歓喜の谷
蒸し暑い、肌にまとわりつくような湿気が心地よいのか、不快なのか、夢現にそれを感じた。
横たわっているのだろうか、地面に接した背中が冷たい。
寒くはないが、冷たさが身に沁みた。
「ローリエ!お客さんをこんなところに雑魚寝させて!お前は有能だが少々雑なところは直らないな!」
「親父、お小言は母さまだけで十分だ!うんざりだ!…それにまだ帰ってないんだよ、この子の片割れ」
よく通る女の声と太く低い男の声、二人分の声が言い争い、隣で誰かが起き上がる気配が分かった。
分かるが、体が、まぶたが重い。
「とにかく、このちっこい坊主だけでも部屋に連れてってやりなさい」
ふっと軽く笑いをこぼす。
「坊主とは不遜な…この娘はれっきとした女の子だし、招待されたのは彼女なんだぞ」
「…なに?娘?お前はこんな恰好でお嬢さんを出歩かせていたのか!…というより高貴な身なればこそこんなところに寝かせるなっ!阿呆!」
叱責に身を縮ませているのが手に取るように分かった。
ぱたぱたと軽い足音が近づきすぐ傍で止まった。
「お嬢さん、お嬢さん」
頬を軽くつつかれ、こそばゆい。
「お嬢さん」
はっとまぶたを押し上げると
…ウサギの顔があった。
「良かった、目を覚ましたようだねお嬢さん」
「ぎゃあああああああああ――――――っ!?」
もきゅもきゅと声に合わせてウサギ特有の三角の鼻が動き、口元が動く、それに合わせてひげがそよいだ。
あたかも、そのウサギが話しているかのように。
「えっ?!ちょっとお嬢さん?!」
まだ薬で重たい体を全力で動かして後退さった。
「う、ウサギがしゃべった…!私はまだ眠っているの!?アリスじゃないんだから!そう簡単に不思議の国に行っちゃ困るわ!起きてあたし!」
そのウサギは悲しそうに目を伏せてひげをしゅんとおとした。
もう、悲しそうだとかそういうことまで分かるのが怖いほどウサギはリアルで…。
リアルで?
…リアルじゃない。だいぶ体が大きい。シュトと並んで同じくらいの大きさ。ピンと伸びた耳が可愛らしい。服も着ている、それこそ不思議の国のウサギのようだ。
毛色はあいにく白くはないが、銀色のような灰色の毛並みが浮世離れした雰囲気だ。
待て待て、そんなウサギが居る事の方がおかしい。
「そーんな格好しているからだ、女の子受けがいいからって良い気になるなよ親父」
見上げるとローリエが勝ち誇ったような顔をして腕組んでいた。
「顔を覚える手間が省けるってもんだ。しゃべって動き回るウサギなんてそうそういないからな」
「悲鳴を上げられる格好ってどうなんだ」
よろしくない、心臓によろしくないと内心で激しくローリエの言い分に同意する。
勇気を奮って聞いた。
「あ、あ、あのっ!さっきからどこをつねっても痛いし、これって夢なの?現実なの?」
「無論、現実だよ」
「じゃ、じゃああのウサギは…?」
ローリエは肩をすくめた。
「恥ずかしながら私とギアの父親だ」
…父親、という事は年嵩のドラゴンではないか!
まだ薬か寝起きのせいでかふわふわとする思考回路を駆使して慌てて居住まいを正し、正座して頭を下げた。
勢いが良すぎたのか帽子が落ちて長く白い頭髪がこぼれおちる。
「無礼を働きました。すみません。トリシア・F・ルルーです。ローリエとギアにはいつもお世話になってばかりで…」
なぜ、ウサギに頭を下げているのか釈然としないもののローリエとギアの父親と言うのだから挨拶をせねば。
ウサギは恐縮しきりと言う風に「はわわわ!」と落ち着きなく慌てふためいている。
「お嬢さん!頼むから頭を下げたりしないでおくれ!」
そろそろと顔を上げると、かしこまったように「コホン」と咳払いした。
「トーマと申します。子供達がお世話になっております」
「親父に頭を下げる義理はないぞトリシア」
ローリエはクスクスと笑いながら「周りを見てごらん」と指差した。
はっと周りを見渡すと、あちこちから忍び笑いが漏れていた。
寝転がっている肩が揺れている。
怒りと恥ずかしさで頬に血がのぼるのが分かった。
「も、もうっ!みんなひどい!寝たふりなんてして、笑うなんて!」
隠す必要がなくなったからなのか、それとも我慢の限界だったのか「あっははは!」とアランが身をよじって笑い声を上げると、誰からともなくそれに続く笑い声が上がった。
「笑ってないで起きてったらっ!…蹴っ飛ばすわよ!」
「ははははははっ!」
隠す気もないらしい。さすがに本当に蹴っ飛ばすわけにもいかないのでどうすることも出来ない。
「トリシア!ここはどこだと思う?」
「ど、どこって…?」
笑いをこらえながらデミトリが訊く。
「分からん!が、ここはドラゴニスタ総会の開催地だ!」
きょとんとしたまま口を開閉するトリシアを足元から抱き上げた。
足の裏に手をまわして押し上げるように。
抱きあげられた拍子に「ぐひゃっ!」と全く色気のない悲鳴があがる。
反射でつぶった目をそろそろと開くと、突然視界が高くなり、視野が広がった。まるで舞台の幕が全てあがったように。
デミトリの頭と肩に腕をまわして抱きつく。
「…ここが、ドラゴニスタ開催地…?」
「そうだ!お前のおかげでおれたち全員…一生無理だと思ってたのに…来れた!」
歓喜の声を上げる。
見下ろすと鋭く尖った山と山がぶつかるところに石畳が引かれていて自分たちはそこにいた。
谷底も見えないようなはるか高み、見下ろすと雲海の上で何匹ものドラゴンが翼をひろげ、悠々と空中を泳いでいた。
一際小さな翼を広げて飛ぶシュトの姿も見つけた。
「あはは…はははっ!」
泣き笑いの声がこみ上げてきた。
「お前のおかげだ!」
「ありがとな!」
背中を、頭を、腕を、レイが、アランが、デミトリが、チェキが、シンが、マーティが、グラハスが力強く叩く。デミトリの腕から飛び降りて全員で円陣を組むように堅く肩を抱き合った。
「みんな、ありがとうっ!本当に、ありがとう…!」
ついてきてくれて、一緒に来てくれて、嫌な思いをするかもしれないのに、ありがとうとまで言ってくれて、ありがとう…!
ドラゴンの楽園たるこの地に、ついに来たのだ。
「ドラゴニスタ総会に着いたぞ------!」
歓喜の声が上がった。
わーっとも、おーっとも言えない言葉にできない歓喜の声が。
このウサギの姿をしたギアとローリエの親父さんは早く登場させたくて仕方がありませんでした
モデルはうちで飼っているうさぎの「ちょこ」といううさぎです
毛色は茶色です
総会に到着しましたね!やっとです!やっとですね!
ただ、物語に登場する人物たちの感慨たるや、筆舌尽くしがたいものがあると
思うのです
画面の前のみなさん、お手すきの方は是非彼らに拍手を!
そういう状況じゃない方は心の中で拍手を!
ぱちぱちぱちぱち~…
茶番にお付き合いくださった方ありがとうございます(笑)
筆者の自己満足です、溢れんばかりの拍手が聞こえました、ええ、
今回も読んでくださってありがとうございます!応援よろしくお願いします!
次話も乞うご期待☆




