【第48話】誰が悪いとか
「どう? 返信来てる?」
千葉駅行きの電車を待つ間、晴明は隣に座る桜子に話しかけた。
「いや、来てない」
首を横に振る桜子を見て、晴明はがっくりと肩を落とす。
成の話を聞いた日の帰り道。桜子は黒崎ダイアのアカウントに、ダイレクトメッセージを送っていた。「アクター部のことについて、会って話せませんか」という内容だ。
黒崎ダイアはこまめにファンのツイートに、リプライを送っている。だから、ダイレクトメッセージにも目を通してくれるはず。
しかし、二人の目論見は功を奏してはいない。
「やっぱり警戒されてるのかな。既読はついてんだけど」
呟く桜子は、ケースに写る黒崎ダイアとは正反対の、浮かない顔をしていた。
「何とかコンタクト取れないのかな。動画にコメントしてみるとか」
「それももうやった。だけど、承認されなかった。一応生配信にコメントするっていう、最終手段もあるけど……」
「あるけど?」
「他の人にも見えちゃうから、リスクが大きすぎるんだよね。それに時間帯がね……」
「時間帯?」
「次のライブ配信、来週の日曜の一九時からなんだよね」
桜子の声は消え入り、晴明も言葉をなくしてしまう。
来週の日曜の一九時には、フカスタでハニファンド千葉の試合がある。カァイブがデビューし、三体のマスコットがはじめて揃う大事な日だ。
晴明も桜子も参加する予定になっていて、その最中にコメントするのは、あまり現実的ではない。
頭上でもうすぐ電車が到着するというアナウンスが鳴った。二人は立ち上がり、乗車口で電車を待つ。
何かを言える雰囲気ではなかったが、電車の音にかき消される前に、晴明は口を開いた。
「さっきさ、渡先輩に会ったって言ったじゃん」
「うん。言ってたね」
「そこでさ、ちょっと約束しちゃったんだよね」
「何を?」
「テスト明けから、芽吹先輩が部活に戻ってくること」
晴明が言い終わるのを見計らったように警笛が鳴り、電車が到着する。
桜子が腰を下ろすやいなや、どういうことか聞いてきたので、晴明は簡単に経緯を説明した。見切り発車であることも含めて。
千葉中央駅から千葉駅までは二分もない。説明が終わって、桜子がため息をつくと、もう電車のドアは開いていた。
「じゃあ急がないといけないね」
「ごめん」
「いいよ。私もあまり長いこと引きずるのは嫌だったし」
騒めきがピークに達した駅構内で、二人は改札に向かいながら話し続ける。外はまだ辛うじて明るかった。
「とりあえず明日こそは朝、登校してくるところを捕まえたいんだけど、それは私一人でやるね」
「いや、俺も行くよ」
「そんなこと言ったってハル、平均点未満なら退部っていう条件、まだ生きてるんでしょ?」
ズバリ言い当てられて、晴明は言葉に詰まってしまう。
「私は何とかなるからさ、ハルは家で勉強しといた方がいいよ。アクター部を続けるためにも」
桜子が自分を心配しているのが分かっているから、晴明は沸々と湧き上がる悔しさを押し殺して、「ああ、頼むな」と答えた。だけれど、他意のない桜子の笑顔が少しだけ、胸のとげとげしたところに触れる。
晴明は歩くスピードを上げた。しかし、桜子を引き離すことはできなかった。
次の朝、晴明が教室のドアをくぐると、珍しく頭を抱えている桜子がいた。誰とも話していない桜子を久しぶりに、晴明は目にする。
話しかけると、桜子はひがむような目で答えた。
「今朝、芽吹先輩に話しかけようとしたんだけど、何も話してくれなかった。取り付く島もないって感じで。もしかしたら私、DMとかコメントを送ることで、芽吹先輩を怒らせちゃったのかもしれない……」
「じゃあ、今度は俺が会いに行くしかない?」
「ううん、ハルの顔も知られてるから、多分同じ結果になると思う」
凹む桜子をよそに、教室はうるさい。勉強のストレスを、会話で晴らしているかのようだ。
「どうしよう。やっぱり芽吹先輩が、自分から戻ってくるのを待つしかないのかな」
今朝の出来事がよっぽど堪えたのか、桜子は珍しく弱気になっていた。背も普段より小さく、晴明には見えてしまう。
「芽吹先輩はアクター部に戻りたがってんだろ。たった一度拒絶されただけでクヨクヨすんなよ」
口にしてから自分が大それたことを言ってしまったことに、晴明は気がつく。だけれど、桜子は小さく笑っていた。
「そうだね。何度も頼めば、心を開いてくれるかもしれないしね」
「そのことなんだけどさ」
頭を掻きながら口を挟む晴明に、桜子が「何?」と、疑問を呈している。
「俺さ、ここに来るまでに考えたんだけど、今日の放課後は、芽吹先輩のところを尋ねない方がいいと思う」
「どういうこと?」
「ちょっとこのことについて、話を聞いてみたい人がいるんだ」
ホームルームを知らせるチャイムが鳴り、間もなくして植田が入室してくるから、学生たちは席につかざるを得ない。それは晴明も同様で、話の続きはホームルームの後に持ち越すことにした。
七時間目の終わりを告げるチャイムが鳴り、教室に走る緊張は一気に和らいだ。挨拶をし、植田が退室したのを皮切りに、あちらこちらで愚痴やら雑談の花が咲く。
晴明が荷物をまとめていると、一足先に帰り支度を終えた桜子が合流してくる。急かすことなく、晴明が決意を固める時間をくれていた。
二人は教室を出て、西校舎一階に向かう。職員室のドアを開けると、既に数人の学生が教師と話していた。一応は県内四位の偏差値を誇る高校である。
職員室は入り口から近い方に、一年、二年、三年と担任教師の机が島になっている。晴明がざっと見渡したところ、五十鈴の姿は見当たらなかった。一応席まで寄ってみるものの、綺麗に片付いた机に、五十鈴の痕跡は見られない。
桜子は近くにいた教師に、五十鈴の居所を尋ねている。その教師によれば、五十鈴は今学生と面談中で、あと二〇分は戻ってこないらしかった。
微妙な時間に、二人は判断に迷ってしまう。待つか、それとも日を改めるか。
相談していると、見かねたのか植田が自分たちのもとに近づいてきた。そして、気がかりで仕方がないといった風に、話しかける。
「どうした? 五十鈴先生に用事か?」
「はい。でも、今席を外しているみたいで」
「また、もうちょっとしたら来ます」と、思わず桜子が口走る。誰にとっても職員室は、あまり長居をしたい場所ではない。
ドアへ向かおうとする二人を、植田の声が制した。
「ちょっと待て。五十鈴先生に用があるってことは、部活のことだよな。先生が来るまで、よかったら俺に話してみないか?」
「結構です」と切り捨てることは、二人にはできなかった。第三者に話しているうちに、解決策が見えてくるかもしれない。
「この前言っただろ。俺でよければ、いくらでも相談に乗るって」
植田が純粋な善意で言っていることは、二人とも分かっていた。ここまで部活に協力的な先生は、あまりいないであろうことも。
二人は黙ったまま、目で会話をする。桜子の目が少し緩んでいた。
「じゃあ、少し話をさせてもらっていいですか」
桜子がそう返事をすると、植田は優しく口角を上げていた。三人は植田の机の前へと向かう。
隣接している会議室から、植田がパイプ椅子を二脚持ってきた。座ると、ひんやりとした感触に、自然と晴明の背筋は伸びる。
「で、今日は何を相談しに来たんだ」
「はい。今部活を休部している芽吹先輩のことなんですけど……」
そこから主に桜子が、去年何があったのかを、成から聞いた範囲で説明しはじめた。一〇分以上にもわたる話を、植田は話の腰を折ることなく、真摯に聞いてくれていた。邪険な扱いはされなさそうで、晴明はひとまずホッとする。
幸い植田のもとには誰も質問に来なかったので、二人は最後まで話の内容を伝えることができた。
聞き終わって、植田は深くため息をついた。胸の底から吐き出されたような、長い息だった。
「そうか。そんなことがあったのか。教えてくれてありがとな」
言って植田は頭を下げる。その行動に込められたのは感謝のみではない気がして、二人も思わず頭を下げた。
「俺ももうちょっと去年から、部活に関わっておけばよかったなぁ。そうすればここまでこじれることなく、対処できたかもしれないのに」
「ウエケン先生のせいじゃないですよ。誰が悪いとかたぶんないんだと思います」
自責の念に駆られている植田を、桜子がさりげなくフォローする。頷く植田を見て、やはり桜子は口が上手いなと、晴明はふと思った。
「それで、ウエケン先生はどうしたらいいと思います? どうやったら芽吹先輩が戻ってくれると思いますか?」
植田は顎に手を当てた。眉間にしわが寄っていて、真剣に考えているのだと分かる。
「芽吹に直談判はしたんだよな」
「はい。けれど、聞く耳を持ってくれませんでした」
「その時は何て言って頼み込んだんだ」
「部活に戻ってきてください。皆待ってますって、伝えました」
「芽吹自身には、部活に戻る気はあるんだよな」
「はい。以前部室の前にいるところを見ました」
「そうか……」
口を閉ざして必死に打開策を考える三人。だけれど晴明には、何度も頭を下げるくらいしか浮かばなくて、口にすることは憚られた。もっと確実な方法を探さねばならない。
「多分なんだけど」
口を開いたのは植田だった。
「芽吹が復部に二の足を踏んでいるのって、何も問題が解決していないからじゃないかな」
その言葉に二人は、一気に前傾姿勢になる。
「人は役割がないと集団の中に居づらいんだよ。たとえ芽吹が戻ったとしても、着ぐるみには入れない。アシスタントをやるにしても、泊と文月で十分回せている。今のままだと自分の必要性を感じられないんだと思う」
「つまり、芽吹先輩にも何か役割を作ればいいと」
「まぁかいつまんで言えばそうだな」
「それは書記や会計といった、役職のことでしょうか」
「それもいいんだけど、問題は芽吹がその役職を引き受けてくれるかどうかだな。何か芽吹にしかできないことがあれば、話は早いんだろうけど……」
答えの見えない問いが三人を悩ませる。成は、芽吹は特別口が上手いとも、ストーリーを考えられるとも言っていなかった。三人は迷路に入ってしまい、なかなか抜け出すことができない。
考え込んでいるうちに、時間は過ぎていたらしく、晴明は背後に気配を感じた。知らない学生が、プリントを持って立っていたのだ。
植田が「どうした?」と声をかける。その学生は萎縮したように「今日の授業で分からなかったところがあるんですけど、今いいですか……?」と答えていた。
遠慮がちな口調に、ここは自分たちが身を引くべきだろうと感じて、晴明は椅子から立つ。桜子も続いていた。
「すいません。僕たちこれで失礼します。あの、椅子はどちらに片付ければいいでしょうか」
「会議室のドアの側に置いてくれればいい」
そう植田が言った通りに、二人は椅子を置きに行く。手ぶらになると、自分たちがひどく場違いに、晴明には思われた。ほとんど衝動的に、ドアに向かって歩き出す。
職員室を後にすると、騒がしかった室内とは一転、ほとんど学生が歩いていない廊下は、奇妙な静けさに満ちていた。
二人はあれから職員室に戻って、五十鈴にも相談したが、これといった解決策は出てこなかった。帰っている途中にも二人はどうしようかと話したが、平行線のまま駅に辿り着いてしまう。
到着していた電車に乗り込む。冷房が効いた電車は、この日も労せず座ることができた。
「さて、明日どうしよっかねぇ」
手で顔を扇ぎながら、桜子が呟いた。なんとなく口をついた言葉にも、晴明は考えこんでしまう。
動き出す電車。シンキングタイムは二分もない。
「朝、芽吹先輩のとこを尋ねるにしても、今日と同じことしか言えないからなぁ。また拒否られるかも」
「でもさ、サクが頼んだことによって、芽吹先輩が心変わりする可能性だって、あるかもしれないじゃんか」
晴明の励ましに、桜子ははにかむことで答えていた。窓の外では街並みが揺らめいている。
「そうだね。昨日の今日で悪いんだけど、明日はハルも来てくれる? 一回二人でっていうのを試してみたいから」
晴明は首を縦に振った。勉強は何とかするしかない。車内に、間もなく千葉駅に到着するという、アナウンスが流れる。立っていたサラリーマンが、ドアの近くへ移動していた。
だが、桜子はそんな状態でもスマートフォンを手に取って、電源を入れている。起動したアプリはツイッター。こんなわずかな時間にまで、やることはないと晴明は思うが、それが桜子という人間なのだから仕方がない。
「あっ、通知一件来てる」との声。晴明も一瞬画面を見るが、すぐに視線を元に戻す。
電車が駅に差しかかろうというとき、晴明の頭に電流が走った。
「それだ!!」
急に声をかけられた桜子はキョトンとした表情をしていた。思っていたより声が大きかったのか、いくつかの視線が晴明たちに向く。それでもドアが開くと、すぐに顧みられなくなった。
慌ただしく動く人たちの中で、二人だけが固まっている。
「ちょっと、ハルどうしたの?」
「ごめん、大きな声出して。説明は降りてからするから」
それだけ言って、二人は電車から降りる。
少しずつ暗くなっていく空。電灯がこんなにもまばゆい光を放っていたのかと、晴明は改めて感じていた。
(続く)




