第9話 魔国最古の魔女
孫弟子?
首を傾げる私に、ヤムさんはうふふと笑う。
「狸ちゃん、イクコの弟子なんでしょ? 私はイクコの師匠なのよ」
「おばあちゃんの!?」
「あの子は元気?」
「それが・・・・・・」
おばあちゃんの最期を聞いたヤムさんは、そう、人間は儚いわねとつぶやいた。
ヤムさんはトホク魔国とエゾ共魔国の国境近くに住んでいるという。
魔道具の騒動を独自のルートで聞きつけて、様子を見に来たらしい。
「魔道具だけど何品か家の裏手でさまよっていたから、拾ってきたわよ」
ヤムさんがハンドバックから取り出したのは、茶釜さんだった。
「これって魔王が愛用しているって茶釜よね」
「「「!」」」
「おやおや」
私たちがあんぐりと口を開ける中、ヤムさんは茶釜さんの蓋を空け、手を突っ込みごそごそ探る。
「はい。ちっこい狸が入っていたから驚いちゃった」
ひょいっと掴みあげたのは狸の妹。
寝ぼけ眼でぷらーんと揺れる。
「にい?」
「シンシア!」
私は妹を受け取り、抱きしめた!
「もう、みんなに心配かけて!」
「おねーちゃあ~?」
寝ぼけまなこの妹が、人型になって私に抱きつく。
駐在さんが慌てて、店主からバスタオルを借りて妹に巻いた。
「困ったでござる。主様の試験があっさりクリアされてしまった」
「そんなことどうでもいいしょう?」
アグリコさんがの困り顔に、ヤムさんが叱る。
駐在さんが彼女が片手で抱いている茶釜を見ている。
「どうして茶釜があなたを許している?」
「女同士で語り合ったのよ」
彼女は茶釜さんを優しくなでる。
茶釜さんは動かない。
「茶釜さんもしゃべるのか?」
「私聞いたことないよ」
「この子の魂に直接聞くのよ。魔女にはコツがあるの」
ヤムさんはふふふと笑う。
魂に!
「それで、茶釜さんはなんて?」
「ちょっとまて」
駐在さんはとっさに辺りを見回した。
ヤムさんは人差し指を軽くふる。
「大丈夫よ。鼻の効く魔王様対策に隠蔽の魔法を掛けてあるわ」
「まあそれくらいしないと、魔王様はすぐに嗅ぎつけてくるでござる」
「・・・・・・あんたたちにとって魔王は犬か」
ルカはなんだかなあという顔をして、大人たちの会話を聞いていた。
「ルカどうしたの。そんな顔して」
「教会や国軍で聞いてきた魔王って、人間の国を奪おうとする悪の親玉なんだけど」
全然イメージと違う、とぼやく。
確かに・・・・・・私も絵本で見た悪の総帥といった魔王と、あの男が全く結びつかないので、同感だ。
そもそもあの男が村長さんみたいな仕事を出来るはずがない。
しばらくして、ヤムさんが切り出した。
「ところで、かずさの魂の意思について話したいのだけど」
視線がヤムさんに集中する。
「ずっと子供に会いたい、帰りたいって言ってるのよ」
だから心が動き出してから起こしたが行動が、子供のそばにいくこと。
そしてシンシアを中に入れているうちに、本能的に子供をつれて、前の世界に帰る狭間を探し始めたわけね。
「魔王から逃げているようにも見えたが、それは」
「そんなのあの男の態度を見れたら分かるでしょう?
魔王様は自分の子供が好きじゃないの、むしろ妻の興味を奪う存在として嫌っているわね」
中に入れた子供が何をされるか分からないから、守るために本能で逃げているの。
「気がついたらあちこちお母さんが歩いていたの。でも楽しかった!」
「茶釜さん・・・・・・」
「体も気も弱くて、夫を優先するあまり子供と触れ合うことができなかったことを、かずさは悔やんでいるわ」
茶釜さんをみつめる私の葛藤をヤムさんは分かるわよ、と言ってくれた。
「確か育児放棄されたんですってね。それならば新しい家族や村に馴染むのにも苦労したでしょう。
でもねフラン」
抱きしめられなかったことで苦しんでいたのなら、逆に貴女が抱きしめてあげなさい。
少なくとも、貴女は新しい世界でたくさんの愛をもらってきたはず。
「幸せのほんの少しのおすそ分けよ。それくらいならできるでしょう?」
茶釜さんを、渡される。
ずっしりと重い一抱えの茶釜。
昔のお母さんとは全く違うけれど。
じんわりと温かい金属の太ももに伝わる。
恐る恐るなでると、さらに伝わるぬくもりが増し。
お母さんの気持ちが、少しだけ私の心に届いたような気がした。
妹が横から茶釜さんをよしよしとなでる。
「お姉ちゃん、お母さんあったかいでしょ?」
「うん」
「わたしお母さんのなかでずっとあったかかったんだあ」
「うん・・・・・・」
2人で茶釜さん、いや、お母さんにほっぺたをつけて抱きついてみた。
しばらくして、ヤムさんが切り出した。
「さてと。じゃあ残りの魔道具を集めて、女心と子供心を理解できない魔王様をぶっ飛ばしますか」
私と妹のしっぽがぴんと立つ。
なんですと?
アグリコさんが慌てる。
「ヤム殿。なんでそういう展開になるのでござるか」
「はあ? することなんて決まっているじゃない。
どうせ試験なんてあいつの提案なんでしょ?
本当の魔女の私が最終試験をしてやるんだから文句ないじゃない」
ヤムさんは私たちを真正面に座らせた。
「いい? フラン、シンシア。最終試験は、貴方たちの親との関係に決着をつけることよ」
「ふえええ?」
「ふえ?」
「この試験の目的は、思い残しを消すためよ。
親に心を引きづられて、新しい出会いを不意するなんことを許さないわよ。
傷つくのが怖い? 馬鹿みたい。
関係をはっきりつけて安心するためにも、あなたたちは戦わなくちゃいけないのよ」
この拳でね。
ヤムさんはぐっと私たちの前で拳を握った。
アグリコさんがため息をつく。
「はあ・・・・・・いい年して直球ど真ん中とは、見ていて恥ずかしいでごる。
拙者と年齢は同じくらいでござろうに」
「いい女はね。いつだって心も魂も老けないの。
アグリコは単にやる気がなさすぎね。主様主様言ってばかりだから、主体性が育たないのよ」
ヤムさんは私たちの肩を掴んで、目をのぞき込む。
「いいこと? フラン、シンシア。魔女があなたたちに教えてあげる」
魔女は敵意にも愛にも決して逃げない。
世界の全てに真正面から戦って、受け入れるのよ。
ヤムさんは私に抱かれた茶釜さんにも触り、念を送る。
「かずさ、あんたも覚えておきなさい。
『あたしがいなくちゃだめだから』って言う女は、かばっているようで男をどこか見下してるの。
好きな男を悪者にする、傲慢な女なのよ。
男を生かしたいから、そばにいる?
本当に男を思うなら、真っ正面から殺ってやりな!」
「!」
私の心が動く。
ヤムさんのお母さんへの啖呵は、私のあの男に対する迷いをも看破してくれた気がする。
「ヤムさん、かっこいい・・・・・・」
「かっこいーい」
私たちはお母さんを抱きしめながら、感動した。
こんなかっこいい女性が本当の魔女ならば、私、絶対、魔女になる!
「ちょっとああいうのはな・・・・・・」
「フラン頼む。フランはそのままでいてくれ・・・・・・!」
「あれ、半分酔ってるでござるよ。迷惑な」
後ろで男性陣が好き勝手なことを言っているが、無視だ!
◇◇◇◇
そして翌々日。
私たちはカント国に戻り、グリーンペアー村の小屋の跡地近くで、あの男を待ち構えていた。
場所がここになったのはヤムさん指示だ。
村長さんにお願いして、村の人には隣り村まで退避してもらっている。
おばちゃんは最後まで残ると言いはったが、村長さんと駐在さんと私の説得に、仕方なく退避してもらった。
私と妹とルカ、駐在さんと神父さん、アグリコさんとヤムさん、そしてアグリコさんが背負ってきたお釜師匠だ。
お釜師匠は赤い座布団の上に鎮座して、見学だと言い張った。
アグリコさんもじゃあ拙者もと言って、師匠の隣りで体育座りをしている。
駐在さんが問う。
「神父、軍と教会は押さえられたのか?」
「はい。最初は魔道具の暴走と聞いて魔国の先制攻撃か、と逸った連中もいましたけれどね。あなたのご友人である枢機卿と、ルカ君の上司さんたちが上手く抑えていますよ」
お母さんを胸に抱きかかえていると、男が現れた。
細い道を人型でゆっくりと歩き、丘を下りる。
草原の風が男の黒い着物と髪を揺らす。
桜の木の近くに立ち止まり、金色の瞳を眇めた。
「どうしてお前たちがかずさを持っている。まさかお前らが盗んだのか」
「かずさはあなたから逃げていたじゃない。お門違いよ」
ヤムさん体にフィットしたミニスカートの黒スーツを着ている。
黒いネクタイを締め直しながら、高いヒールで一歩前に出た。
「ヤムか」
「お久しぶりね、今の魔王様。相変わらず偏った愛にお狂いで」
「それが言いたくて来たのか」
「まさか。私は小さな魔女たちが無事に成長するために、ここにいるの」
ふうん、と男は虚無を宿した金の目で周りを見回して、すぐに興味を失った。
男は茶釜のお母さんしか見ていない。
暗い熱情で、ひたすら見つめることしかしない。
「迎えにきたぞ、かずさ」
お母さんは何も答えない。




