第12話 手紙
朝日が昇り、新しい日常が始まる。
相変わらず私と妹は朝早く起きて、体操をし、おばちゃんの仕事のお手伝いをする。
お釜師匠は変わらず専用台所で鎮座し、思いつきのような修行内容を毎日告げる。
駐在さんと神父さんは、ヤムさんが先日無事に狭間を開いて連れ帰ってくれた。
私の父親の最期を聞いて、なるほどやるじゃないと言って、満足気に魔国に帰っていった。
もう数年かして独り立ちの年齢になったら、私はヤムさんに弟子入りすることになっている。
目標はヤムさんみたいな魔女なのだが、男性陣みんなに反対される。なんでよ。
妹も魔女になりたいと主張しているのだが、最近はお菓子屋さんにもなりたいなあと気が多い。
駐在さんも神父さんも、一度報告を兼ねて王都に行っている。
あまりにも報告することが多すぎて、処理が追いつかないらしい。
駐在さんは、もしかしたら国軍に戻るかもしれない。
魔国との折衝を中心とした花形のチームに、という話が出ているらしい。
でも自分がいないとあのお釜に誰が突っ込みを入れられるのだと、何度も断っているとか。
神父さんは立場を交代したい研究所の連中と、戦う日々らしい。
村の神父の仕事を死守しますと、決意も新たに自転車を漕いで私たちの周辺にうろうろしている。
駐在さんが王都に呼ばれる日が増えて、苦労性の村長さんは毎日大変だ。
これ以上白髪が増えなければいいのだが、自分もまだまだ迷惑を掛けてしまいそうだ。
ルカは王都に戻って訓練を再開した。
「自分の力不足を実感したんだ。目の前の大切な人を守る力を手に入れたい」
もう少し自信がつくまで、しばらく帰るつもりはないと宣言した。
現役の勇者について、本格的な修行に入るという。
そして、アグリコさんは・・・・・・。
私、アグリコさんを誤解していた。
お釜師匠が大好きで、1人の時は割と適当な人だなあと思ったけど、ちょっとこれは、ひどい。
アグリコさんは、前魔王が消えたことで、一時的にも王座に座らなければならなくなった。
しかし、そんな面倒なことをしてたまるかと・・・・・・お母さんを王座に据えたのだ。
王座に鎮座する茶釜。
すごいビジュアルだ。
前魔王の魔力を蓄えた茶釜のお母さんは、確かに、誰よりも強かった。
そして、少しずつ外に意思を伝えることができるようになり、紙に意見を書いて周囲とコミュニケーションを取っている。
ただ、たいていの案件は【いい感じに計らってください】という文しか書かない。
完全に吸収されずに残っていたコックヒッチは吐き出され、生き返った。ただ、ずいぶんと小さく従順になってしまったらしい。
それによって、[茶釜魔王様に逆らうと消化されてしまう]と評判になり、統治はうまくいっているらしい。
たまに4つ足を出して脱走し、私たちの枕元で寝ている。
お母さんに向こうの実家に帰らないのかと訊いた。
すると、【新しいお釜生だと思って、子供の近くで改めて頑張ってみたいの】と書いた紙をくれた。
妹はお母さんが来る度にいいこいいことなでて、茶釜の中で寝ている。
本性の狸か、せめて人型にならないのかと確認すると、
【あの頃よりも今の方がずっと自由な気持ちでいられるし、あの人が私の奥でゆっくり眠れるよう、このままでいい】という紙が差し出された。
「というか、お母さんなんでしゃべんないのー」
お兄さんたちにもらった花のシールを、お母さんにベタベタ貼っていた妹が訊ねる。
そういえば、もう十分にお母さんはお釜師匠みたいに話せるのだった。
お母さんから返事の紙が来ない。
じーっと2人で見つめていると、下から上がってきたおばちゃんが声をかける。
「カズサだって色々あるのよ。そこは突っ込まないでやんな」
お母さんはひょこっと茶釜から4つ足を出すと駆け出して、おばちゃんの足に縋りついた。
おばちゃんは茶釜狸を持ち上げて、はいはいとなでてやる。
昔は殆ど触れあったことがなかったから、殆ど知らなかったけれど、お母さんは結構甘えん坊だ。
特におばちゃんに懐いている。
おばちゃんも事情をよく理解して、生き直すことにしたお母さんもまた自分の子供の1人として扱うと宣言した。
すっかり子供っぽい行動をするようになったお母さんだけれど、これはこれで私たち3人は良い関係なのだ。
◇◇◇◇
おばちゃんは私たちを眺めて、にっこり満面の笑みを浮かべる。
「今日、良い米粉が手には入ってね。
旦那が串団子を作ったから、いっそ明日にでも女で集まって花を見に行かないかい?」
「お花見!」
「いきたい!」
【それは素敵】
あの騒動の後に起きた、大きな変化。
実は小屋の跡地の桜が魔王の魂の光を一部吸収し、成長して立派な木になったのだ。ヤムさんの魔法の影響もあるかもしれない。
大きな桜は、たくさんは見事な花を咲かせ始め、とうとう昨日9分咲になった。
翌日女4名(うち1釜?)で桜の元に行くと、そこにはお釜師匠と酒樽を担いだヤムさんが先着で来ていた。
「女子会があるって聞いたから、魔国からやってきたわよ」
「ヤムに担いでもらったわ。だって面白そうなんですもの」
「おや、声かけなくて悪かったね。それにしてもお釜さんって、女子枠でいいのかい?」
「どっちもアリよう。だってお釜ですもの。性差なんてどうでもいいわ」
桜の花びらがお釜師匠の中に落ちて、消える。
「魔女たちの元でお釜生をやるようになって、こういう楽しみもあるって分かるようになったのよねえ。
つくづく、何が起こるか分からないわ」
【分かります】
桜の木の後ろには森がそびえる。
森側にある桜の木のウロには、細い細い切れ目が出来ていた。
それは、狭間だ。
ヤムさんとお釜師匠が調整して、消えゆく狭間を小さく固定した。
3cm×20cmほどの横の亀裂は、ちょうど手紙なら通る大きさだ。
そこに、私はいつものように、書き溜めた手紙を投函する。
妖狐への手紙だ。
お里の森のどこかには届くらしいけれど、森の奥まで妖狐が探してくれるかは分からない。
もうあれから4年も経っているし。
それでも、何度でもおまじないをかけながら、投函する。
私たちの安否と妖狐への感謝。
そして、今の幸せな生活のことを伝えたい。
いつものようにおなじないをして、桜の花びらがくっついた手紙を入れようとしたら、狭間から「もりと?」と、妖狐の声がした。




