衝突
教室に入ってすぐに、異変に気付いた。
みんな顔が真っ青で、頭を抱えてとてつもなく体調不良。
かろうじてアランが正常。マーティとグラハスだけが平然とした顔でいるだけ。
勇気を振り絞って、グラハスに声をかけた。
「…みんな顔色悪いんだけど、食あたり?何かに集団感染でもしたの?」
グラハスは軽く笑った。
「みんな、二日酔いだってさ。昨日は盛り上がってたみたいだし」
「グラハスとマーティは何で平気なの?」
「おれらはあんまり酒飲むと体に響くからなあ。CQC/(クローズ・クウォーター・コンバット)の鍛錬があって、今日は二人で手合わせする約束があったんだ」
CQCという単語がいまいちピンとこない。
「CQCって何?」
彼は迷惑がる素振りも見せずに親切に教えてくれた。
「簡単に言うと、警察や軍隊の戦闘スタイルの事、かな。CQCとCQBっていうのがあって…女子にはピンとこないと思うよ。おれとマーティは追跡者志望だから、どうしても戦闘技術をある程度求められるんだ」
軽く腕を上げて力こぶを作って、柔らかく笑った。
「そう言えば、グラハスとは何度か弓場で会ったことがあるよね」
ちょっと驚いた顔でおどけて答える。
「あんまり凛々しかったから男の子かと思った。手もだいぶまめたこが落ち着いてきたな」
男の子に思われても、仕方がない体つきなのであえてノータッチ。
「マチコ先生にも見込みがあるって言われて、だいぶ筋力が付いてきたからね」
私も力こぶを作る動作をしてみせると、グラハスは笑った。
彼は、けっこう、良い人なのだけど。どうしても声をかけるのに勇気がいる。
トリシアは少し声を落として控え目に聞いた。
「ねえグラハス、追跡者って具体的に何するの?」
口に手を添えて、内緒話をするような動作をしたのがおかしかったのか、少し彼は苦笑いして頭の位置を低くしてわざとらしく声のトーンを抑えた。
クスッと笑うと、思惑どおりのリアクションだったのか彼の顔が明るくなった。
「ドラゴニスタに所属していない、龍の存在を知る密猟者や裏切り者を取り締まる、ドラゴニスタお抱えの警察みたいなものだよ。おれも、それらしく見えるだろう?」
「うん、すっごく雰囲気出てるよ」
それから少し、名前を口にするのをためらって聞いた。
「マーティも追跡者になるの?」
「ああ、あいつは素質があるよ。目がいいし、既に有資格者なんだ」
思わずマーティの方を見てしまった。
そう言われれば、身のこなしが周りとは少し違うと思っていた。けどまさか、マーティが。
「ただ、すっげえ天の邪鬼だから、衝突してしまうのが玉に瑕、かな」
本当は良い奴なんだ、とグラハスはこっそり耳打ちしてくれた。
「グラハスありがとう」
「お呼びとあらば、何でも言ってくれよ。きっとみんな力になってくれる」
その、最後の一言が、不覚にも胸に沁みいった。
秘密にしている事を、秘密のまま守ってくれる、そんな風に思った。
いざ授業が始まるという風になっても、授業は停滞していた。
クラスメイト4人が二日酔いでダウンしたまま。
さらにレイまでもが体調不良を起こしていた。
症状からして、彼もおそらく二日酔い。
ディスカッションをするメンバーはおのずと健康な3人、私とグラハスとマーティになった。
私がディスカッションの主軸メンバーに指名される事は初めてだった。
いつもは脇から一言二言進言するだけだったので、それだけに緊張する。
深呼吸をする私をデミトリが心配して「代わろうか?」と言ってきたが、それはこっちのセリフだ。デミトリこそ大丈夫なのか。絶不調の人間が周りにいるとどうしても私が頑張らねば、と思ってしまう。
「さて、今日の議題は『ドラゴンの食事、体を構成する主成分について』だ。手元にある資料と独自の考えをあわせて、ディベートしてくれ」
レイの顔色は相変わらず悪いままだ。
いつものように、エキサイトする前に制止してくれるといいのだが…。
深呼吸はいつの間にかため息に変わっていた。
大丈夫、がんばれ私。
席を立つ。
発言者だけが立ち上がってそれぞれ手を上げる。
そして
「じゃんけんぽん!」
なんて平和的なシステムなのだろうと思う。じゃんけんを開発した人間は偉大である。私は多数決を開発した人間の次にじゃんけんを開発した人間を尊敬する。
運がよいのか悪いのか私は負けて後手に回ってしまった。
グラハスからの発言が始まる。
早々に、ドラゴンの食事が何なのかというところで煮詰まり、話し合った結果この場では鉱物として話を進めることとした。
「宗教や伝説上でのドラゴンは鉱物を好み、非常に硬い鱗を持っているとされます。ドラゴニスタ内部でもおおむね、肯定されていますが、鱗の下つまり皮膚は柔らかく鱗はどんな鉱物よりも堅い。ドラゴンがいくら鉱物を食べているとしても、このような構造の差にはやはり食べているものが鉱物だけではないと………」
長々と続けるのは口下手なグラハスの癖だった。
マーティが手を上げ発言する。
「彼らは普通の生物ではありません。魔法の考慮が必要では?」
「いいえ、あくまでも鱗と皮膚の違いに論点を置いて話を進めて行きたい」
「宗教や伝説上ではドラゴンの鱗や血液には魔力が宿っているとされています。やはり考慮すべきです」
二人のにらみ合いが続く。
私は鱗、という単語に鼻白みなかなか発言できないでいた。
服の中に隠した、胸のあたりにある逆鱗の姿を正確に頭の中に書き起こす。
この世のものとは思えないほど美しく、堅く、薄く、軽い。
魔力の有無でまだ論争をしているふたりをさえぎるように手を上げた。
「鱗と皮膚の違いについて考慮するならば、魔力を抜きにして、人間の体に置き換えて考慮してみてはどうでしょうか?」
魔法の有無に固執していたマーティの視線が私に向けられる。
いや、彼だけではなく全員の視線が集まるのが分かった。
緊張で震える指先を無視するために強く握りしめた。
珍しくレイが「どういうことか、説明してほしい」と横やりを入れた。
短く息を吐き出す。
私の考えている事を、正確に伝えたい。
「人間の体を構成する大部分がたんぱく質で構成されていますよね。けれども表皮を構成するたんぱく質、筋肉を構成するたんぱく質、内臓を構成するたんぱく質の特徴は大きく異なっています」
力こぶを作るように片手を上げて自分の腕を指さす。
身振り手振りを交えて、思い描いている事をつたえる。
「ドラゴンもそうなのではないかな、と。例えば内臓や皮膚など柔らかい部位は比較的脆い、炭素で言えば消炭のようなもので、鱗や牙などの堅いものはダイヤモンドのようなものを自分の体、遺伝子のようなもので割り振られているのではないかと思います」
かすかに、教室にざわめきが起こる。
「裏付けは?」
「解剖してみないと分かりませんね、ぶっちゃけ。人間も解剖されて初めて体の構造が分かったし、豚や牛みたいに気軽に解体出来るものでもないし、人間は血液採取でさえ嫌悪を抱きますから、ドラゴンはもっと体に傷を入れることに嫌悪を示すのではないでしょうか」
「机上の空論でしかない」
「私もそうだと思います。ですが、この場では机上の空論でも発言する事に意味があると思います」
「ここは小学校じゃねえんだ、はい、手を上げましたじゃ何の意味もないんだ!」
「私は持論に基づいて発言しました!」
弁が立つ私の方が舌戦では勝ち目がある。
が、争うことが目的ではない。マーティの口調が険を帯び始める
そろそろまずい雰囲気。
ドラゴンではなく人間の意見について反論が出始めると、話が大きく逸らされる。
それを修正できるのは、レイしかしない。
アイコンタクトを取ろうとレイにちらりと視線を投げる。
すると、マーティは見下したように「はっ」と嗤った。
「お前みたいな新入りが、そんな高等な意見を出せる方がそもそもおかしい」
「何を言ってるの?」
彼が何の話をし始めたのか一瞬分からなかった。
みんなも分かっていない様子だった。
「先生と仲がよさそうだもんな。ここに入ったのもコネ、授業の内容も先生から教えてもらったんだろ」
「意味分かんない。今そういう話してないでしょ?!」
語気を強めた事を彼は勘違いしている。
「女は、有利だよな。どうせ体売ってんだろ?」
一瞬で空気が凍りついた。
私よりも早く、アランが声を上げた。
「マーティ!てめぇ、黙って聞いてりゃあ…っ!」
「おっと、お前もか?そりゃあ失礼」
教室が怒号で埋め尽くされる。
立ちあがる生徒もいた。
レイは急な展開に、どう言葉を投げればいいのか分からない状態で固まっていた。
トリシアは、自分でも驚くほど冷静だった。
まるで他人事。
持っていた資料を机に置いて、机の間をぬってマーティの目の前まで一息に進んだ。
そして、迷うことなく細腕を閃かせた。
乾いた音が教室に再び時間を凍らせたような静寂を呼び戻した。
「私を娼婦扱いして、満足?」
泣いてなんかやらない。そんな言葉で私を屈せると思うな。
「今すぐ謝って」
深く息を吸って叫んだ。
「レイやアランに今すぐ謝ってっ!ドラゴンの尊厳ある時間に対して、ドラゴンに対して謝罪しなさいっ!!!」
彼の表情から力が抜けていた。
怒る理由が自分には理解できない、そんな顔に見えた。
アランが私の体を抱きすくめるようにしてマーティから引き離した。
足を踏ん張って抵抗しても、足が床につかない。
「離して!私、あなたに謝罪させるまで私、わたしは…っ!」
「マーティ、頭冷やしてこい」
ようやくレイがそれだけ言った。
マーティがグラハスに付き添われて教室を出て行く。
「トリシー、もう十分だから。だから、泣いてもいい。泣く事は敗北じゃないんだ」
アランの言葉が魔法のように涙のせきをきった。
彼らは、分からなかった。
なぜあんな侮辱に屈さない強さがあるのか。
なぜそれほどまでドラゴンを愛する事が出来るのか。
みんながみんななかよしこよしだと、誰か一人がそれを乱します。
そんな今回の話でしたけど、これを機にもっと、こう何かね
絆を深めてもらいたいよね!
筆者は疲れております
こんなので大丈夫なのか?!
プロットとか作った方がよくないか?!←
次話も乞うご期待☆




