【第38話】部活どこ入るか決めたの?
「ねぇねぇ。あーちゃんはさ、部活どこ入るか決めたの?」
昼休みを迎えた教室は、新入生たちの浮かれた声で満ちていた。二週間も経つと、おおよそグループが固まってくる。
成は教室の真ん中で、手塚歩美や根岸香と一緒に昼食を摂っていた。
たまたま席が近く、入学式の日に成が話しかけてから交友が始まり、今では多くの時間を三人で過ごすようになっている。
「私はやっぱり吹部にしようかなって思ってる」
「そっか。あーちゃん、中学から吹部やってたって自己紹介のとき、言ってたもんね。楽器は何だったの?」
「トランペット」
「トランペットって人気の楽器なんでしょ? 希望者も多いんじゃないの?」
根岸が話に割り込む。箸には玉子焼きを掴んだままでいる。手塚が水筒のお茶を飲んでから、得意げに答えた。
「まぁ、上総台ってあんま吹部強くないしね。二人も聞いたでしょ? 入学式での演奏。ぶっちゃけあんま上手くなかったんだよね。なんか高校から始めたって人も多いみたいだし、私でもメイン張れるかなって思ったんだ」
成は吹奏楽には詳しくないから、上総台のレベルかは分からない。入学式の演奏も十分上手かった気がする。
だけれど、手塚には違いが分かるのだろう。不遜な態度が少しおかしかった。
「うん、あーちゃんならきっと大丈夫だよ。で、かおるんはどこ入るか決めてるの?」
「私はまだ決まってないんだけれど、多分女バスかなって思ってる」
「かおるんって中学のときも、女バス入ってたの?」
「いや、別にそう言うわけじゃないんだけど、なんとなく入るなら女バスかなーって思ってるだけ」
そう言って、白米を口に運ぶ根岸を成はじっと見つめる。確かに根岸は身長が一六〇センチメートルほどあるし、体力テストの結果だって上から数えた方が早かった。
経験はないらしいが、すぐレギュラーになるのだろう。吹奏楽部と同じで、上総台の女子バスケットボール部も全く有名ではない。
「どうしたの? そんなじろじろ見てきて」
食べ終わった根岸が、弁当箱を片付けながら聞いてきて、成は浅いため息をついた。
「いや、二人ともやりたい部活あっていいなぁって思っただけ。私まだ全然決まってないから」
「南風原さんって中学のときは、演劇部に入ってたんだっけ?」
「そう。でもさ、ウチの高校って演劇部ないじゃん。映画部とか文芸部とかもないし。親に勧められて上総台入ったけど、高校選び失敗したかなーって」
成は紙パックのミックスオレを口にする。砂糖の甘ったるい味がした。
「だったらさ、アクター部入ればいいんじゃない?」
提案してきたのは、手塚だった。眼鏡の奥の目が、あっけらかんとしている。
「アクターって俳優のこと? 演劇部とは違うんだ?」
「うん、私も詳しいことは知らないんだけど、なんかそういう部活あるみたいだよ」
上総台高校には、部活動紹介なんて行事はない。各々が勝手に実態を把握し、入部するという形式を取っている。部活によって人気の差が激しいことは、成も二週間で薄々感じていた。
そして、アクター部なる部活に人気がないことも、手塚の口ぶりから察する。
「そっか。じゃあ候補の一つにいれとこっかな。教えてくれてありがとね」
成が礼を言うと、手塚は少し恥ずかしそうに答えていた。昼食を食べ終わった根岸が、手持ち無沙汰にしている。成は空いた時間を埋めるために、すぐさま根岸に別の話題を振った。ややだるそうに答える根岸。
金曜日の昼休みは、何事もなく終わりに近づいていた。
週が明けた月曜日から、新入生の仮入部期間が始まった。
とはいえ、新入生に与えられる情報は多くない。成は唯一の情報源である、昇降口の掲示板をぼんやりと眺めていた。各部活のポスターが整然と貼られるなか、アクター部のポスターは一番目立たない右下に貼られていた。クマの着ぐるみと、女の子のキャラクターが描かれている。
単なるイメージイラストだろうと、そのときの成は気にも留めなかった。
ポスターに描かれていた案内図を頼りに、成は校庭の手前にある文化部の部室棟を目指す。
歩き出すと、他にも部室棟を目指す新入生と思しき学生が何人かいて、成は安堵したが、その学生たちは全員が運動部の部室棟に入っていった。
文化部の部室棟には六つの部活が集まっているものの、吹奏楽部や合唱部には、それぞれ個別の活動場所がある。話し声も聞こえてこず、成は心細さを感じた。
だけれど、いざ運動部の部室棟を過ぎると、成の足は止まってしまう。アクター部の部室の前に、二人の男子学生が立っていたからだ。
「お前が開けろよ」「いや、お前こそ開けろよ」と無意味な言い争いをしていて、全くドアに触れられていない。怖じ気づくのも分かるけれど、自分たちが選んで来たんだろうと、成は感じてしまう。
第一、話の内容は中に筒抜けだ。聞いている側がどう思うかは、考えないのだろうか。
「何してんの、あんたたち」
そばまで近づいて、成が問いかけると、二人は一様に驚いた顔をしていた。成は自分と同じくらいの背丈しかない二人をどこかで見た気がしてくる。というか、クラスメイトだ。
名前は少し考えてみたけれど、思い出せなかった。毎日顔を合わせているというのに。
「いやだって、こいつが誘ってきたのに開けてくれないから」
と言ったのはより背の低い方。
「何言ってんだよ。お前、『俺は高校に入ったら変わるんだ』とか言ってたじゃん。お前が開けろよ」
と言ったのは比較的背の高い方。向こうも成のことをクラスメイトだと認識したらしい。だけれど、不毛ななすりつけ合いを続けている。
向こうが開けてくれるのを待っている? 第一印象をこれ以上悪くしても?
「あのさ、ここでうだうだ言っててもはじまんないでしょ。分かったから。私が開けるから」
耐えかねた成が二人を横切って、ドアノブに手を伸ばすと、二人は慌てた。「ちょっと待って」「本当に開けんの?」と、まだ臆病なことを口走っている。
本当に入部希望者なのだろうかと、成は少し呆れてしまう。
「だって開けないとしょうがないでしょ。それとも何? ここまで来て帰るの? 中にいる人たちはどう思うかな」
釘を刺されて、うなだれる二人。煮え切らないなと思いつつも、ドアノブを握る成も鼓動は早まっていた。手に汗がにじんでくるようだ。
「じゃあ、開けるからね」と、最終確認をする。
二人が頷いたので、成は恐れを捨てるように思いっきりドアを引いた。
すると、目に入ってきた光景が強烈で、成は思わず「うわっ」と、一歩後ずさりをしてしまった。
入り口に立っていたのは、二本足で立つ亀だった。いや、亀の着ぐるみだった。
横に膨らんだ黄緑色の胴体の後ろに、緑色の甲羅を背負っている。大きい真円の双眸は三人の姿を映していた。不気味な薄ら笑いを浮かべているようにも思えて、成はドアを開けたことを軽く後悔する。
横目で背の低い方が、しりもちをついているのが見えた。怖くないはずなのに、目の当たりにしてみると、言葉にできない威圧感がある。
と同時に、成は思い出す。
この着ぐるみは、入学式に登壇していた着ぐるみだ。たしか上総台のマスコットキャラクターとか言われていた。
今そのマスコットは腕を大きく上げて、三人に襲いかかろうとしている。
なんでこいつがここにいるのか。どういうことだ。説明がほしい。
成の頭は混乱していた。
着ぐるみは伸びたり縮んだり、腕を左右に振ってみたり、足を開いてみたりとさまざまなポーズをした。その度に威圧感は薄らいでいき、成には目の前にあるのは、自分よりも少し背の高い物体にしか見えなくなった。背の低い方も気がつけば起き上がっている。
それでもポージングをやめない着ぐるみは、ひどくシュールなものになりさがっていた。
しばし、三人と一体はその場に放っておかれたが、やがて「もういいんじゃない?」という女子の声が、部室内から飛んでくる。着ぐるみはドタドタと体の向きを変え、室内に戻っていく。
入ってこいというサインだろうか。成はおそるおそる敷居をまたいだ。
室内には壁際に本棚と掲示板、中央に机と椅子。それくらいしか物がない。成の想像していたロッカーやら衣装やらで、ごたごたしている空間とは全く違った。
三人が入り口で固まっていると、女子学生が「入部希望者? ちょっと部活の紹介をしたいからもっと中に入ってきて」と優しく語りかけてきた。着ぐるみよりも少し高い背丈の彼女は、はじめて遭遇した先輩ということもあって、成には年齢よりも大人びて見えた。
言われるがまま、三人は机の後ろに移動して、横一列に並ぶ。机を挟んで着ぐるみや女子学生と、改めて対面する三人。
少しして、女子学生が話を切り出す。
「確認なんだけど、今日部室に来たってことは、入部希望者ってことでいいんだよね?」
「は、はい!」と返事をする成とは対照的に、男子学生二人は小さく頷くだけだった。まだ緊張が解けていないらしい。もっともそれは成とて同じだが。
三人の反応を受けて、女子学生の表情は急激に緩んだ。吐く息が心から安堵している。
「よかったぁ。ほら上総台って部活は二の次でしょ? だからアピールする場もなくて、入部希望者が来てくれるかどうか不安だったの。でも、一気に三人も来てくれて! 本当によかった。ね? 佐貫?」
話しかけられた着ぐるみは、一瞬困ったように首を動かしながらも、大きく頷いた。
佐貫というのはこの着ぐるみの名前なのか、それとも中に入っている人の名前なのか。成たちは反応に困ってしまう。
三人がはっきりとしたリアクションを示せないでいると、女子学生は少しはにかみながら言った。
「ああ、ごめんごめん。まだ着ぐるみ着たままだったね。ちょっと待ってて。今外すから」
三人がどういうことか聞く前に、女子学生はおもむろに着ぐるみの頭部に手をかけた。かすかに焦る三人をよそに、そのまま頭部を上に持ち上げる。
成には目を逸らす暇さえなかった。中に入っていたのは、男子学生だった。
頭に白いタオルを巻いて、顔には汗が満遍なく浮かんでいる。女子学生と並ぶと、その小ささが少し可愛らしくも、成には見えてしまう。
女子学生から渡されたタオルで汗を拭いてから、三人に向けて笑みを浮かべた。
「今日はアクター部に来てくれてありがとう。すごく嬉しい。俺、部長の佐貫陽輔っていうんだ。これからよろしく」
佐貫と名乗った男子学生は、机にもたれかかりながらも、三人に向かって、黄緑色の着ぐるみの手を差し出してきた。
成はおそるおそる手を伸ばしてみる。はじめて触れた着ぐるみの手はふかふかしていて、ほのかに暖かかった。中にある佐貫の手の感触さえ、伝わってくるようだった。
佐貫が三人との握手を終えると、今度は女子学生が口を開く。
「私は二年の泊詩音。副部長やってます。気軽にとまって呼んでくれたら嬉しいです。よろしくね」
泊と名乗ったその女子は手を差し出す代わりに、満面の笑みを三人に向けてきた。
人懐っこい笑顔。怖い先輩ではないことに、成は安心する。とはいっても、いきなりとま先輩と呼ぶことは、少し気が引けるけれど。
「じゃあ、次は君たちが自己紹介してくれる? 名前と、あと何か一言あれば付け加えてくれてもいいから」
泊と佐貫の目は、成に向いていた。わずかな時間で、成が一番積極的な性格であることを、感じ取ったのだろう。
見つめられている中で、先陣を切るというのは少しだけ怖いけれど、仕方がない。成は腹をくくって、気持ち大きめの声を出す。
「1ーC、南風原成です! 中学では演劇部に入ってました! よろしくお願いします!」
演劇部というフレーズが効いたのか、佐貫と泊は興味深そうな目をしていた。悪い印象は持たれていないようで、成は胸をなでおろす。
「1ーC、渡真仁です……。よ、よろしくお願いします……」
不安が張りついた横顔。消え入るような声に、成は入学式の日を思い出す。
自己紹介のラスト。怖じ気づいた口調に、名前よりももっと堂々としろという苛立ちが記憶されていた。
それは今も変わらない。もっとしゃきっとしたらという心配が先に立つ。
「同じく1ーC、芽吹圭太です。よろしくお願いします」
芽吹の口調は渡よりもいくぶんはっきりはしていたけれど、それでも緊張を隠しきれてはいなかった。濃い顔を好きな女子もいそうだが、成の目にはその考えが読めない。猫背が背丈をより低く見せている。
自分も含めて、三人とも身長が低いのだから、運動部はあきらめたと思われたらどうしようかと、成は一人考えた。
だけれど、前に立つ先輩の目からは、三人を値踏みする意図は見られない。あっさりとした口調で、泊が話しはじめる。
「南風原さんに、渡くんに、芽吹くんね。なるほど。改めてよろしく。じゃあ、さっそくなんだけど、ウチの部の活動内容は知ってる?」
成が横を向いたのは、自分より早く来た二人なら活動内容を知っていると思ったからだ。だけれど、二人は顔を見合わせていた。
頼ることはできないなと、成は直感して、先輩の方を向いて答える。
「アクターは英語で俳優ですよね。だから演劇部みたいなものかなと、思って来たんですが」
「まあ当たらずとも遠からずって感じだね。他の二人はどう?」
話を振られた渡と芽吹は、明確な答えを返せてはいなかった。もごもごと自信なさげに呟くばかりである。
泊は机上にある着ぐるみの頭部を、おもむろに持ち上げた。
「私たちの活動は、これ」
そう言われてみても、三人には何が何だか分からない。だが、成は自然と言葉にしていた。
「もしかして、着ぐるみの中に入るってことですか?」
「そう。スーツアクターっていって、着ぐるみやヒーロースーツなんかに入ったりする職業があるんだけれど、アクター部は、そのスーツアクターをする部活なの」
泊は微笑を三人に向けていたが、渡と芽吹はいまいちピンと来ていない様子だった。
だが、二人をよそに成のテンションは人知れず上がっていた。いざ言われてみれば、馴染みのある職業だったからだ。
「つまりは、ゴジラの中に入る中島春雄さんみたいなことを、部活でやるってことですか?」
「まあ、撮影とかはしないけれど、そう考えてもらって構わない」
「ていうか、よく中島春雄さんなんて知ってるね。南風原さんはゴジラ好きなの?」
「はい! 大好きです! もともと親が好きで、その影響で昔から見てました!」
「へぇ、珍しいね。ちなみにどれが一番好きなの?」
「やっぱり初代『ゴジラ』ですかね! 今見ても怖くてワクワクします!」
「分かる! 私は『シン・ゴジラ』から入ったけど、初代『ゴジラ』の方が好きだもん! ゴジラがれっきとした脅威なのがいいよね!」
他の三人を気にせず、ゴジラの話で盛り上がる成と泊。佐貫が軽く咳払いをしたところで、成は自分が熱中していたことに気がつく。
上総台にもゴジラの話ができる人がいるとは。成の態度は、決まったも同然だった。
「それはさておき、今日来たってことは、仮入部したいと思っているってことでいいんだよな」
「はい! ぜひお願いします!」
決断に時間は必要なかった。先輩も悪い人ではなさそうだし、この部活なら三年間を捧げることができそうだ。
成が二つ返事で答えた一方、渡と芽吹はあいまいな態度を取り続け、返答を先延ばしにしていた。他の部活も回ってから決めようと考えているのだろうか。
だったら、なおのこと目の前の先輩二人に、余計な期待を抱かせないほうがいい。
「どうしたの? 高校入ったら変わるんじゃなかったの?」
成は隣でうじうじしている渡に、発破をかけた。渡が驚いたような目を向けてきたけれど、気にしなかった。
渡が両手で拳を握っている。体も小刻みに震えていて、慣れないことをしていると成には分かった。
「ぼ、僕も仮入部お願いします……」
俯きながら発せられた言葉は、小さかったけれど、全員の耳に入った。
泊が「無理しなくてもいいんだよ」と諭してきたけれど、渡はぶんぶんと首を横に振っていた。日本語が若干怪しかったが、先輩たちは快く渡を受け入れた。
すぐに「僕も仮入部したいです」と芽吹が後を追う。三人の意思表示を受けて、泊は再び安堵の息を吐き、佐貫はガッツポーズを作っていた。
「ありがとう! 本当にありがとう! じゃあこれから練習開始といきたいところなんだけど、三人とも運動着は持ってきてるか?」
三人は首を横に振る。今日は体育の授業はなかった。
「分かった。明日から運動着を持ってきてくれ。今日はあと三〇分くらい説明をして、終わりにしたいと思うんだけど、時間は大丈夫だよな?」
元気よく返事をしたのは、成だけだった。横の二人は首を縦に振るだけだ。
先輩たちが頷いているのを見ると、空回りしている自分の態度も、成には間違ってはいないのだと思えた。
(続く)




