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夜を知り、影を焦がせ

 能力の限界について知るべきだ、と思った。

 焦土がそのことを進言すると、スティーブンソンは同意してくれた。エーテルの扱いに長けているフロージアにも意見を仰ぎたかったが、当の魔女は寝床から出てこなかったので、聞けずじまいだった。爬虫類なので、体温が上がり切るまで時間が掛かるのだ。

 蒸気式万能武装図書館アイオロス号が目的地に到着するまでは、まだまだ時間が掛かる。その道中はアイオロス号の点検や整備以外には特にやることもないので、練習には打って付けだった。ソリと同じ仕組みで硬く締まった雪原を滑走しているので、最大時速は80キロほどだが、燃費が悪いので普段は時速40キロ程度である。周囲の景色が一面の大雪原で全く変わり映えしないので、体感速度はもっと遅いのだが。

「ふーむ」

 アイオロス号の左舷のデッキに出てきたスティーブンソンは、赤い単眼の瞳にレンズを被せ、遠方を凝視した。

「ひとまず、あれを撃ってみたまえよ。その威力に応じて、義手とブーツの改造を進めようではないか」

 スティーブンソンの円筒形の指が指したのは、雪原にぽつんと立っている氷山だった。

「何百メートル先にあるんだ?」

 焦土が目を凝らして小さな氷山を見据えると、スティーブンソンはレンズを外した。

「直線距離で五キロは先である」

「いっ?」

「遠くから見るから小さく見えるのであって、実際にはかなりの大きさの代物だとも」

「撃ったところで、当たる保証はないんだが」

「いやいや、当てる必要はないさ。目標が必要だというだけだ」

 さあさあ、とスティーブンソンにせっつかれ、焦土は左腕の手袋を外してベルトに挟んだ。言うまでもないが、このベルトも金属の布で作ったものである。ブーツも右腕の義手も未完成なので心許なかったが、足の裏に意識を向けると氷のように冷え切っていた鉄板が温まったので、踏ん張りが効くようになった。足を広げて左手を掲げ、片目を閉じて人差し指の先端を氷山に合わせた。

 体を取り巻くエネルギーの原料、エーテルを意識する。すると、電流を走らせたかのように意識の範囲が拡張し、アイオロス号どころか下の雪原にまでも感覚が広がった。雪の中に宿るエーテルを通じて鉄の重みと熱を感じてしまい、焦土は思わず肩を竦める。

「うわっ、なんだこれ」

「慣れるまでには時間が掛かるとも。焦らずに行こうではないか」

「お、おう……」

 スティーブンソンに宥められ、焦土は一旦深呼吸したが、その際に意識を向けてしまったせいでやけに熱い息が出た。それを出来る限り内側に引っ込めてから、改めて左手の人差し指で氷山を指す。

 ぢりっ、と脳のどこかに熱が走る。肌よりも深い部分から熱が生じ、神経よりも尖ったものが形を成していく。実体のないものを掴み取るのは難しいことだが、そこに在るのだと認識してしまえば、在るものを捉えることも不可能ではないはずだ。

 指先から火の粉が散り、それを放つイメージを凝縮すると────一直線に炎が走った。不定形な炎の塊は、己の炎を推進罪にして焦土の元から逃げ出していく。だが、出力が今一つ足りなかったのか、ほんの十数メートル飛んだだけで墜落し、雪に突っ込んでじゅわっと消滅した。

「難しい……」

 焦土が首を捻ると、スティーブンソンは雪原の小さな穴を見下ろす。

「下手に加減しようとするから、やりづらいのでは?」

「だが、能力の上限も解らないうちにぶっ飛ばしたら、アイオロス号がひっくり返りそうな気がする」

「なあに、その時はその時だ」

「適当なことを言いやがって」

「何事も冒険しなくては、始まるものも始まらんぞ」

「今はその時じゃないと思うが」

 スティーブンソンの意見に苦笑しつつ、焦土は左腕をぐるぐると回した。今度は指先ではなく、手のひら全体に意識を向けた。ぼんっ、と乱暴な炎の塊が出来上がったので、それを投げた。

「お?」

 今度は先程よりも飛距離が伸びたが、やはり墜落する。

「なるほど、思い切りが大事なのか」

 だったら、もっと意識を強く向けてみよう。焦土は左の手のひらを睨み付けると、頭よりも大きい炎の塊が出現した。それを大きく振りかぶって投げてから、もう一つの炎の塊を作り、炎の筋を辿らせて後方からぶつけると、双方の勢いが合体して飛距離が倍以上に伸びた。

「おお、おおおっ」

 なんだか楽しくなってきた。

「うわははははははは」

 焦土は同じことを何度も繰り返し、炎の塊を撒き散らした。容量が解ってくると、こんなに面白いものもない。焦土自身の体力や精神力ではなく、エーテル自体を変質させているので負担も少ないこともあり、ひとしきり遊んだ。

「何してんのよ」

 すると、覚醒しきっていないフロージアがのっそりと現れた。ゆったりとした寝間着を着ていて、頭髪に似た羽毛も三つ編みが解かれていて、ぼさぼさだった。

「騒がしいし、エーテルが減るから息苦しいったらありゃしない」

「え? エーテルって減るのか?」

 焦土が小さめの炎の塊を放り投げると、フロージアが尻尾でだんだんと床を殴った。

「減るに決まっているでしょ!」

「ああ、そうか。言い忘れていた。氷河期が到来してからは植物が育たなくなったせいで、酸素濃度が著しく低下したんだが、その代わりに皆はエーテルで呼吸を補っているのだよ。我が輩も蒸気機関のボイラーを暖めるためにはエーテルが必要ではあるが、呼吸しないものだから、その辺を失念していたのだなぁ」

 スティーブンソンが笑うと、フロージアは氷の塊を降らせて蒸気男爵を黙らせた。

「あんなもん、どうってことなくってよっ!」

 そう叫ぶや否や、フロージアは空中を平手打ちした。と、同時に恐ろしく巨大な氷の槍が出現し、ダイヤモンドダストを噴出しながら一直線に雪原を駆け抜けた。数秒後、件の氷山に突き刺さり、ものの見事に粉砕された。

「二度寝するわ」

 欠伸を噛み殺しながら、フロージアは身を転じて室内に戻っていった。焦土は彼女の後ろ姿と無残な氷山を見比べたが、呆気に取られるしかなかった。自分の手のひらをまじまじと眺めていたが、焦土はその場に座り込んだ。

「……魔女だ」

 がらがらと崩れ去る氷山の悲鳴を聞きながら、焦土は変な笑いを零した。図らずも手に入れた炎の能力に浮かれてしまったが、上には上がいるということを思い知らされた。だが、結果としてそれでよかったのだろう。下手に慢心したら、大火傷をしてしまう。

「それはそれとして、我が輩を助けてはくれんのかね?」

 氷の塊に押し潰されたスティーブンソンが助けを求めてきたので、焦土はその氷の塊に触れてじわじわと溶かした。

「あの女、えげつないな」

「だが、それがフロージアの魅力でもあるのだよ」

「どこがだよ」

 焦土は濡れた手に意識を向けて乾かしてから、手袋を填めた。

「この世界には、あんな化け物がごろごろしているのか?」

「いいや、そうでもないさ。魔女と呼ばれる娘達の数は、たかが知れている。魔女は突発的に生まれるが、その存在を聞き付けた赤道国家に回収されてしまう。そのまま使い潰されるか、或いはフロージアのように逃げ出すかのどちらかだがね」

「で、その、赤道国家ってのは何なんだ? 裏切り者のフロージアはともかくとして、なんでスティーブンソンまで赤道国家にケンカを売られているんだ?」

 室内に戻った焦土が問うと、スティーブンソンはデッキにはみ出したチューブを引っ張り戻しながら答えた。

「そりゃあ、月に行きたいと願っているからだとも」

「そんなことで?」

「そうは言うがね、焦土よ。月に行くためには何が必要だ?」

 スティーブンソンに小突かれ、焦土は考える。

「宇宙船か?」

「それを飛ばせれば最高なのだろうが、全ての電子回路が死んでいるのだから、それは無理というものだ。現在の我が輩の技術力で、一からロケットを作るに決まっているではないか」

「ああ、あのミサイルみたいな……」

「うむうむ。あれは美しいものだぞ。フロージアは赤道国家に意趣返しをするため、我が輩は夢を叶えるために行動を共にしている。ならば、君はどうだ」

 スティーブンソンに指され、焦土は面食らう。

「俺は……」

「フロージアに所有物にされたからと言って、我が輩達になんとなーく同行するのかね? そりゃまあ、我がアイオロス号から一歩外に出れば雪原以外の何もなく、誰かと出会う可能性は極めて低く、独力で生存するのは難しいだろう。だが、それだけでどうにかなるとは思えないがね」

「それはそうかもしれないが……」

「我が輩はね、焦土が煩わしいわけではないのだ。むしろ、焦土が気に入っている。知識はあるのに経験がなくて危なっかしくて、目を離したくない。だが、惰性で我が輩とフロージアにくっついていると、君までもが反逆者扱いされてしまうのだ」

 スティーブンソンは焦土の左肩に手を添え、がつんと叩いた。

「君自身がどうするのかは、よーく考えてみたまえ」

 さあて作業の続きだ、とスティーブンソンはがしゃがしゃと歩いていった。焦土はその場に取り残されたが、所在をなくした。コンテナの自室に戻って考え込むと、良からぬことまで思い悩んでしまいそうだ。かといって、何をするべきなのだろう。

 けれど、その一方で、自分の意思を尊重されたのが嬉しいと思っていた。かつての自分には、そんなことは許されていなかった。統一政府によって立場を区別され、生きる環境すらも指定され、ベルトコンベアの上に載せられているも同然だった。だから、人間らしい扱いを受けているのはありがたいが、不慣れな自由を持て余しているのも確かだった。

 こんな時、どうするべきなのか。



 考え込むと脳が動くからか、熱が籠る。

 船内の空気が熱くなりすぎると困るし、またエーテルを無駄使いしたとフロージアに苛つかれたくなかったので、焦土は先程とは別のデッキに出ていた。遮蔽物がほとんどないので、吹き付ける風は強烈で恐ろしく冷え切っている。空の色はやけに濃く、薄い雲が真っ青な空にまばらに散らばっていた。

「どうしたの」

 ふと、女の声がした。

「フロージア?」

 それ以外にいないだろう、と焦土は振り返るが、トカゲの魔女はいなかった。その代わりにいたものは、壁に貼り付いている影だった。体型からして若い女性のようだが、影の元となる物体がない。外から光が当たっているのに、影を生み出すための遮蔽物がどこにもない。影だけが、そこに在る。

「……影?」

 焦土が臆すると、影の女の頭に切れ目が出来る。口を開けて笑ったらしい。

「ねえ、どうしたの」

「いや、俺は」

 なんなんだ、これ。焦げ臭い匂いが鼻を突き、焦土は戸惑った。自分自身ではない。どれだけ熱しても火傷を負ったことはないし、髪も服も焦げたことはない。だとすれば、この影の女が焦げ臭さの発生源だというのか。

「あなた、どこから来たの?」

「どこって、それは」

 どこなのだろう。焦土が答えあぐねると、影の女はするりと焦土に寄ってきた。薄い影が焦土の足に貼り付くが、やはり重みはない。

「ねえ、お話ししましょう?」

「だから、その」

「あなたのことを知りたいの」

 そう言いながら、影の女は実体のない手をするりと上げてくる。空虚な影が左腕を這い、焦土の顔に触れかけたところで、影の女の手が止まった。デッキのドアが軋みながら開き、寝間着からいつものワンピースに着替えた魔女が現れた。

「あ」

 焦土が妙に気まずくなって固まると、フロージアは無造作に影の女を蹴り飛ばした。途端に影の女は霧散し、声も聞こえなくなった。

「シャドウピープルよ。あなたがエーテルを無駄に消費したもんだから、ふらふら寄ってきたのね」

「幽霊みたいなものか?」

「さあね。でも、あんまりいいものじゃないわよ」

 フロージアはデッキの手すりを握り、んー、と背伸びをした。ついでに尻尾も伸ばした。

「シャドウピープルは物理的にはちょっかいを出してこないけど、気持ちの隙間に入り込んでくることがあるの。それに引き摺られると面倒だから、今度会ったら、エーテルを込めた手足でぶっ飛ばせばいいわ。そうすれば、しばらくは大人しくなるから」

「そんな、乱暴な」

「いちいち気を遣っていたら、身が持たないわよ」

 フロージアは頬杖を突き、小さな背を丸める。

「男爵に何を言われたの?」

「へ?」

 まだ何も話していないのだが。焦土が戸惑うと、フロージアは横目に焦土を窺う。

「馬鹿ね。私以外に話す相手なんて、スティーブンソンしかいないでしょ? 考えるまでもなくってよ」

「いや……その、身の振り方をちゃんと考えろと言われた」

「ふうん。あいつにしてはまともなことを言うのねぇ」

「だが、今の俺は自分のことすらもよく解らない。だから、選択肢はあるようでないわけだから、身の振り方もクソもないと思ってだな」

「まあねぇ。赤道国家なんかに靡かれたんじゃ、私があんたを奪った意味がなくなってしまうわけだし」

「だろう?」

「でも、考えなしに懐かれても面白くなくってよ」

「ああ、そうかよ。性悪トカゲ女め」

 焦土が口角を歪めると、フロージアはにんまりする。

「でも、あなたと全力でやり合ってみるのも面白そうなのよねぇ。寝起きで体が鈍っているから、相手をしてあげてもよくってよ?」

「いらねぇよ、そんなん」

「あら、実戦に勝る訓練はないわよ」

「何と戦えってんだよ」

「決まっているわ、赤道国家よ」

「俺は戦わねぇぞ」

「でも、他に生きていく手段はあって?」

「う……」

 そう言われると、言い返せない。焦土は腕を組む。

「見ての通り、この星にはなーんにもないわ。食糧を調達するだけでも大変なのよ。たまに出会った獣を確実に仕留めて保存食にしておかないと、あっという間に飢えてしまうのよ。雪と氷の下に海はあるから、魚はいるのかもしれないけど、私でさえも海中の魚を獲るのは難しくってよ。たまに旧世界の産物にも出会うけど、そこで物資が調達出来る保証はない。となれば、確実に物資を持っている赤道国家の住民や輸送部隊を襲撃して奪うしかなくってよ」

 フロージアは尻尾の先端を抓み、軽く振る。

「あなたにそれが出来て? 出来なければ、死ぬしかなくってよ?」

 私利私欲を優先させるのか、それとも理性を働かせるのか。フロージアに突き付けられた選択肢に対し、焦土は何も言えなくなった。それは確かにその通りだ。一万年前の積層都市は移民船団に物資の大半を奪われはしたが、最後まで残っていた下級市民達には細々と食糧が与えられていた。だが、今は違う。

 生きている限り、腹は減るのだから。



 夜が更けると、細い月と星の死骸が現れる。

 ベテルギウスのガス星雲を目の端に捉えながら、焦土は氷山の上に立っていた。その影にはアイオロス号が身を隠し、フロージアは悠然とした面持ちで蒸気釜の付いた杖を手にしている。

 淡い月明かりが雪原に反射し、その物体の影を薄らがせている。炎ではなくエーテルを推進剤として放ちながら、音もなく空中を滑っているのは、金属製の鳥だった。原形は航空機だが、エンジンの類が一切付いていないので、エーテルを扱う者でなければ飛ばせない代物だと一目で解る。つまり、グライダーだ。

 グライダーの通り過ぎた後には、雪の粒子がかすかに舞い上がっていた。絶えず吹き抜けている暴風とは異なる方向に向かうが、すぐさま暴風に巻き込まれて掻き消されてしまう。

「ああ、あれはテンペスタが操っているのね」

 フロージアが呟いたので、焦土は聞き返す。

「それも魔女なのか?」

「風の魔女よ。といっても、大したことはないわ」

「本当に襲うのか」

「食い扶持を確保するためよ」

 フロージアは焦土を一瞥すると、手招いた。

「適当に炎を出して」

「あ、おう」

 言われるがままに、焦土は左手を掲げて炎の塊を出す。フロージアはそれに人差し指を向けてくるりと回すと、氷の膜で包み込む。あっという間に、炎を内包した氷が出来上がる。透き通った氷の中でちろちろと明かりが揺れる様は、幻想的ですらある。

「えーと、……こうね!」

 フロージアは杖を振り上げると、炎を内包した氷を思いきり弾き飛ばした。こぉんっ、と硬い音の後に氷は発射される。フロージアはその氷に更に別の氷をぶつけ、加速させる。

「あっ、それは俺が昼間にやったやつじゃないか」

 焦土が気付くと、フロージアは舌を出す。

「効率が良さそうだったんだもの」

 数秒後、炎を内包した氷はグライダーに激突した。翼に衝撃を受けた金属製の鳥はぐらりと傾き、体勢を立て直そうとしたのか、風が巻き起こった。途端に氷が割れて炎が溢れ出し、エーテルをたっぷり含んだ風が炎を煽る。程なくして風の流れに沿った炎の柱が立ち、グライダーは熱風に揉まれた末に墜落した。

「うわ」

 えげつない。焦土が頬を引きつらせると、フロージアは狙いを定めた。

「それから、こう」

 墜落したグライダーの真上に特大の氷の槍を出現させると、勢いよく落下させ、運転席と思しき部分を貫いた。めぎょっ、と外装が抉れると風が止まった。つまり、風の魔女が死んだのだ。

「さあ、奪いに行きましょ」

 フロージアは杖に跨り、ダイヤモンドダストを振りまきながら浮かび上がる。

「ほら、さっさと来る!」

 フロージアが焦土の髪を掴んで引っ張り、急上昇した。

「我が輩は留守番しているからねー」

 スティーブンソンに見送られながら、焦土はフロージアに引っ張られるがままに空中に連れ出された。髪どころか首が抜けそうになるので、足の裏から炎を出して姿勢を保ち、推進力を作る。それだけでは心許ないので、彼女の杖を掴んだ。

「今、殺した魔女の心臓も喰うのか」

「当たり前でしょ」

 フロージアは振り向かずに言い切ったが、その声色は少しばかり弾んでいた。ああ、やはり魔女だ。見た目は子供だが、どうしようもない悪漢なのだ。あの生肉のように、生き血の滴る心臓を頬張ってつるりと飲み下すのだろう。その様は想像しただけでおぞましい。けれど、それも含めての彼女なのだ。

「素敵な夜だわ。踊りましょう!」

 不意に、フロージアが焦土の左腕を握る。恐るべき腕力で夜空へと放り投げられ、天地が逆さまになる。足元には宇宙、頭上には雪原と燃えるグライダー、そしてトカゲの魔女。焦土は僅かな躊躇いを覚えたが、フロージアに手を伸ばした。

「────どうせ、俺も同類なんだ」

 落下に伴う暴風に意識を注ぎ、エーテルを発火させ、藍色の夜空を焦がす。フロージアは満足げな微笑みを浮かべてから、氷の足場を作り、滑らかに降下していった。破損したグライダーから零れ出したコンテナに注視しながら、罪悪感や躊躇いをエーテルに混ぜて燃やす。

 燃え盛るグライダーの傍らで、実体のないシャドウピープルがくすくすと笑う。ねえ、それでいいの。あなたは間違っているわ。この世界は狂っているわ、あなたは正気を手放してしまうの。

「うるせぇ」

 そう吐き捨てると同時に炎を散らし、シャドウピープルも燃やす。この状況が狂っているというのなら、まずは氷河期が訪れた地球に文句を言ってくれ。焦土はグライダーの翼に着地し、胸を張った。

 燃やせるものは、灰に帰してしまえ。

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