誘拐された女の子(3)
「スミユキ!」
「トリシア、体はもう大丈夫なのか?」
夕日に茜く染まる階段を軽やかに降りてくる少女を待ちかまえるように彼は立っていた。
まあね、と苦笑を浮かべる顔は健康的な血色で、それまでの彼女とは比べ物にならないほどだった。心の中で体調まで気遣えなかったことを反省する。
「見て、スミユキの事びっくりさせようと思ったんだ」
すらりと片腕を伸ばすとつつーっと小鳥のようなものがつたって下りてきた。
澄幸は本当に小鳥かと思い目を瞬いたが、それはトリシアの腕から手に指先に吸いつくように、舞うように翼を羽ばたかせて彼の目の前におどりでた。
「こんにちはスミユキ!」
彼も珠姫と同じように感激したように息を飲んで、そして笑みを浮かべた。
「もしかしなくても、シュトだね、とっても愛くるしい姿だ」
「窮屈だから、飛んでまわりたいって言うんだけどいいかな」
「全然!これなら僕の所にも遊びに来てくれるかな?」
「いいよ!」
シュトはリスのようにトリシアの指先から肩まで駆け上ってそして、またそわそわと体や翼や尾を動かす。
「何歳?」
「まだ生後9カ月くらい、精神年齢もかなり低めだよ」
「うわー、そっか!ちっちゃいんだな!」
「この格好も魔法でかなり体を小さくしてるんだけどね」
ひとしきり話し終えると、一気に空気が静かになった。
澄幸は口を開く。
「たぶん、トリシアは何か大きなことを決めてくれたんだろうなと思ったんだけど」
照れくさそうに髪を掻き上げて「うん」と頷く。
「滞在期間を、やっぱりこちらから申し出ておこうと思ったんだ。さすが、勘がいいね」
澄幸はただ単に占いの迷走が正常に働きはじめたから、自分の知らないところで何かが迷い決断されたのだろうと思ったのだが、これも勘とひとくくりにしていいものなのだろうか。
「私たちは、スミユキがドラゴニスタとの会談のテーブルについてくれるまで、ここに滞在しようと考えています」
「…ってそんな無茶な!」
抗議の悲鳴を上げたのは誘拐犯側であるはずの澄幸の方だった。
愕然とするあまり、二の句が継げない。
「うーん、まああなたが3、4年私と一緒にいるっていう未来について考えたの。たぶんそこには自分の意志と目的が無いと、私といえどあり得ないかなあ、とね……だったらその間にできることって限られてるじゃない」
「~~~~~~っ!」
眩暈に耐えるように澄幸は壁にもたれて眉間をもんだ。
そう、彼女の言う通り、彼女の言っている事や考えている事は限りなく正しい。
そして、占った事が揺らいでいた事実、正常に働きはじめた事実を鑑みると、おそらく、彼女の望むようになる可能性が高い。それも占えば全てが明らかになるのだが。
しかしそれはあまりに衝撃が強く、受け入れがたいことだった。
忌々しき事態だ。これは。
「…きみは、実はとても強かな女性なんだね……」
「あら、実物を見てがっかりした?」
腰に手を当ててかわいこぶって首をかしげる姿を見て苦笑する。
「全然、むしろ予想以上に僕の好みの展開かもしれない」
そう、採択された未来は彼女の希望をかなえると同時に、澄幸の希望もかなえるのだから。俄然、この先にぎやかな日常が訪れる事が保障される。
「…了承しよう。君は僕の首を縦に振らせることに専念するといいし、僕は君に出来るだけ長く留まって貰えるように応戦する」
「じゃあ、交渉成立ね、…タマキ!やったよ、作戦通り!」
「珠姫だって?!ついに寝返ったのか!」
2階の廊下から隠れて様子をうかがっていた珠姫が笑いを噛み殺しながら顔を出した。
「人聞きの悪いことを仰らないでください、主。私は相談に乗って上げていただけですよ?」
「珠姫~~~~っ!」
澄幸が歯ぎしりするほど悔しがる。
「いいじゃない、私も当分あなたの組織にお世話になるんだから連るんだって」
「この調子で基彦と暉臣まで陥落されたらと思うとゾっとする」
「スリリングじゃない?」
楽天的なトリシアの口調に本格的に身の危険を持つ。決して、決してこの楽天的な娘のペースに乗るものか。
「で、すごく言いにくいんだけど…」
今までのスムーズな会話が嘘のようにトリシアの言葉が濁り淀んだ。
澄幸は年上らしく、出来るだけ柔らかい笑みを浮かべて急かすことも促す事もなく言葉を待った。
伏せ目がちだった瞳を持ち上げる。
「誘拐、って言うことになってるけど、死人扱いされると困るし辛い人がいるから、手紙を書かせて欲しい…、どんな形でもかまわないから届けてほしいの」
「うん、電話やメールだと無理だけど、手紙ならなるべくこちらの居場所が分からないようには出来るから、了承しよう」
みるみるうちに彼女の顔がぱあっと明るくなる。
こういう表情を「花が咲くように」と人々が形容するのだろう。その言葉に相応しいだけの力がある。
「それでは、さっそく便箋の準備をいたしましょう。トリシア、一緒に選びますか?」
「選ぶ!」
珠姫のいる2階に風のように駆けあがってあっという間に廊下の向うへ彼女の姿が消えた。
と、思って澄幸は苦笑を浮かべて踵を返したのだが、小さなドラゴンが翼をぱたぱたとせわしなく動かして彼の周りを旋回していた。
「シュト、君はついて行かなくていいのかい?」
「シュトは、トリシアがいいならいいけど。スミユキのところの人がしたこと、許そうとはおもってない」
「…そうだね、君にはそれをする権利がある」
澄幸は少し悲しげに目を伏せた。
この小さなドラゴンにはそうすることでしか解決できない痛みを植え付けてしまった。少なくとも、情報としてこの子たちに自分の組織の名を騙る連中がした事を知っている。
シュトは旋回しつつも言葉を重ねる。
「でも、シュトはスミユキたちのことを信用してもいいかなとも思ってる」
「矛盾してるけど、まあ君の気分次第だ」
「スミユキは、トリシアにひどいことしたりしないよね」
こんな小さな子に釘を刺されるとは、と少々忸怩たる思いに自嘲の笑みを浮かべる。
しかし瞬時に表情を引き締めて姿勢を正した。
「僕は、そういうことをするつもりはない」
シュトはもう一度くるりとまわって「そっか」と返事をした。
返事が返ってきた時には目の前でシュトの姿がぐにゃりと歪んでとととっと床に足音が落ちてきた。
小さなドラゴンの姿はもうそこにはなく、澄幸の背の半分にも満たない程の子どもが立っていた。
「じゃあ、シュトはあんまり悪だくみしないでおく」
悪だくみ、という言葉に笑いがこぼれる。
可愛らしいのにとんでもないことを言う子だ。真剣な眼差しを見ると、たぶんこの子なりにトリシアを守らなければという使命感をもっているのだろう。
「シュトー?どこにいるの?小さくなるのは良いけど勝手にふわふわしないでよ」
「わかったー!いま行く!」
シュトは階段の段差に気をつけながらのぼり、中腹辺りで澄幸を振り返った。
「じゃあ、スミユキやくそく忘れないでね」
頷き返すと、今度こそ振り返ることなく階段を上りきってトリシアの声のする方へ駆けて行った。
今回、金曜日に更新する予定だったのですが
当日に更新する事が難しそうなので予約掲載機能を使っての更新になります
不具合さえなければ金曜日に皆さんのお目にかかることが出来るはずです
よろしくお願いしますね!
誘拐された女の子、ではトリシアのへこんだ姿と立ち直る姿を書かなきゃと思い立って書きました
ちょっと嫌われる表現も使いましたが、
その表現を使ったことに後悔や申し訳なさはないので謝罪はできません
では活動報告の方もここで済ませてしまったかたちになってしまいますが
次回の更新は月曜日になるので月曜日にお会いしましょう
では読んでくださってありがとうございます!
次話も乞うご期待☆




