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21. 2度目の王都へ

長らくお待たせしました。

「たのちみ」

「ええ、ええ、栄えあるヴェスパー領の領都に住んでいようとも、王都とは憧れるものです。しかしなぜ私が王都へ? いえいえ、公爵様の決定に不服がある訳では決してございません。しかし、王都のお屋敷にも料理人はおります。そこへ乗り込んで行って茶会や晩餐会の品を私が決めるとは、そんな……ヴ………」

 不穏な音を漏らして喋るのをやめてしまった料理長である。どうやら縄張り争いとか、権力争いとかいうものが、料理人の間にもあるらしいことが察せられた。

 秋の終わり、社交シーズンの王都へ向かうための馬車に乗り込む直前の、ミヒャエルと料理長である。ミヒャエル達家族と、使用人、護衛の騎士達を乗せるための馬車の列は、高位貴族の一行であるとひと目でわかる。

 その馬車列の後方で、生姜シロップによる、馬車酔い軽減の効果検証が楽しみで仕方ないミヒャエルが、シロップの瓶詰めをきちんと荷に積み込んだか確認に来たら、顔を青くした料理長と遭遇したのである。

 共にシロップの改良を重ね、料理長に対してすっかり仲間意識を覚えているミヒャエルは、どうにか気分をマシにしてやりたいと言葉をかけたが、どうやらこの言葉は失敗だったらしい。

 少し離れたところで、マルガレーテがどうしたのかと首を傾げている。

 料理長に何か声をかけたいところだが、公爵の息子である自分が一緒にいることで、料理長が注目されていっているのを感じる。

 こういう時は、素知らぬ顔をしてその場から立ち去るに限る。

 先程、シロップの瓶も遠目ではあるが確認できたので、シレッとマルガレーテの元へ帰った。

「どうかされましたか?」

「りょうりちょ、げんきないない」

「まぁ、馬車旅が不安なのかも知れませんね」

 料理長が不安なのは王都だ。馬車旅が不安なのは料理長ではなく、マルガレーテの夫の方である。

 クレメンスについては生姜シロップのジュースがあるので、今年の初めにあった、王都からヴェスパー領までの道のりよりも、楽になるはずだ。

 あのジュースがそんな目的で作られた事など知らないクレメンスは、既に馬車酔いの想像をして気持ち悪くなり始めている。

 そんなことは露知らず、ミヒャエルは昨年よりも少し大きくなった体で、カレン、マルガレーテ、ライナーと共に馬車に乗り込んだのであった。



 風魔法で自分とライナーにそよ風を当てながら、馬車に揺られることしばらく、馬車がゆっくりと速度を落として止まった。

 今日の宿泊予定地への到着予定時刻よりも、かなり早い時間だ。まだ道半ばも進んでいない。

 何事かと外へ目をやるミヒャエル達の元へ、護衛騎士がやってきた。

「奥様方、先頭の馬車が石を踏んで、車輪が割れてしまいました。申し訳ないのですが交換するまでしばしお待ちください」

「怪我人は?」

「おりません」

「そう、それは良かったわ。時間もある事だし、ゆっくりとしてちょうだい。少し休憩したい者もいるでしょうから」

 カレンがマルガレーテへ目を向けたのを見て、思い当たる人物がいたらしく、護衛騎士は少し唇に力を込めて「そのように伝えて参ります」と去った。

 マルガレーテは血色もよくピンピンしているが、夫は今頃青い顔をしていることだろう。

 ミヒャエルは、青い顔の先生に差し入れを持っていくことにした。幸い、カレンの気遣いで馬車はしばらく停まっていることになった。馬車の表に立っていた騎士のひとりに、荷馬車からシロップの瓶を取ってくるように命じ、ミヒャエルとマルガレーテはそのまま、別の騎士の案内でクレメンスとハインリヒが乗る馬車へと向かう。

 馬車の戸の所まで来たところで、シロップと木のコップを持った騎士が追いついてきた。

「あし、はやいね」

「ありがとうございます。身体強化ができるので」

「しんたいきょーか?」

「走ったり、重いものを持ったりするのが得意なのです」

 初めて聞く言葉に疑問符を浮かべるミヒャエルに、騎士が答える。ただ足が速いのでは無く何か理由があるようだ。

 気にはなるが、取次を済ませた騎士がハインリヒ達の馬車の戸を開けたので、意識をそちらに戻した。

「ようこそ2人とも、馬車の旅はどうかな?」

 招かれるままに馬車に上がると、いつもと同じ調子のハインリヒが問いかけてきた。

「皆様のお心遣いで、すばらしい旅路ですわ」

 前世の自動車移動を知っているミヒャエルにはお世辞のように感じられたが、今を生きるマルガレーテにとっては心からの言葉だった。

 馬を操ることも無く、座っているだけで目的地までたどり着ける。そのうえ、騎士が同行しており魔獣が出ても野盗が出ても基本的には命が脅かされることはない。これを素晴らしいと言わずしてなんになろう。

 貴族として育ったマルガレーテですらこのような感想なのだが、21世紀の日本で生きていたミヒャエルにとって、そしてひどい乗り物酔いがあるクレメンスにとって、もっと良い移動方法がないだろうかと思ってしまう物なのだった。

「せんせ、だいじょーぶ?」

「ええ、ふふ、もちろん、まだまだいけますとも」

 冷や汗の浮かんだ顔に、うっすらと笑みが浮かんだ。クレメンスほどの美男となると、弱っている時の表情ですら人をゾクッとさせるものがある。

「ジュース、どーぞ」

 騎士が持ってきたコップにシロップを入れて、魔法で水を呼び出して注ぐ。最後にこれまた魔法でキュッと冷やせば、生姜ジュースの完成である。

 冷えたそれを受け取ったクレメンスの青い顔に、救世主を見たかのような笑みが灯る。

 壮絶な笑顔だった。ミヒャエルは、「先生、ここで死ぬのかな」と思った。

「ありがとうございます。口の中が不味くて、ふふ」

 馬車旅の途中ではトイレへ行くこともままならない。恐らく水分の摂取をセーブしすぎて唾液の分泌が止まっているのだろう。

 水分を摂ることを気にしている相手にジュースの差し入れは微妙かもしれないと頭の中にメモを残しておく。王都にいる間になにか別の酔い止めアイデアを出しておこうか。どうせ両親は仕事と社交に大忙しだろうから、時間がうなるほどある。

「とーさまも?」

 一応と思ってミヒャエルが声をかけるも、ハインリヒは小さく首を振る。

「ミヒャエルは飲まないのかい?」

 これに対して、今度はミヒャエルが首を振る。

 ミヒャエルはもう1歳を過ぎているが、念の為、蜂蜜は摂取しないようにしている。だから試飲も自分ではせずに、大人にしてもらっている。

 浅いため息と共に、空になったコップがクレメンスの膝に置かれた。

 見上げれば、少しだけ顔色のマシになったクレメンスがいた。これにミヒャエルは良しと頷く。

「おいとま!」

 用が済んだのだからここに長居する必要もない。さっさと降りて自分たちの馬車に戻ることにする。

 父たちの馬車から降り、1歳半の子どもにできる、最大限凛々しい顔つきで背筋を伸ばす。

 大人たちが短い挨拶を交わして扉が締められたのを確認してから、ミヒャエルは輝く(かんばせ)を護衛騎士に向けた。

「ね、ね、しんたいきょーか、なに?」

 あまりに真っ直ぐ、ミヒャエルの視線を浴びた護衛騎士は、喉の奥を変な風に鳴らした。

「あえ、身体強化とはですね、魔力を体に巡らせて、身体機能を向上させるものであり、効果は多岐に渡ります。脚力の向上と一口に言っても、それは脚の速さに関係する強化なのか、持久力に関係する強化なのか別れます。また繊細なコントロールが必要です。身体への過剰な魔力の供給は、血の道や筋肉の損傷につながります。また十分な魔力を供給せずに強化相当の運動をすればこちらも怪我につながり」

「そこまで」

 穏やかな声に再び騎士の喉がキュッと音を立てた。

 ドレスの裾が汚れることも厭わず屈んだマルガレーテが、ミヒャエルの手をそっと取る。

「ミヒャエル様、身体強化ができると重いものを持てたり、早く走れたりします。ですが使い方を間違えるととても危険です。それに、あまりに小さい時に身体強化を覚えると、そちらに頼りきりになって元々の体が上手く成長しないことがあります。

 ですから、身体強化に興味を持つことはよろしいですが、やってみるのはもう少し大きくなってから、ハインリヒ様やクレメンスとよく相談してからにしましょう」

 最後に念を押すように指先をきゅっと握る。

 この乳母はミヒャエルの考えそうなことなどすっかりお見通しらしい。

 ミヒャエルはハインリヒとクレメンスと、なによりマルガレーテの許可が取れるまで、身体強化は試さないと心に決めた。


気がついたらユニークが1000人をこえておりまして、ありがたいかぎりです。

これからも、ゆっくりかもしれませんがミヒャエルの成長を書いていけたらと思います。

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