ホリデイ(4)
受け取った二つのクレープを両手に持って二人の元に向かう。
男の人って、やっぱり甘い物とか嫌いだったりするのかな。
すこし、心配になる。
「あれ?ギアは?」
元いた場所にはレイしかいない。
「お前のとこに行ったんじゃないのか?」
二人で周りを見渡すがギアはいない。
「まあ、いいや。レイこれ二人で食べて」
「お前が食べたいんじゃなかったのか」
トリシアは曖昧に笑う。
「お店に入るのに、食べ物持ってたら入れないなー…と思って」
彼女はごまかしたり嘘をつくのがときどき下手だ。
本当は最初から二人のために買いに行ったのだと、鈍感な自分でもわかる。
「わかった、好きな店行って来い」
「うん!」
トリシアがいなくなった途端にギアが姿を現す。
「お前どこ行ってたんだよ」
「気にするな」
レイの手からクレープを取り上げる。
「まあ、ちょっとシビアな話でもしようと思ってね。トリシアがいるとちょっと面倒なんだ」
空いているベンチに腰かけちょいちょいと手招く。
ギアがトリシアをそんな風に言うのは今までにない事だった。
「レイ、君はドラゴンのタマゴが孵化するのにどのくらいの時間がいると思う?」
「そう言う事は、あまり詳しく知らないが…鶏はおおよそ21日だな」
ドラゴンの妊娠、出産に関する記述はとびぬけて少ない。
こちらが正確に把握しているのは出産と子育てが100~500年のスパンで行われる事とタマゴで生まれてくる事くらいだ。
「通常ドラゴンは妊娠期間が極めて短くタマゴが孵化するまでの時間が長い。が、今回はそれに当てはまらない。シャルロッテというドラゴンの妊娠期間は長く、タマゴを産み落とすまでに80年かかった」
「何が言いたい」
ギアは少し声のトーンを落とした。
「タマゴの坊やの発育状態から見て、出産から1年経たずして孵化する。トリシアが次に休暇をもらえてもこんな風に、年相応の女の子としての楽しみを満喫できる機会はおそらくもうないということだ」
レイは言葉が出なかった。
何と言っていいのか分からないし、何を言ってもふさわしくない気がした。
自分は、彼女に初めて会った時、はじめて彼女がタマゴの母親になると聞いて頭に血が上った。
危険だと、そう判断した。
けれども、タマゴが孵化するまでに時間がかかると気付いた。
ならばそれまでに、彼女にそれ相応の知識を身に着けさせようと思った。
もっと言えば、タマゴが孵化するまえにトリシアの寿命が来ればいいとも思った。
それは、的外れな目論見だったのだ。
ギアはふふっと息だけで笑った。
「だから感謝してるんだ。こんな風に休暇をもらえて、ね」
視線の先にはトリシアがいる。店頭に飾られたマネキンの服を見ている。
彼女が歩けば目を奪われ振り返る男もいる。
自分も今、彼女に目を奪われて目をそらせない。
それは自分が彼女を愛しいと思っているからなのか、哀れな運命にとらわれた娘をどうする事も出来ない事におのれの無力を痛感しているからなのかは分からない。
「お前は…、あの娘が手に入れるはずだった平凡な、今みたいな、未来を奪ってもなんとも思わないのか…?」
「ドラゴンに魅了され、心奪われ、人生を捧げてきた人間はごまんといる。哀れな娘だと他人は言うのだろうが、哀れだと思いながら彼女に接するのは彼女に対する侮辱だ。…彼女の未来を奪ったと言うのなら彼女の運命を憎めばいいし私を憎み続ければいい」
しばらく沈黙が続いた。
ギアはまるで今までの会話などなかったかのように、あったとしても天気の話をしていただけという調子でクレープを頬張っている。
レイが立ち上がってもちらりと見やっただけで平然としていた。
鏡の前でチュニックやスカートやショートパンツを自分にあててみる。
どれも自分の好みで、贔屓目に見てもよく似合っていると思う。
「お客様、ご試着などしてみてはいかがでしょうか?」
とっさに言葉が出なかった。
着ると、欲しいという気持ちが抑えられなくなると思ったから。
どうせ、着ないのに。
「じゃあ、お願いします」
「えっ」
突然降ってきた声に驚いて振り返ると、レイが立っていた。
「ではこちらが試着室となっておりますのでどうぞ」
何でここにいるのか、と言うタイミングを店員に奪われ試着室に連れて行かれる。
「…見てても面白くないから、よそに行ってて」
「それはおれが決める事だし、別に試着くらい好きにすりゃあいいだろ」
レイが試着室の両端のカーテンを強引に閉める。
そろえられたトレッキングシューズを見て店員に声をかける。
「すみません、こういう服に合う靴って…」
店員はロウヒールのパンプスを勧めたのでありがたくそれを受け取る。サイズはトレッキングシューズに明記されていたし、S・M・LでいうとMが丁度いいとも言われた。
試着室の前に戻るとギアもいた。
「何でいるんだ」
「トリシアの可愛い恰好が見たいから」
ギアはレイが持っているパンプスを見てニヤリと笑った。
「お前こそ柄にもない事して、どういう風の吹きまわし?」
「お前には死んでも言わない」
そっと、トリシアが試着室のカーテンを開いて顔だけのぞきだす。
「何で二人ともいるの!見たって可愛くもないし、恥ずかしいから見ないで!」
まあまあ落ち着いて、とギアがなだめて近づく。
次の瞬間、トリシアの不意を突いてカーテンをバッと開いた。
「わっ!」
両サイドにカーテンが引っ張られて掴んでいた手は空をつかみ、バランスを崩す。
前のめりに倒れこんだトリシアの体をギアが受け止めた。
「…っ!!!!!」
顔を真っ赤にしてギアから離れる。
「不意打ちなんて卑怯よ!こ、ここ、心の準備が出来てなかったのに…!」
チュニックにショートパンツ、足は太ももから素肌が露わになっていて一見するとショートパンツはチュニックの中に隠れていて、確かに他人に見せる、とりわけ男二人に見せるのには勇気がいるかもしれない。
肉付きも良く色白で華奢な素足はチュニックの柔らかい刺繍に縁どられて色っぽい。
「ニーハイソックスかレギンスがあったらよかったけど…」
レイは思わずニーハイソックスをはいた姿を想像してしまった。が男からするとそっちの方がよほど心臓に悪い。膝上から太ももの部分だけ素肌の露出がある方がエロい。
遠慮なく素足に見惚れているレイの後頭部にギアは容赦なく喝を入れた。
「想像してんじゃねぇよ」
低く凄味の利いた声でギアが怒るが、おそらくは彼も想像したはずだ。
そして瞬時に、どうすればここまで声色が変えられるのか分からないほど優しい声に変わる。
「トリシア、すごく可愛いよ似合ってる」
「ホント?」
はにかむ笑顔が愛らしい。
だから、つい、口を滑らせてしまった。
「お前、塾にもそういう格好で来ればいいのに、もったいない」
「えっ…」
「あ、えっと、だな…」
本音を口を滑らせてうっかり言ってしまったことが混乱に拍車をかけた。
「男ばっかっていうこと気にしてるんだろうが、そんなに自分の性別を押し殺して目立たないように周りに擬態しないで、好きな格好すれば…おれは、いいと思う」
まともに目も合わせられなくなって、今自分がどんな顔をしているのか、彼女がどんな顔をしているのかまともに分からなかった。
「…ギア、この服買ってもらってもいい?」
「もちろん」
彼女がさっと隠れるようにカーテンを引く。
「私には言えなかった。…感謝する」
短く端的にギアがいう。
トリシアが少しでも笑っていればいいと思った。
会計を済ます。
「あ、これも、この靴も」
差し出された靴にトリシアが驚いた。
「靴まで、いいの?」
「いいのいいの、滅多に買い物なんてしないんだから」
「ありがとう」
外は日が傾きかけていた。
もう、帰らなければ山を登っている間に日が暮れる。
「トリシア、そろそろ帰ってもいいかい?」
「…うん、そうだね」
彼女はまるで、もうこんな風に買い物に行ったり出来ないかもしれないと言う事を分かっているみたいに頷いた。
「じゃ、車出すよ」
彼女は窓の外を流れる景色に、別れを告げるようにスピードを上げる車の中からいつまでもじっと外を見つめていた。
みなさんこんにちはこんばんは
GWも明けて連休ボケしてませんか?
この先続くスケジュールに絶望してませんか?
希望を持ち続けることはとても難しいですよね
トリシアのゆくさきも少し影が差してまいりました
さて、彼女はどうするのでしょうか
今回も読んでくださってありがとうございました!
次話も乞うご期待☆




