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とりあえずこれで橋頭保は確保できたわね。これからはこの学食を軸に活動していきましょう。
「それにしても敵の攻撃は思っていたほどでもないな」
そうね。でも敵さんもなんにもしてないアンタに言われたくないと思うわ、ジャック。次はちゃんと役に立ちなさいよ。
それにしても確かに敵の襲撃がたいしたことないわよね。さっきのワンコなんて、私が敵ならもっと真面目にやれと叱っていたところだわ。
ワンコの頭が弱かったのは敵にとって失策だったのかしら。それとも想定内?
「どうしたの? 探索はしないの?」
ちょっと待ちなさい、ラカン。なにかひっかかるわ。
私は考えながら学食内をうろつく。
そもそも長期戦を考える必要があるの?
一夜明ければ生徒たちが押し寄せてくるのよ。入れないとなればまちがいなく大騒ぎになるわ。そうなれば外部から問題解決に動く。そこには当然だけど風魔衆も含まれるわ。
敵は個人か多くても少数よね。魔術師がそんな大勢いるわけないし。
どうやらこの結界は大掛かりなものらしいから、風魔衆が仕掛けの破壊に動けば、数に劣る魔術師側が防ぐのは厳しいんじゃないかしら。となると魔術師的には騒ぎはできるだけさけたいはず……。
もしかして入ることはできる一方通行の結界とか?
いいえ、それじゃたいして変わらないわね。生徒が帰ってこないとなるとやっぱり騒ぎになるわ。それじゃあせいぜい一日くらい時間が稼げるだけね。
つまり敵はそれほどの長期戦を想定していない?
うーん、それにしては襲撃に力が入ってないのよね。さっきのワンコなんて何の役にもたってないじゃない。何の役にも……。本当に?
私は先ほどの冷凍庫に足をのばす。
もしワンコが主人の命令を忠実に守っていたとしたら……。あの行動にもなにかしらの意味があった?
私は開けっ放しの冷凍庫を前にして考え込む。とくに変わったものは見当たらない。ただ腐臭が鼻につくだけ……。腐臭?
待って。私たちが閉じ込められてどれくらい時間がたった? まだ一時間もたってないわよね。そんな短時間で腐るのはおかしいわ。
私は冷凍庫内を確かめてみる。食料は腐りはてていた。
敵はこれが隠したかったのか!
「ふむ……、ということはこの結界内は時間の進みが早いのか? 時間に干渉するとなるとさらに難しい術になる。これだけの結界も伴うとすると不可能に近いと思うが」
たしかに。素人の私でも大変そうなことはわかる。でも実際腐ってるしねえ……。
ん? 冷凍庫のなかなら時間が経ってても大してわからないわ。ワンコはわざわざ扉を開けて証拠を隠滅しようとしたってことよね。
つまり単純に時間の流れが違うというわけじゃない。もっと直接的な……。
まさか!?
私たちは保健室に急いだ。扉を開けて中に入るとすでにギシギシは聞こえてこない。
私はカーテンがかかったままの奥のベッドへと歩み寄ると、覚悟を決めてカーテンをあける。
そこには横たわる二人の学生の姿があった。「教師がかかわってなくてよかったね」などと学校への軽口をたたく余裕はなかった。
なぜなら正確には学生だったであろう二体の干からびたミイラがそこにあったからだ。