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sheath‐鞘姫‐  作者: 肇川 七二三
Only Stage(ドラゴニスタ総会編)
139/225

ドラゴニスタ 総会(3)

グラスに注意を向けていなかった所為か、どうやら何杯かアルコールを飲んでしまったらしい。高級で口当たりがいいので、アルコールがまわるまで気づきもしなかった。

それにしても、誰かが注意してくれてもよさそうなのに。

「トリシア、酔ってる?」

「そう見える?」

抱っこが気にいったのかシュトがちょっと顔を離してトリシアを見る。黒目がちな瞳の周りは赤くなっていて腫れぼったそうなのが目に痛い。

「しんぞうの音が、急に早くなるからすぐに分かるよ」

少し鼻声の幼い声が耳に心地いい。

挨拶もしつくして、何人かの人にはシュトがこれから大きくなった時に、手助けをしてくれるという約束も取り付けられたし、親密かつ和やかな関係を築けたので大収穫といっていいだろう。

しかも、いわゆるシュトの子育てを一介の人間にすぎない自分に任せてもらえたことも信じられないくらい大きな成果だ。

そもそもシュトは自分の手の中で育てられると無根拠に確信していたのに、それが叶わないかもしれないと分かったのはここに来て多くの家のドラゴンと人間の関係を見て知ってからだった。

人の手で育て上げるには限界がある――――。

「まずい、結構酔ってるかも…」

自分らしくないマイナスなものの考え方は天敵で、涙腺を攻撃する。

ばれないように少しずつ壁際に寄ってあまり人中にいないようにしなくちゃ。

「トリシア、やっぱり酔っぱらってるでしょ」

「酔ってる…」

うーんと呻いて軽く壁にもたれかかる。

軽くうとうとする。

ローリエはローリエの仕事の関係者に挨拶し回ってるし、ブラムスはお酒目当てであっちこっちの輪に入って話し込んではグラスを空けている。

ギアはどこだろう。せめて塾の誰かがいてくれたらいいけど、思ったよりも人多いし、広いんだよなあここ。

ふっと、室内にもかかわらず風が吹いた気がした。暖かくって海を駆け巡る磯の匂い。

パッと目を開くと筋骨隆々の大きくゆったりとした雰囲気の男、海神が隣に立っていた。

「ああっ!」

「指をさすでない、そして嫁入り前の娘が酔っているとは何事だ」

「不可抗力です。言いたい事は私にだってたっぷりあるんですからね!散々逃げ回って!」

うっと言葉に詰まった様子を見ると、少なくとも逃げまわっていた自覚があると言うことだろう。

「今日の姿も可愛らしいぞ」

「海神、もうあなたの思うような反応を気軽には出来ませんよ?」

頤に手をかけようとした手を片手で制する。

「ふむ」

彼はもの憂さげに息を吐いて腕を組む。

「しかしあまりそのような格好をされると面白くないな。何か羽織りなさい」

「独占欲が強いと若い女の子に嫌われますよ」

「ふむ」

顔に面白くないと書いてある。分かりやすい人だ。

「海神、私はあなたの友人にはなれても、恋人や伴侶にはなれません」

「…いきなり、直球だな」

「変化球の方が良かったですか?今、私酔ってるんで酔った勢いで言ってしまいますからね」

彼は吐息で笑う。

「我は、それでも傍におってもらえれば満足だ」

「…でも私は、長く傍にいればいるほど、あなたの幸せを願うはずです。幸せな家庭やあなたの子どもをあなたにあげたくてもあげられなくて、苦しくなる日が来るはず」

トリシアはきちんと向き直って艶やかに笑った。

「あなたでは、女の幸せを叶えられないんです」

なぜ笑えるのか。それは海神の理解を超えて、そしてその笑みはなおさら彼女を手に入れたくさせる。

「お前にとって我では駄目でも、我の気持ちは変わらんぞ」

「それが続くのも精々100年がいいとこですよ」

「そんな夢のない…我は数十年後の未来よりたかだか数分の今の方が大事だ、今のお前がいいと我が思っているのだ」

「放浪に明け暮れてほったらかしにせずこまめに私の所まで来てくれますか?」

「…確約はできぬなあ」

そこで出来ると言わないところが彼らしくて肩を揺らしてくすくすと笑った。

笑うたびに彼女の白い髪の毛先が跳ねて踊る。

「じゃあ、私も約束はできませんねえ」

「お互いさまではないか」

海神が唐突に「おっ」と声を上げた。

「どうされましたか?」

「いや、人を殺しそうな目つきでこっちに来る輩がおる。逃げねば」

あたふたとする姿を見てげんなりと息をつく。

「殺されそうな心当たりがあるんですか?そうやって私からも逃げていたんですね…。まったく」

「まあ、またしばらくしてほとぼりが冷めた頃に会いに行く、ではな」

言うより早くあたりを満たしていた暖かい空気ごと海神が場を離れて、トリシアの目でも見えなくなる距離まであっという間に消えてしまった。



「くっそ、あのジジイ逃げやがったな!」

「人を殺しそうな目つきでこっちに来る奴がいるからって逃げてった」

「トリシア、君はまた性懲りもなくお酒を飲んだね。いくら口当たりがいいからって、渡されたものを確認もせずに受け取っちゃ駄目だぞ」

ギアは母親のごとく小言を浴びせかかるが小言はきれいさっぱり右耳から左耳へと聞き流されてしまった。

「レイたちは?」

「これから専攻する分野の資格に明るい家柄の人たちと連絡を取ってたらしくてな、何人か面倒を見てもらえるように取り計らってた」

「えっ?」

硬直した彼女の顔いっぱいに驚きと困惑と不安が滲んでいる。

追跡者シーカー保護飼育士ガーディアン研究者ドクター龍乗ライダーり、全部の資格に精通するのは難しいし、専門家の下で資格を取って働いたほうが将来仕事がしやすいのは事実だし、…ってなんで泣きそうなんだ」

「みんな、塾を出て行っちゃうの…?」

「将来的に、だから、頼むから今動揺しないでくれ」

「やだ…」

「私は居なくならないし、レイやマーティやグラハスだってあそこが職場だ」

「嘘だぁ…ローリエにこの先3年分のお給金とタダ働きを握られてるじゃない!」

「ぐっ…」

相変わらず鋭い娘だ。的確に弱みを突かれる。

なだめて誤魔化すその場しのぎの言葉は彼女には通用しない。

しかし、アルコールが入ると、感情の発露が更に素直により豊かになる。

心の中に留めて隠す本音もきっと自分が思っているより多くあるんだろうなと、涙目のトリシアを見て思い直す。

「それでも、私はちょくちょく顔を出すし、自己管理を怠りがちな君のために目を光らせておかないと気が休まらない」

「レイがいるもん…」

「えっ?まだ住み込む約束って有効なのっ?!だめだめだめ!絶対駄目だってば!」

「ああ、そういえば、ギアが健康になってローリエが一緒になってからは寮に戻ってたね、じゃあ一人暮らしかあ…」

彼女の言葉に本気で胸をなでおろして安堵したのはばれていないだろうか。

ポーカーフェイス、ポーカーフェイス。

「…ねえ、散々ダンスのお誘いを受けたけど、ほとんど誰も踊ってないのってどういうことなの?適齢の女性が極端に少ないからなの?」

会場は穏やかなクラシックが流れていて、雰囲気もいい。3,4組のカップルが踊っているがそれ以外は談笑していたりするだけだ。

「ああ~、あれはねおうち同士の婚約が済んだカップルか夫婦だね、ビギナー…有資格者でない女性がこういうところに呼ばわれることが少ないから、男女比がいびつなんだ」

「ふうん、断っといてよかった」

「でもドラゴンはそういう誘いを受けると、ああいう風には踊らない」

「どういうこと?」

「ドラゴン同士のダンスの誘い文句は同じでもやってる事は全く違う。『一緒に空を飛びませんか』っていう意味に変わるんだ」

今頃外は賑やかなんじゃないかな、というひとり言は彼女の耳に届いただろうか。

現在席をはずしている多くのドラゴン、主に成人したばかりの若者(…といっても最低でも千年は生きていなくてはいけないのだけど)は会場の上を飛び回っているだろう。

龍の母語で歌を歌い、天燈(火をともした気球のような燈籠)を浮かべた空を踊るように飛ぶ。

それが、本来のドラゴニスタのパーティ、百年に一度の羽目外し。

「ロマンチックだなあ、数千年生きてる割に年甲斐もなく可愛いことするんだなあ」

彼女が笑うたびに真珠のように白い髪が跳ねて揺れ踊る。

「ところで私が誘ったら、トリシアは受けてくれるのかな?」

ギアからは丁度トリシアの顔が零れおちた髪に隠れて見えない。

常々思うのだけど、その前髪はずるいんじゃないかな。

「私は割と本気」

「う、え、ええっと…!」

どうやら大変混乱しているようなので、自分好みの反応をしてくれているらしい。

おとなしく、黙って待つ。

「…あの、空を飛ぶ方だったら…いい」

と思います、と控えめに付け加えられた語尾はほとんど囁くような声で、いちいち可愛らしいのがいじらしい。

「仰せのままに」


さてドラゴニスタ総会の話を書いていますが

トリシアたちにスポットライトをあてて書いているので

なかなかドラゴンの事が書けてないなかったのだけど、

ドラゴン(若者)にとって総会は親戚が寄ってたかって集まって近況を聞いてご飯を食べる~くらいのもので、羽目をはずしてるところらへんを

今話でちらっと書けて満足ぎみ


うーん、ドラゴニスタ総会って人の思惑は赤外線センサーのごとく張り巡らされてる割に当のドラゴンたちは娯楽なんですよねえ


こんかいもよんでくださってありがとうございます!

次話も乞うご期待☆

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