第7話 獣再び
静かになった懐中時計を確認して、にっこり笑うアグリコさん。
「はい。魔道具の確保おっけーでござる。自身の力使えるようになってきたから、ここは合格でござる」
「やったあ!」
「良かったな」「おめでとう!」
51個の魔道具は確保できたが、茶釜さんはここには居なかったようだ。
そして元の廃墟に戻ると、廃墟はさらにボロボロに更地のように崩され、砂の山ができていた。
周囲には、何かが暴れた後のように、地面があちこちえぐれている。
6つの[魔道具ホイホイ]も、綺麗に消えていた。
アグリコさんが周囲の確認をする。
「魔王様が暴れて、ホイホイも食われたというところでござるな」
「なぜ魔王は廃墟を破壊した?」
「まあうっかり世界の狭間に〔カズサ〕が飛び込まないか、警戒しているのでござろうな」
私は土砂の山になった廃墟を眺める。
「・・・・・・あの男はどうしてそんなことをするの?」
アグリコさんは答える。
「ヒッチコックの魂を喰らい、〔カズサ〕の心が動き出してしまったからでござるよ」
「え・・・・・・」
「恋する男は気の毒でござるなあ。
いつだってあいつは、自分から恋女房が離れていかないか不安なのでござる」
だからいつも謁見では茶釜を横に置き、日々茶釜を胸に抱いて歩き、茶釜と一緒にベッドで寝て、茶釜を見つめながらご飯を食べ、たまにペロペロと茶釜を舐めているでござる。
「魔道具ホイホイも、ある意味カズサ団子でござるからなあ。そりゃあ食べてしまうでござろう」
「・・・・・・ストーカーと言わないか。それは」
「相手が嫌がっていなければ、それは犯罪にはならないでござる」
「そうだが・・・・・・」
アグリコさんの説明に、過去の記憶を掘り起こす。
確かにあの男は、朝に昼に夜にお母さんを離さなかった。
外に出るときもお姫様だっこで消えるし、お母さんと一緒に寝かせてくれないし。
髪の毛が落ちると一本一本拾っては大切にお守りにしまって、爪を切ってはどこぞにしまい込んでいた。
ペロペロは・・・・・・うん、してたな。うん、してた。
・・・・・・微妙な気分になった。
駐在さんが確認する。
「今回茶釜が盗まれたのはどういう経緯なんだ?」
「あいつは、妻の物を集めるのが趣味でござる。
いつもペロペロ[カズサ]舐めているだけでは飽きたらず、〔カズサ〕の聖水が欲しいとほざき出して、一緒にお風呂に入るための錆び止めを探している時にやられたのでござる」
ほんとお間抜けちゃんでござるなあ。
アグリコさんが腕を組む後ろでドン引く私たち。
「なんかさ・・・・・・それさ・・・・・・」
「まあ、一途でござるな」
「一途ってなんか違う気がするよそれ!」
「・・・・・・」
ルカの突っこみの横で、私は更に複雑な気分を味わうのだった。
私たちの気分をよそに、アグリコさんは魔道具たちを特製の袋に入れて、次の場所を指定した。
「次は、最近狭間が発見されたという魔王城の裏手の井戸でござる。茶釜はそこに向かったと主様が言っているでござる」
◇◇◇◇
魔王城に来てしまった。
冷涼な雰囲気の深い山に浮かぶ城は、私がおばあちゃんに絵本で読んでもらったお城というイメージとはまるで違う。
どちらかというとお里の天狗の屋敷に近い。
広大な敷地に、2階建ての大きな屋敷が四方に広がり四隅の塀にはガーゴイルではなく、狛獅子。
そして、屋敷の後方には、そびえ立つ八重の塔。
「魔王様が奥さんの故郷の風景に合わせて作ったのでござる」
アグリコさんはそう言って、裏手の井戸に案内した。
さすがに『主席幹部』を名乗っているだけあって、ほとんど顔パスで辿り着いてしまう。
そこにあったのは思ったよりも小さな古井戸。
ここには少し前に、世界の狭間が生じたことがあったらしい。
井戸に近づこうとすると、透明な狸の足がちらりと見えた。
妹がいるかどうかはよく分からない。
「〔カズサ〕か!!」
「・・・・・・お母さん?」
私たちが茶釜さんに声を掛けようとした上からかぶせるように、巨大な獣の鳴き声が響く。
塔の上だ!
「ぐおおおおおおおっ」
「魔王!」
茶釜さんを見つけた獣が、塔から駆け下りてくる。
駐在さんが思わず胸元に手を入れるが、アグリコさんが制した。
「この一体で科学兵器の使用は禁止でござる」
「しかし、」
「休戦といえど、敵国の武器は誰よりも国民が嫌っているでござる。その過敏さは軍人なら分かってもらえる思うのでござるが」
「!」
だからこうするでござるよ。
アグリコさんは胸元から手榴弾らしき物を出した。
振りかぶって、投げた!
「魔王様、少し落ち着く出ござる」
目にも留まらぬ早さの手榴弾らしきものは、見事に獣の胴体に当たり、ドウっと大爆発を起こした。
脚を滑らせ、墜落する獣。
砂嵐のような爆風が私たちを襲う。
「科学兵器は駄目なんじゃなかったのか!?」
「だから、魔法兵器でござるよ。ほれよく見てくだされ」
「手榴弾まんまじゃねえかよっ」
「違うでござる。科学を模して作った魔法具なので、爆風効果が科学兵器よりも200%あるでござる」
ゆえにこっちの方が魔法っぽくて格好いいのでござる。
アグリコさんの自慢が終わらないうちに、獣が激突したらしき場所からゆらりと、人の姿が浮かんだ。
逞しい肉体を黒い着物で包んだ男。
襟足の短い黒髪。
秀麗な顔には表情が無く、金色の瞳は私と同じ垂れ目のくせに、昏い威圧感が漂っている。
お里でいつも取っていた外見だ。
大匙を取り出し、力を込めて握る。
しかし男は私たちに全く興味はなく、井戸に消えた茶釜さんを探す。
「かずさ、かずさ、待ってくれっ!!」
男が井戸に縁にすがりつくが、何も変化はない。
アグリコさんがふんふん、と耳に手を当て、お釜師匠からの連絡を受けているようだ。
「どうやらそこの狭間はとうに完全に閉じてしまっているようですな。[カズサ]も入った様子がないでござる」
ふと、私の足下を狸のしっぽが触れていった気がしたが、後ろには何もなかった。
「かずさっ?」
最後の気配を感じたのか、男が井戸から顔を上げ、私に向けて走り出す。
真剣な顔が突如迫る。
「え」
構えていたはずの全身が硬直し、男はそんな私を突き飛ばして走り抜ける。
大匙を持ったまま、尻餅をついてしまった。
「フラン!」
ルカが駆け寄って私を起こしてくれる。
支えられて呆然と後ろを振り向くと、男はつむじ風のように走り去った後だった。
「あーあ、全く騒がしい奴でござる」
アグリコさんが腰に手を当てて愚痴を言っているが、私はショックだった。
やつをぶちのめしてやると待ちかまえたはずなのに、真剣な顔と目があった瞬間にまた、淡い期待が浮かんでしまったのだ。
だんだんと目に涙が浮かんでくる。
悔しい!
なんであんな男に!
震えながら歯を食いしばる。
「フラン」
ルカが私に声を掛けようとするが、ほっといてやれと駐在さんが止める。
「どんなにクソ野郎であっても、実の親の情愛を信じようとしてしまうのが子供のもどかしさだからな。
お前もよく知っているだろ」
「そうか・・・・・・」
大粒の涙がぽつぽつと地面に吸い込まれいった。
拭うことはしなかった。




