誘拐された女の子
数日経って。
トリシアの部屋は他の部屋と比べなくても彼女に居心地のよいしつらえになっていたと思う。
アンティーク家具の価値は今のところ未知数だけど、ぬくもりのあるミルキーブラウンの色合いで統一されていた。
淡い空色のソファは値が張る割には威張っていない。座り心地は別格だけど。
そこがトリシアの定位置になりつつあった。
猫足のソファが実は憧れだった。
丸椅子も、木目の床も、掛け時計も、ベットサイドの小さなランプもすごく好みだった。
日の入る縦長の大きな窓が丸く柱を囲うように5つあるのもとても気持ち良かった。
シュトは家のベットよりも大きいからトリシアと一緒に眠れると知って大変ご満悦の様子だった。
ああ、本当にこれって誘拐されてるのかな?
っていうか、何回言ったっけ?
食事はリビングで三食きちんと食べる。
なので朝は叩き起こされる。それも尋常じゃない時間に。
…と言っても弓場に行ったり馬場に行ったり塾に行ったりしていたおかげで、5時半におこされたって苦じゃないけど。苦じゃないけど。
「トリシア、おはようございます。身支度ができましたら階段を下りてきてくださいね」
と爽やかな、とても早朝に起きたとは思えない笑顔で起こされるとびっくりはする。
珠姫は普段着が和装でとても楚々とした女性だということがだんだん分かってきた。食事や洗濯、掃除、といった家事全般は彼女がすべて行っている。しっかりした女性だ。
思ったことをすぐに言葉にしてしまうところはトラブルの種だけども。
洋館の部屋数は相変わらず謎のままなのだが、自分は何部屋か何十部屋のうちの一つに住まわせてもらっている。
そして澄幸や基彦、暉臣も住んでいて珠姫も住みこんでいる。
3人とも住んでいるというよりは澄幸の事が気になって離れられないようにもみえなくはない。
身支度は手早く整える習慣が染みついているので「ゆくっりでかまいませんよ」と言われても無意識に体が動いてしまうのだから笑ってしまう。
あんなに贅を尽くした生活をしていたのに。
鏡の前で顔を洗って、髪を梳いて整えているとフラルの細い指が髪を撫でる感覚が蘇ってくる。
涙が零れおちても、顔に着いた雫に紛れて分からなくなる。
フラルは、たぶんとても心配してると思う。
どうせ同じ日に別れるのだと分かっていても、自分の安否も分からないような状態で、それも得体のしれない組織に犯行声明を残されてしまうような別れ方はあんまりだと、たぶん私をなじっているはずだ。
フラルだけじゃなくて、本当はもっと心配をかけている人がいることも分かってる。だから思い出すと喉の奥が締め付けられて苦しくなる。
「トリシア…今日はよしとこう?シュトが言っとく」
洗面台の前に立ち尽くしているトリシアのブラウスの裾をシュトが引いた。
「…どうせ誰かが様子を見に来るんだから、一緒よ」
「一緒じゃないとおもう」
「一緒!」
跳びはねて主張するシュトを怒鳴りつけた。
「…どうせ同じだもん」
半ば自分に言い聞かせるように言うと、シュトはやや釈然としないままトリシアの後をついて行った。
少し自己嫌悪をしている。
シュトの言っている事の方が正しいのに、自分はそれを捻じ曲げた。
鏡に映った自分の顔は真っ白で、お世辞にも健康とは思えない。
「鏡が古い所為だ、きっと」
これも事実を捻じ曲げていると、分かっていた。
階段を下りる道順だけはようやく覚えた。珠姫は階段の下で待ってくれている。リビングまではトリシアひとりでたどり着けないからだ。
シュトはどこにどの部屋があるのかもう覚えたようだが、珠姫はあくまでもてなす態度を貫きたい様子で頑なに譲ろうとしない。
もしかして、気に入られたのかな…?
監視、というようなことをする人ではない。
トリシアとシュトの足音で分かったのだろうか、彼女はすぐにトリシアの方を見やった。
「トリシア、あなたはずっと私の言葉をはぐらかしてましたけど、やっぱり顔色が良く見えません。今日は違うお部屋で朝食をとると伝えておくので部屋でお休みになってらしてくださいまし」
「嫌だ」
即座に言い返してきたトリシアに怪訝な眼差しを向ける。こんな風にきっぱりと言葉を返してくるのはこの洋館に来て初めての事ではないだろうか。
澄幸とのやり取りはカウントに入れない。
半ば投げやりな言葉をトリシアは好まない。
「疲れていたり、不愉快ならそう言ってかまわないんです。この珠姫にそう言ってください」
「タマキ!今すぐトリシアを部屋に閉じ込めて!ぜったい無理してるんだから!」
思いもよらぬシュトの援護射撃にトリシアはたじろいた。
シュトの言動の方がよっぽど誘拐犯らしい気もしなくはない。シュトの言葉に珠姫は態度を強めた。
「…やはり、そうでしたか。主たちは少々強引すぎますし、桂林も慣れない土地だったにもかかわらず再び慣れない土地に連れてこられて平気なわけがないと思っていました。ちゃんと言ってくださらないと、困ります」
「で、でも!」
「信用できませんか?」
「そ、そうじゃない」
珠姫の声は少し悲しそうだった。でも信用できないわけじゃない。
「お部屋に戻りましょう、無愛想な私でよければお話を聞きます」
彼女が慣れない冗談を使うので、一瞬、心に隙が出来てしまった。
肩を抱かれてまわれ右をさせられて、そこではじめてトリシアは他人に涙を見せた。
「家に、帰りたいの…っ」
気がつくと言葉が胸をつきやぶってこぼれ落ちた。
泣く気なんかないのに、足に力が入らなくなって珠姫の着物を握り締めてしがみつくようにすがった。その声は子どものようだった。
「家に帰りたいっ」
「お家は、恋しいのが当たり前です」
「うわあ…っ」
珠姫は姿に似合わぬ力でトリシアを抱いて、もと来た道順で廊下を戻った。
「私が、誰かに似ていますか?」
こんな風に簡単に泣きすがるような娘でないことは珠姫にも分かっていた。
珠姫とて人の姿をしていようと軽く3千年は生きた龍なのだから。
「…似てる」
鼻をすすりながら、フラルとローリエを思い出した。
何の糧にもならない。涙と寂しさと申し訳なさしか感じない。
「…そうですか。では、私がいると辛いでしょう」
「…どうせ、正規の道順で家に帰ったって、二人とは会えないことになってたから。タマキの所為じゃない、割りきれなかっただけ、私が中途半端だっただけ」
「それでも、お別れの挨拶くらいはきちんとしたかったでしょう」
悲しいのは、目の前にいる彼女や彼らの所為ではない。
いつの間にか背中にまわされた手が温かくて心地いい。
シュトが頭を撫でるリズムが心地いい。
それから子どものように声を上げて泣いた。半ば気を失うように泣き疲れて眠った。
何度か目を覚ましてそして何度も眠りに落ちた。
珠姫はいなかったけど、シュトはずっと自分の頭を抱いてくれていたのは思い出せる。
おおよそ3日、ベットとソファを行き来するだけの生活を送る。
シュトは本気で閉じ込める算段をつけていたけれど、トリシアも外に出る気にはならなかった。泣き疲れて眠ると朝鏡の向こうに悲惨な顔が映っている。
でも、それでもずっと顔色はましだった。
3食のご飯は珠姫が持ってきてくれて、そこで日本の昔話をシュトと二人で聞くのが1日の日課であり楽しみだった。
珠姫はいじわるをしてときどき「カイダン」という怖い話もしたけれど、キャーッと悲鳴を上げると気分が良かった。
それからこれはその数日の間に気づいたことなのだが、珠姫が笑うとえくぼができてかわいい。
DPartyの実態を書こうとするとどうしても
彼らの立場や役割や小説の中の立ち位置を自分の中で明らかにして
そのうえで彼らの話をトリシアに聞かせるわけですが
…極悪非道なことが出来ないんですよね、愛着がわいて(笑)
小説を書く側の人間として駄目だなあと思いつつも
澄幸や珠姫にひどい事をさせられないんです
でも、刺激は必要だと思うから場面に応じて何にでも使うけどね!
今回も読んでくださってありがとうございます!
次回の更新予定は月曜日です!
次話も乞うご期待☆




