩して、最後には認め合えるライバルなんだ。




