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藤井ヒナ初め

 地味で平凡な女子高生、藤井ヒナの新年は、巫女のアルバイト――実際には『助勤』や『ご奉仕』と呼ばれるものらしい――とともに始まった。

 寒さに耐えながら、近くの小規模な神社で売り子を勤めるのだ。


「えへへ、一度こういうことしてみたかったんですよねえ」


 実に礼儀正しい言葉遣い、態度をして面接に向かったヒナは、外見から醸し出る清楚さそのままに巫女の仕事に受かった。

 愛想は百点満点、藤井ヒナは外面は完璧なのだ。


 そして当日――すなわち元旦の八時に神社にやってきた藤井ヒナは、憧れの紅白の衣装に着替えて、清楚全開の有り様である。

 朝の参拝客がちらほらと見える中、藤井ヒナは清々しさを覚えていた。


「新年一日目から神様にご奉仕ができるなんて、とってもやりがいがあります!」


 一般的に、忙しさの割には実入りが見合わない仕事ではあるが。

 しかし、ぐっと拳を握る彼女は、自然な笑顔を浮かべていた。


「きょうは一日、がんばるぞいー」


 喉の調子も悪くない。朝の挨拶とともに、ヒナは配置につく。

 さあさあ、早く、早くおみくじを引かせるのだ。そして大吉の喜びを与えてやるのだ!


「おはようございますー!」


 元気よく挨拶をした次の瞬間、空から豪雨が降り注いできた。

 藤井ヒナは笑顔のまま、悲鳴をあげて散ってゆく参拝客を見送り。

 小さな声で、つぶやいた。


「……え?」


 一月一日の本日は、降水確率ゼロパーセントのはずあった。

 あるいはそれは、藤井ヒナが巫女としてご奉仕することに対する、神様の答えだったのかもしれない。




「だーれも来ないね……」

「……」


 藤井ヒナの隣には、彼女の小学校からの幼馴染の住吉美卯が立っていた。

 巫女服の上からもこもこのダウンジャケットを羽織り、さらにはなぜだか羊の角を模したカチューシャを頭にくくりつけていたりする。それはあたかも悪魔の双羊角のようで、巫女にあるまじき姿であった。


「この雨じゃ、まあ、しょうがないよね」

「……」


 ビニール傘程度ならへし折られてしまうような気合の入った大雨のせいで、境内には見事にひとりの姿もなかった。

 元日でそこそこ地元に密着した神社で、ただのひとりも参拝客がいないのである。

 これはもはや、なにかのタタリなのかもしれない、とすら美卯は思う。


 そんなとき、ヒナがぽつりとつぶやいた。


「……わたしのせいでしょうか」

「えーと」

「わたしが巫女なんてしたから、神様が怒ってしまったんでしょうか!」

「いや、まあ、どうだろうね」


 暗い顔で落ち込むヒナを見て美卯は言葉を濁したが。

 十中八九そうなんだろうな、って思っていた。


 藤井ヒナはビッチである。

 男をだまくらかして、手玉に取って、自分を愛させて、そして悦に浸ったあとにポイと捨てる。そんな少女である。

 もちろんヒナに言わせてみれば語弊があるだろうが、事実は概ね変わらない。

 藤井ヒナとは、巫女の風上にもおけないみこみこビッチなのだ。

 

 といっても、基本的にそんなことで豪雨が降るはずがない。

 偶然だ、ただの偶然だろう。藤井ヒナにはそう言い切れない部分もあるのだが。


 ともあれ。


「どうしようね。このまま雨が止まなかったら美卯とヒナちゃん、来た意味ないよね。もう帰ろっかな」

「……待って、美卯ちゃん」

「う、うん?」


 見やれば、ヒナは境内――すなわち、雨降りの中に立っていた。

 豪雨の中、たったひとり。

 ずぶ濡れになり、髪も巫女服も肌に張り付いていたりする。

 とんでもない状況だ。


「どうしたのヒナちゃん!? 滝行みたいになっているよ!?」

「……わたし、神様にお願いする……この雨、止ませてくださいって!」

「え、ええ……?」

「だって! せっかくの元日なのに、おうちにいて、初詣もできないなんて! そんなの皆さま、かわいそうじゃないですか! もしわたしに巫女としての力、巫女としての血があるのなら! なんとしてでもこの雨、晴らしてみせます!」

「ヒナちゃんただのアルバイトだからね!」


 はあー! と気合を込めながらヒナは両手を天に突き上げた。

 どこかでゴロゴロと雷の音が鳴ってゆく。

 だが構わず、ヒナは叫ぶ。


「神様ー! 地味で平凡なわたし藤井ヒナのお願いですー! どうかこの雨をー! 雨を止ませてくださいー! 神よー! ご家族連れの幸せそうなお顔を見てホクホクしたいですし、雨なんて降ったらわたしが巫女としてご奉仕できなくなっちゃうじゃないですかー! やだー! お願いしますー、この声が聞こえるならー! わたしにご奉仕させてください神様ー!」


 直後、さらに激しさを増した雨によって、ヒナの姿は完全にかき消された。


「ヒナちゃんー!?」


 どうやら神様の逆鱗に触れてしまったらしい。

 美卯は暖房器具のそばを離れずにため息を付いた。

 いかんともしがたい。ここで祀られている神様は、縁結びの神であったのだ……。




 わかめのように前髪を額に貼りつけたまま、ずぶ濡れ状態のヒナは携帯電話――防水だ――を取り出した。

 神聖さのかけらも残っていないびっちょびちょの巫女服姿で、彼女はどこかに電話をかける。


 諦めが悪いのはヒナの良いところであり、悪いところでもある。

 美卯はため息をついた。


「ヒナちゃん諦めようよ。おうち帰って元旦の別にそんなに面白くもない芸人がワイワイ騒ぐ雑多な番組を見ようよ。おせちもあるよ。ダーリンが作ってくれたの。それで美卯とダーリンがひたすらイチャイチャする姿を見てよ。見せつけられてよ」

「……あ、もしもし、はい、わたしです、藤井ヒナです。局長につないでいただけますか」


 両手にホッカイロを握り締める美卯の前、ヒナは真剣な顔で受話器に告げる。


「初めまして。単刀直入にお話させていただきます。そちらでは環境改変兵器の実戦配備が完了しておりましたよね。ええ、そうです。わたしが藤井ヒナです。威嚇的軍事使用ではなく、ええ、今回は戦略的支援を要請したく」

「あ、手が滑ったー」


 ホッカイロを置いた美卯はヒナの手の中から携帯電話を奪い、真っ二つにへし折った。

 ヒナはただただ、悲しそうな顔をしていた……。




「……やはり、もう一度神様に頼むしか」

「さっき神主さんが、『この調子だと夜まで誰も来れないから、もうあがっていいよ』言ってたよ」

「……」


 バスタオルに包まれて震える藤井ヒナを横目に、美卯はスマートフォンでボーイフレンド(仮)を遊びながらつぶやく。

 ヒナは俯きながら、拳を握っていた。


「他に雨を晴らす方法なんて、わたし……」

「自然に真っ向から戦いを挑むのはやめよーよー。人類にもできることとできないことがあるんだよー。巫女だったら来年だってできるじゃんー」

「わたしにとっての、皆さまにとっての今このときは、きょうしかないんです!」

「ヒナちゃん、そうやって無駄に情熱を燃やすのはいいけど、でもこの雨があるから助かっている人だってきっとどこかにいるんだよ。美卯みたいにノリで巫女に応募しちゃったけどよく考えたらなんかダルくなってきたし、それに寒いからもう帰りたくなってきた美卯の気持ちがもしかしたら、この雨を降らせているのかもしれないね」

「……」


 ヒナはぷるぷると震える。普通だったら雨のせいで芯まで冷えたのだろうかと思うところだが、藤井ヒナはそんなにやわな体ではない。ヒナは鋼鉄のビッチなのだ。

 そして彼女は鋼鉄であるがゆえ、諦めるということも知らない――。


「わかりました」

「うん、じゃあ帰ろっかー」

「でもその前に、あとひとつだけ試してみたいことがあるんだけど……。いい?」

「ん~~……軍事的な支援とか要請しない? 人様にご迷惑かけない?」

「かけないよ。生まれてこの方、かけたことないよ」

「うんうん、それでそれで?」

「う、うん……。じゃあわたし単騎で出撃したら問題ない?」

「単騎とか言い出すのにそこはかとない不安しかないけど、まあやってみればいいんじゃないかな。この巫女バイトだってヒナちゃんが心配だからついてきたみたいなものだし、悔いの残らないように」

「み、美卯ちゃんっ……」

「あーはいはい」


 ヒナのキラキラとした視線を手で遮って隠しながら、美卯は適当にうなずいていた。

 しかしこれで、ヒナはやる気になったようだ。


「じゃあわたし、ちょっと行ってくるね!」

「はーい」


 豪雨に打たれ続ける境内に出たヒナは、雄叫びとともに拳を突き上げた。


「どうか神様! 雨、止んでくださいーーーーーー!」


 その拳から撃ち出されるのは一匹の黄金龍である。

 天へと立ち上る『氣』で形作られた龍は分厚い雨雲を貫き、そこにひとつの蒼点を穿つ。

 直後、あれほどの雲が衝撃波によって木っ端微塵に吹き飛ばされた。


 ――完全無欠、完膚なきまでの晴天である。


「えー…………」


 細い悲鳴をあげる美卯の前。

 雲の切れ間から差し込む光は雨粒に濡れたヒナを輝かせる。


 その姿はまさしく――。


「縁結びの神じゃ……神様が舞い降りられた……」


 たまたまその場に居合わせた神主――今年九十七才になる冠坂かんむりざか北米きたよねである――は、真っ白な眉に覆われた細い目から滂沱の涙を流しながら打ち震え、そして拝む。


 嗚呼――なんという神々しさ。

 巫女のアルバイトにやってきた藤井ヒナが、今ここで女神となったその瞬間であった――。





 ここからは余談だ。

 拳ひとつで雨を晴らした藤井ヒナは、奇跡体験に感動した神主によって本殿へと引っ張られていった。

 そして参拝客が訪れるたびに、それを『現人神』として見守るだけの役割を与えられたのだった。


「……あ、あれ……なんでわたし神様、神様って……?」


 賑わい出した神社の参拝客を内部から見守りながら、豪勢な衣装を着せられたヒナは、釈然としない思いを抱えていた。

 彼女の願いのひとつ『初詣の人たちが幸せになりますように』は叶った。


 だが。


「うう、いいですけど、いいですけど……でも、これ……いいんですけど……!?」


 巫女として参拝客をもてなしたいという藤井ヒナ自身の願いだけは、結局叶わないまま。

 蚊帳の外のヒナは頭を抱え、そしてやってきた参拝客たちに、有り余るほどの『縁結び』のご利益を与え続けるのであった――。


 美卯より一言:あけましておめでとうございます。ヒナちゃんはついに女神になりましたが、今年もよろしくお願いします。


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