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sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
萌芽(出会い編)
20/225

いびつ

ここからストーリーを加筆修正しました(五月五日)

塾の歪に気付いたのは通い始めて間もないことだった。


デミトリ

彼は東洋系の顔立ちで黒い短髪、クラスで一番成績が良くて頭はいいが運動はいまいちらしい。すらっとした長身でお兄さんみたい。

アラン

背は少し低めで育ちの良さそうな幼顔、日にあたると茶髪が赤毛に見えるのがコンプレックスで塾に入ったのは最近で本人が言うには勉強はまだまだ。

グラハス

鍛えられた体つきで顔が少し厳つい、けど本当は気さくで明るい人って聞いてるけどまだ声がかけれない、追跡者シーカー志望で勉強より運動が得意。弓場で時々みかける。

シン

中国出身で時々しゃべってると中国語が出てくる、民族のアクセサリーをしていて細い弧を描いたような目が印象的。ノートの取り方や授業の解説をよくしてくれる。

チェキ

眼鏡をかけていて茶髪の癖っ毛、背が高い、一番年上でスポーツも勉強もできる。馬場にいたことがあるから通ってるのかもしれない、研究者ドクター志望で知識に偏りがあってテストでは実力が測れない。

マーティ

明るい金髪に白い肌に青い瞳、追跡者シーカー志望でグラハスとは仲がいいみたいだけど、少し浮いてるのかも。乱暴な言葉が出てくることもしばしばでひねくれてる印象。

 

 

 

そんなばらばらな6人の議論はだがしかしどこか統一されていて、その根底にあるものが「ドラゴニズム」というひとつの思想であること、それが唯一トリシアに「ドラゴン」がいる世界はまだ滅びていない、夢物語ではないと常に叫ぶように主張する。


ドラゴンの姿を見ておいて…タマゴを抱いておいて何を今更と思うが、それでもその主張は重要な意味をもっていた。

 

 

 

トリシアはまだまだ馬術と弓道と勉強、そして家事を両立させることにいっぱいいっぱいでノートをとるのもやっとという有様。

何しろ知らない単語が矢のように飛び交って行くのが日常なものだから、辞書や参考書や、…お父さんに選んでもらった本を参照しながらついていかなければ…魔法の呪文でも詠唱しているんじゃないかと思う。

 


そんな、何を話をしているのかも分からない、教室の一番後ろの「お誕生日席」状態な場所から教室を俯瞰すると歪の形がよくわかった。

 

パワーバランスがあるのだ。

何が基準なのか、それは分からないけれどシンとアランが…他の生徒に明らかに遠慮をしているように見える。

はじめは気のせいだと思っていたが、どうやらそれは思い違いではないようだ、とトリシアは少し暗い顔つきで教室を見渡す。

今日の1限目ですらすらとドラゴニスタの教科書を諳んじていたアランが、2限目でのディスカッションでデミトリ、グラハス、アランの3人が代表でディスカッションをはじめると、途端に口数が減り、明らかな相手の間違いも見逃すのだ。

それは下手をすれば手を抜いているようにも見えるが、恐れているようにもみえる。

いじめのような空気ではなく、一方的な遠慮にしか見えないから余計にたちが悪い。

トリシアはその原因が何なのか、接点があるのかどうか、足りない頭をひねってみるもののさっぱり分からない。

 

 

そのままその日は口を閉ざしたまま教室を出た。



しかし、弓場に行くと…マチコ先生とグラハスが何か話している所にばったり出くわした。

一瞬、今すぐ回れ右をして出て行こうかと真剣に考える。グラハスは……寡黙であることが長所だが、それがトリシアにはどうにもとっつきにくく感じてしまう。

 

「あら、トリシア?こんな時間に珍しい、どうしたの?今日は早く終わったの?」

「え、えっと」

「もう袴に着替えちゃったんなら練習しましょう?」


マチコ先生はあくまで冷静にいつも通りに話しかける…ただしタマゴやレイや、ギアのことは一言も漏らさない心遣いと配慮を忘れずに。

コクコク頷いて弓を持って駆け寄ると、グラハスがごくわずかに頬を緩めて笑顔(に見える表情)をみせる。


「ぐ、グラハス、さん、こんにちは」

「やだトリシア、あがっちゃって可愛いわね、グラハスは顔は怖くてもとっても優しいのよ?」

「先生、気にしてるんだからもうちょっと言い方をですね…」

「あら、それはごめんなさいね」

「あ、え?わ、わたしそんな…そんなことは…グラハスごめんなさい、本当はちょっと怖かったの」


そこまで白状すると彼は逆に鳩が豆鉄砲を食らったみたいにきょとんとして、それから快活に、体を揺らして笑い声をあげた。


「まあ、そんな気はしてたよ」

「うう、ごめんなさい」

「気にしなくていい、君はすぐにそう言ってくれたから、黙ってられるよりありがたいよ」


なんとなく今しか聞けない気がして、トリシアは思いきってグラハスの袖を引いて、尋ねる。


「教室の空気…あれが普通なの?」

「え?」

「何で、アランとシンは……みんなに遠慮してるの?知識と実力は十分に思うの、でも…一線引いてるよね?」

「…ストレートに聞くんだな」

「えっ」


思わず、口をふさぐように手を引きよせた。

まるでタブーを犯したように突きつけられた言葉が、自分の無神経さを責めているように聞こえたから。


黙っていたマチコ先生が首を左右にゆるゆると振って、考えを否定するように「グラハス」と名前を呼んだ。


「彼女、まだ勉強中なの。お父様とお母様は「あえて」何も教えずに入塾させられたの。この意味あなたなら分かるわよね?」


グラハスは思案のためか少し黙りこんで、まっすぐに私を見た。

「そう、ですね。彼女はすくなくともそんな偏見を振り回すようには思えません」


観念したように口を開く。

「本当に、察しがいい。あの二人だけだって分かるなんて」

「どうしてなの?」

「…あの二人にはとりたてて家に地位や名声が無いからだ。おれたちの家にもそんなものはないけど…少なくともあの二人よりはドラゴンにゆかりがある家だ」


一瞬本気で、は?と耳を疑った。


「…地位?名声?そんなものが教室の中にまで影響するの?そんなの…いつの時代の話なのよ、いまは何世紀だと思ってるの?そんな…貴族社会でもあるまいし」

「貴族社会、か、そう思われても仕方が無いような仕組みなんだ。勉強が出来たっておれたちは…一生上には行けないことに変わりない」

「えっ…」


彼は続ける。

「普通の会社なら、何かしら…そうだな評価されれば昇進できる。けどドラゴニスタ(ここ)は違う。家の名前とドラゴンとの関わりの深さが何よりも物を言うし、それにおれたちはイエスと首を縦に振る以外の選択肢がないんだ」

「そんなの!変よ!絶対におかしい…!」

「怒ってくれると、ちょっとは救われるな」

「だって、だってグラハスの言うとおりだと…ここでいくら勉強して級を取っても意味ないみたいに聞こえる…」

「実際、意味なんてないんだ」

「じゃあ、どうして…」

「好きだからだな」


私は空気を何度も飲み込んで、沈黙を作った。


意味が無いと言い切るその気持ちが分からなかった。虚しさに心を支配されないのだろうか。

「シンとアランは…その価値観を教室の中に持ちこんでるから?」

「そうだな、前の塾がそういう風潮だったらしい、ここでは…先生がそれを許さないんだが、当の本人があれじゃあ、おれたちはどうにもできないな、と思ってる」

「それは…そうね、みんなは何もしてないものね」

「気分は良くはない、けど正せるほどこの塾の外の空気がいいわけでもない」



「トリシア君自身も、君の家も……そのそうなんじゃないのか?男の子に恵まれなかったとか不遇が重なって君に?」

「…たしかに、私に兄弟はいないわね」


グラハスは勘違いをしている、我が家は完全女性に重点を置いた女流家系だ。だから私に……何もかもを任せてくれた。

彼には私が特別な何かがあることに勘付いていない。

そのことにホッとしながら適当に彼の言葉に同意して話を合わせておく。


「あいつらにはどうか…その」

「わかってる、変に気を使ったりなんてしないから、平気よ、大丈夫」


 

 

 

 

 

 

シンとアラン、その二人が席をはずしている間にデミトリとチェキがため息をつきながら「まいったな」と何か話しこんでいた。

2人に関係あることなのかしら、と思わず耳をそばだててしまう。


「協会に更新手続きに来いって親に呼ばれちゃってさ…いつ里帰りしようかほんとにお手上げだよ」

「おれもだ、そういや時期が時期だしな。こればっかりは帰らなきゃ」

「それに比べてグラハスとマーティーはいいよなー家が近いし、手続きもそんなにかからないだろう?」

「そりゃ、おれがお前たちとは違って長男じゃないって事を皮肉ってんのか?」

「マーティー、ただの愚痴だろ?向きになるなよ」


徐々に周囲も話に参加していき盛り上が(っているようにみえる)る肝心の話題がトリシアには見えてこない。


「そういえば、トリシア、君は更新手続きないの?」

「え?」


何の更新手続きなのか、さっぱりわからない。

目を白黒させて困惑させている間に話が進んでしまう。


「まあ、ふつうはトリシアの親御さんとか親せきの人がやるんじゃない?トリシアの家ってドラゴンとどんな所縁があるのか、そう言えば聞いてみたことないな…」

「わ、私の家はえっと…お父さんがこの山のあたり…牧場で働いてて」

「へえ、ドラゴニスタとは?」

「その、私実はみんなが言ってる『更新』とか『手続き』とか『協会』とか分からなくって…もしかしたら私の知らないところでやってたのかもしれないけれど……」


嘘をつく時は不自然に話しすぎてはいけない。

事実をうまく織り交ぜながら…話せば嘘も自分の中では事実になる。

 

「なんだそういうことか」

納得してもらえたのか、ホッと息を吐いて「教えてくれない?」と頼む。


デミトリが人差し指を立てて解説しはじめると授業が始まったような錯覚に陥る。


「まず協会って言うのはドラゴニスタの支部のことなんだけど、ドラゴニスタに所属して資格何かを持つと年に2度報告しないといけないんだ」

「この近くの支部じゃ駄目なの?」

「そうだね、それが一番便利なんだけど、家系図をまるまる保管しているのは地元の協会だし…地元を離れて勉強したりするのは珍しくってね」


へえ、そうなんだ、と適当に相槌を打ちながら自分もしなければいけないのだろうかとぼんやり考えこむ。


「おれたちは大抵ドラゴンに関係する地母信仰の残る土地が出身で、教会…チャーチの方の教会ね、教会の関係者だったり、ドラゴンの墓標の守り人だったりするんだ…たしかマーティーとグラハスはそうだったよな?」

「ああ、そうだな、その家系の末席だ」

「ちなみにチェキは代々研究者ドクターを輩出してきた名家の出身でこのパターンとは違う」

私が思わず笑みをこぼすとチェキは困ったようにそっぽを向いた。

「そんなたいそうな家じゃない」


「トリシアの家ももしかしてそうなんじゃない?」

「ええ?」

「ほら、ここの山のふもとにドラゴンの信仰にかかわる教会があるって聞いて、もしかしたらってずっと思ってたんだ。この塾だってそういう下地がなきゃ作れない、ここの教会の子ってどこで勉強してるんだろうって…ただ単に協定年齢に達してなかったんだな!」

「え?えっと…でも私何も知らないし」

「親戚とかご両親とかがやってただけだろ?トリシアはその…女の子だし」


両親という言葉を発せられるたびに胸がズクンと痛むのはいつまでも慣れないものだった。

しかし両親が他界していることを言ってしまうと…いろいろとややこしくなってくる。黙っておこうと決めたのは自分だ。この痛みも自業自得だ。

 


「ほらトリシア、教会で何かお手伝いとかしてなかった?」

「教会で………」


ふと、そう促されて考えこむと頭に引っかかるものがいくつもあった。

クリスマスやイースターはもちろんのこと聖歌隊もしていたはずだ…両親が何をしていたかは知らないが、少なくとも私はあの教会に良くしてもらっていた。


それに、だ

父も母も葬儀は教会に任せていたけれど、実際にふたを開けてみれば葬儀自体が偽装されていた。空の棺桶を見おくるというのに、教会がそれを了承も黙認もするはずが無いじゃないか。

ドラゴニスタと何らかの関係、それも昨日今日程度の関係ではなくもっとずっと長く強い関係が無ければそんなことは不可能だ。

ギアが私の家の来歴を語った時のことを思い返して、代々のルルーを名乗る家系がここでシャルロッテと共に生きて、死んでいったのだとすれば納得がいく点も数多くある。



急に真剣な顔で黙りこくったトリシアに何と声をかければいいのか分からない男たちは互いに「何かまずいことを聞いた?」と目配せし合う。


「ご、ごめんなトリシア!そうだよな!事情があるよな!普通は娘よりも息子を育てるっていうのに突然家のことを根掘り葉掘り聞くなんて無神経だった!気にしなくていいか…ら」


トリシアはデムの言葉を最後まで聞かずに無言で立ち上がった。がたんと椅子が音を立てたのがやたらと耳に大きく響いて、ぐっと言葉を飲み込んでしまう。

そして彼らは思う、このこんなに迫力があったっけ?


「みんなには悪いけど、私ちょっと調べなきゃいけない事があるから早退する…」

「え?」

「だからレイリエス先生にはうまく誤魔化しておいてほしいの、お願いしてもいい?」

「あ、ああ、別にそのくらいは全然問題ないよ、でも、どこに?」

「……教会、に。たぶんそこが私の家系を保管してる協会も兼ねてるはずだから…更新?に」








荷物をまとめて教室を出てすぐ、トリシアは目を見張って、唇を歪めた。


「シン、とアランも…えっと、今日は先に帰るね」


何でもないように振る舞うのがこれほど難しいとは思わなかった。

よりにも寄って、誰よりも仲良くなったアランが家の地位を重んじて、親切にノートの取り方や教科書の使い方を教えてくれたシンが自分の家の生まれを蔑んでいる…。



どうして私は、特別な家に生まれてしまったんだろう。

そんな仕方のことを一瞬でも悔んでしまった自分の弱さが胸に針を刺す。


アランが寂しげな笑みで「いいんだ」と手を振る。


「そっか、トリシーはここの…教会の子だったんだね」

「ち、ちが……!」


そうだ違う、本当はもっと重い使命と名前を背負っている。しかもそれは厄介なことに家ではなく自分自身が選んで背負った物だ。

その違いは彼らにとっては大して違いのないものであることにかわりはない。

トリシアが弁明をしようと唇を開いても、彼らの耳に、心に届くかどうかわからない。



「全部…聞いてたの……?」


2人は静かに頷いた。

「私の事も…みんなと同じように…線引くの?」

何も言わない2人をまっすぐ見返すと、視線に耐えきれないとでも言うように視線を逸らされて。

その何気ない仕草に思っていたよりも重い衝撃を受けた自分に驚く。

慣れ合いも関わりもしていない浅い付き合いをしていたつもりがまさかこんなに、心の面積をとっていただなんて。

 

 


「いい、別に、何とも思わないから、好きにすればいい」

突き放すように言った一言が、どうしてだか自分の胸をえぐるように傷つけた。

それを無視して、トリシアは塾の教室を、今度こそ本当に後にした。

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