表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/32

第3話 魔国流3分クッキング

 

 週末の今日は学校がない。

 私とアグリコさんはなぜかエプロンと割烹着を付けてお釜師匠専用ではなく、本来の宿屋の台所に立っていた。

 台所にはアグリコさんの持ち込んだよく分からない材料が山積みになっている。

 ちなみにおじちゃんおばちゃんは 村の商店街の会合に行っていて、妹は昼食後のお昼寝中だ。


 アグリコさんは今日は白い僧服に高下駄を合わせている。

 その上に白い割烹着。

 本人的には「粋」な格好らしいが、私にはそのへんのセンスはさっぱり分からない。

 おばちゃんの作ってくれた、私のフリルのついたマンダリンオレンジのワンピースの方が全然素敵だと思う。


「私たち、何を手伝えばいいの?」

「簡単でござる。茶釜殿で魔法薬を作るのでござるよ」

「茶釜さんで?」

「〔カズサ〕はもうそちらに来ているのではござらぬか?」


 なんと、〔カズサ〕とは茶釜さんの名前だったのか。

 上の部屋で妹が潜り込んでお昼寝に使っていると教えたら、アグリコさんは流麗な片眉をあげた。


「やはり。納得でござる」

「? 勝手に納得されても困るよ。そもそも茶釜さんはなんで私たちの所に来たの?」

「知りたいござるか?」


 アグリコさんが、柔和な笑みを刻む。

 私はなぜか、いつもの聖母のような微笑みの奥に、人形めいた印象を受けた。


「ふふふ。面白いでござるなあ。これだから長く生きるのは楽しいのでござるよ」

「ますます意味が分かんない」

「まあまあ。お菓子を作ったらすぐに分かるでござるよ」


 アグリコさんは機嫌良く、茶釜さんをとってくるように指示をした。




 妹を取り出してクッションに移し、空になった茶釜を両手に抱えて台所に降ろすと、ルカがいた。

 割烹着を着たアグリコさんと話している。


 ルカは週末によく宿屋に泊まりに来るのだ。

 はるばる王都から、タフなやつである。


 確か今日は、草原に自主練に行くと聞いていたのだけれど。


「いやさ、アグリコさんがやって来たって聞いたから戻ってきたんだ。

 ・・・・・・別にお前の調理している姿が見たくて戻ってきたわけじゃないし」

「べつにそんな言い訳を聞きたい訳じゃないんだけど」

「ルカ殿も見ていけばいいでござる」


 アグリコさんが機嫌よく了解する。

 しかして、ルカはおじちゃんの腰巻きエプロンを貸り。

 壁に飾ってあった大きなフォーク(20kg)を持たされた。

 ええっと~と戸惑うルカの横で、私はいつものように大きなスプーンを構える。


 宿屋の台所の壁一面には、爆散した小屋の跡地に無傷で転がっていた魔道具たちが飾ってある。

 私たちの修行のお役立ちアイテムとして活躍中だ。


 お釜師匠は奥の専用台所から見守ってくれている(ように感じる)。




「さて、最新式の魔法薬の作り方でござる」


 アグリコさん指示の材料は以下の通り。

 ゴシュユ サイシン ケイヒ トウキ シャクヤク ショウキョウ タイソウ モクツウ 

 そこに魔国の地底深く眠る龍の血から採った成分、シンシャーだ。


 これは[おいしいお菓子の作り方]にあった[冷え症改善薬]のレシピに似ている。

 確かに魔法のお釜で作る薬だったはずだけど、お茶を入れる茶釜さんで作ってどうするのだろう。


 茶釜さんには水のみ入れ、火にかける。

 材料はアグリコさんが持ってきた白い木綿のような布に入れ、糸で縛って、茶釜さんにぽい。


「え、これで終わりなの?」

「簡単だな」

「いやいや、これからが本番でござる」


 お湯が沸いて材料が染み出す・・・・・・のかと思ったが、逆だ。

 茶釜さんで沸かされたお湯が、材料にじわじわと染み込んでいく。

 材料が包まれた布は、ゴボゴボと膨らみ出した。


「寒熱相反する生薬を入れたでござるからな。茶釜のお湯によって反応し、苦しみもがいているでござる」

「え、なにそれやだ」

「うわ動き出したぞ」


 うねうねと動き出した袋に、アグリコさんがスパイスでござると何かを振りかけた。

 途端に白い木綿が真っ赤に染まり、激しく暴れ出した。


「うんうん、いい感じに変化したでござる」

「きゃあ! やだこれ気持ち悪い」

「アグリコさん、何入れたんだよっ」


 私もルカも逃げ腰だ。

 なのにアグリコさんは私たちの様子に不思議そうに見る。


「もうちょっと寒熱相反させる為に、トウガラシとミントを足しただけでござるよ。ほら、良い香りでござろう」

「嗅ぐどころじゃないよ~! 近づけないよお」


 私の泣きそうな声に、アグリコさんは叱責する。


「それはだめでござる、ほら」


 アグリコさんはこれ異常ないくらいに真っ赤に暴れている袋を菜箸で取り出して、台の上に移した。

 びったんびったん、うごめく袋。


「フラン殿、大匙はちゃんと握ってるでござるな?」

「う、うん」

「匙とは掬ったり混ぜるためだけの道具ではないと、以前知ったでござろう?」


 もしかして、アグリコさんが大匙1振りで、コックヒッチをのした時のことだろうか。

 アグリコさんはにっこりと笑う。


「その丸い部分で、全力で叩き潰すでござる」

「やっぱり~!」

「ルカ殿、フォークで援護するでござるよ」

「え、マジ!? このでっかいフォークってそう使うの!?」

魔法薬作モンスターごろしりは奥が深いのでござる」

「今、嫌な副音声入った!」


 私は必死に戦った。


 油断をすると、木綿らしき布が恐ろしく伸びて攻撃を仕掛けてくるのだ。

 そしてルカは私よりも力があるせいか、大振りのクリティカルヒットで何度も援護を入れてくれた。


 ようやく、完全に叩きのめした後は、真っ赤な袋は黄色に変化しピクリとも動かなくなった。


「なかなかいい感じでござる。では糸を切って・・・・・・」


 アグリコさんは袋の中身を大きめのボールに入れると、材料はでろりとした黄色と青とオレンジがまだらに混ざる物体になっていた。

 今度は小さめのヘラを渡される。


「これでゆっくり練るでござるよ。抵抗がなくなったでござろう?」


 ねるねるねるねるねるね


 ・・・・・・確かに。

 抵抗を一切なくした材料は、あっさりと薄いピンクに混ざり合った。

 しかしここにたどり着くまでの強烈な作業を考えると、顔が微妙ば表情になってくる。


「魔女の修行って壮絶なんだな。俺の勇者修行なんてこれに比べれば、何てことないって分かったよ」


 感心するルカに、即座に否定を入れる。


「こんな魔法薬の作り方、お釜師匠は教えてないもん」

「主様のやり方は1000年前のスタンダードでござる。あの本を書いてからだいぶ経ったので、今は効率を重視して第二版に改訂しているでござる」


 アグリコさんは、台所の料理本と一緒に並べてある[おいしいお菓子の作り方]を見る。


「え? アグリコさんがあの本を書いたの?」

「いかにもでござる」


 びっくりだ。

 アグリコさんはお菓子を食べるのも作るのも好きだから、趣味で長い年月を掛けて、魔法薬が美味しくなるようにその道を究めたらしい。


 ルカが首を傾げる。


「でもさ、普通薬を極めるのなら、薬としての効果を高めるために研究するものじゃないの?」

「たしかに人間は薬を『良薬は口に苦し』と言うでござるな。しかし、拙者は苦い物が大嫌いでござるゆえ」


 渋い顔をしたアグリコさんは、この世で口に入れるものは全てが美味しくないと嫌だったから、あくまでも魔法薬の味を研究していたという。

 妙に強烈な効果ができあがったり、とんでもない付加価値がついたのはあくまで偶然の産物らしい。


 なんだか神父さんの類友だなあと呆れる。


 練られた物体は次第に堅くなる。

 アグリコさんと私たちは、親指と人差し指で作る輪っかくらいの大きさに丸く作っていった。

 香りは懐かしい香りがする。


 そう、桜餅だ。


 花が咲いたらきっとこんな香りなんだろうなと思わせる、かぐわしい香りにうっとりだ。

 ・・・・・・過去の記憶に残る、お母さんの香りだ。


 1つ味見してみるといいとアグリコさんが勧めるので、一口。

 桜餅風味のお団子だった。


 昔のおやつの味に似た、優しい味にまたうっとり。

 ルカも珍しい味だけど美味しいという。


「さてと、出来たでござるな。[魔道具ホイホイ]」




 ―—— 一気に味がなくなった。






茶釜さんで沸かした水と、桜風味のお団子は、アグリコさんが持ってきた瓶と袋にそれぞれ移した。

私は茶釜さんを洗って、よく水気をふき取り、お昼寝中の妹の隣に戻す。


 お団子の袋をかついで、私たちは村外れの小屋の跡地にまで来た。

 すっかり草が繁茂しているが、ところどころに基礎部分がむき出しになって姿を見せている。

 そしてその横に、桜の若木がちょこんと生えていた。


 実はこれ、去年失敗したゴーレムだ。


 桜の樹皮を入れてゴーレムは、種を残して消えていった。

 それを放置していたら、いつの間にか桜の木が芽吹いたというわけだ。本当に桜の種だったのは驚きだ。



 花はまだ咲かないけれど、2、3年後がとても楽しみなのだ。




 アグリコさんは森と小屋の跡地の間くらいに、香しい[魔道具ホイホイ]を3つほど取り出し、藁半紙を下に強いて並べた。


 そのまま5分ほど経っただろうか。


 がっちゃんがっちゃんと音を立て、何かが森からやってきた。


 現れたのは大小重なったブリキのバケツだった。

 は虫類のような音を足としっぽを出し、のそのそと近寄ってくる。


 ピンクの団子に近づいてにおいを嗅ぐと、そのまま足を引っ込めて静かに動かなくなった。




 次に、空から箒が落ちてきて、動かなくなった。

 その次は、バケツ、お椀、ラジオ、フェンス。

 どこからともなく、様々な道具たちが集まって、団子の香りを嗅ぎに来て、そして動かなくなる。


 ほんの1時間で小山のような魔道具の山ができあがった。

 この奇妙な光景に、私もルカも口を開けて、呆然と見守るほかない。




 アグリコさんが「おや、ようやく来ましたね」と遠くの草原を眺めると、巨大な山のような獣が走ってくるのが見えた。


 その獣は突風のような早さで団子の元に駆け寄ると、くんかくんかと匂いを嗅ぎ、3つともぱくりと一口。

 痺れたように全身の毛を逆立てて、丸い三角の耳と丸い尻尾をぴんと立てた。

 そしてアグリコさんに、轟く雷鳴のような音で吠える。


『これはかずさだ! アグリコ、かずさをどこにやった!』

「魔王様、ようやく来たでござるな」

「魔王だって!?」


 ルカが横で警戒し、私を後ろにかばう。






 後ろの私は、血の気がこれ以上ないというほど、下がっていた。


 ―——なんであの男がここにいるの。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ