8 始まりのエピローグ
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◇ ◇ ◇
早朝と呼ぶには遅い時間。
本日も快晴間違いナシの青空からは、春のような陽気を与えてくれる眩しい光が降り注いでいます。
『クレアお嬢様、再び脱がせ屋に襲われる』との文字が踊る号外が出回ってから数日、エリーは現在、街道沿いにてとある任務を請け負っておりました。
なにぶん、衣食住すべてを召喚主のお世話になっているエリーですから、渋々だろうとやらねばならない役割だったりします。
それで、その役割とは移動手段の確保。
ラジンの”聖碧が疼く”とかなんとかで、遠方へ度立つことになったからです。
「あ、あの馬車さんは停まってくれそうな気がする」
まばらですが樹木が並ぶ、まー直ぐな硬い土の並木道の向こうから、二頭のお馬さんが駆けて来ています。
こちらの世界の主な交通手段は、徒歩>馬車>船になります。
目的地の王都の城下町ペペンへ向かうのに、徒歩では難しいです。
だから馬車を選択――したいのですけれども、乗り物は貴族さんや富豪さん達が所有できる贅沢品。
ですから、異世界人のエリーや冒険者でもないラジンなんかが、マイ馬車なんて持つのは夢物語。
なので、ヒッチハイクが常になります。
コツとして、狙うのは貴族さんを運ぶ馬車ではなく、商人さんの荷を運ぶ馬車ですね。
華やかな荷馬車からは素通りされるパターンが多いからです。
「すいませーん」
文字通りな大手を振ったり、ぴょんぴょん跳ねてアピール。
だんだんと近づいてくるお馬さんは、ホロを被る荷台を引いています。
そして、緩やかに落ちてゆく速度。
「よしきた!」
荷台に都合よくスペースが空いていれば良いのですが、ま、それはどうにかなるでしょう。
停まって頂けることが第一で、エリーとしては幸先の良い手応えを感じています。
普段はこんな簡単に成功しないんですよ。
パカラパカラ。ヒヒーンとお馬さんがいななくと荷馬車が停まりました。
「お嬢さん方、どこまでだい?」
優に頭二つ分くらいは高い位置からの小慣れた質問。
そしてこの時になって、エリーは気づくのです。
見下ろしてくる御者のおじさんの視線が、エリーなんか見向きもせず、ずっと隣のマータさんへ釘付けであること。
すなわち。
「なるほどなあ……今日は美人なマータさんが一緒に居たからすんなりだったんだあ……」
「ワタシ達、王都の城下町ペペンまで行きたいのだけれど、大丈夫かしら」
「ああ、構わんよ」
あらら、速攻オッケー出ちゃいました。
「ありがとう。助かるわ」
「お嬢さんはツイているよ。ちょうどこの馬車と私は、ペペンのお館様のお屋敷へ戻るところだ」
にっこりと笑う小悪魔なマータさんへ、御者のおじさんもにっこり。
更に先にお金を渡すなんてところが、まさに小悪魔的策略。
それを眺める側の私はというと、たぶんツイてないおじさんへの罪悪感もあって作り笑い。
御者のおじさんを少々謀る形になるといいますか、なんといいますか……。
あれなんですよね。
マータさんはたまたま王都へ御用があってご一緒しているだけでエリーの旅仲間は他にいるわけで。
ですから近くの木陰からは、すいっと海パン仮面の人影が現れます。
「道中、よろしく頼む」
出で立ちと反するキリッとした態度で挨拶を交わすと、本日珍しく手荷物(少し大きめの布袋)を背負うラジンは後方の荷台に乗り込むようです。
「さっき話した、ワタシ達の一人よ」
すかさず、目が白黒気味な御者のおじさんへ、マータさんのフォローが入ります。
「そ、そうか……ま、まあ、追い剥ぎに遭った訳でもないのなら、べ、別に構いやせんが」
うう、ごめんさいおじさん。
これからたぶん……いやきっと、おじさんの眉間のシワは深くなるだろうなあ……。
カサカサ。
近くの茂みが動く音です。
そこからは、マッチョな葉っぱさんがのしのし歩いてきます。
「世話になる」
口があんぐりなおじさんに一言告げ、ミギマガリさんも荷台へ。
「あ、あれも、君の連れなのか!? こういってはなんだが、さすがに彼は――」
「彼はアマンテラスの武僧者なの。今は祭儀の為、身を清める行事の最中だから衣を纏えないのよ」
説明しよう、なのです。
マータさんの口から出た『アマンテラス』はこちらの神様のこと。
『武僧者』はそのアマンテラスを信仰する神官の中でも、武芸の修練も積む人達を指します――と、事前の打ち合わせでマータさんが教えてくれました。
ちなみに、マッチョな葉っぱさんがついてくるのは、先日の誰が一番の脱がせ屋選手権クレアさん杯において、(日没までの)時間内の脱衣が認められず無効試合となったとかなんとかで、再戦の機会をうかがうためエリー達と同行するそうです。
「そ、そうか、それなら仕方が――いや、私のような者が武僧者様のお力になれるとはありがたい」
ごめんなさいアマンテラス様。あなた様の威光を勝手にお借りしています。
うう、良心の呵責が。
「あはは……はあ。じゃ、じゃあ、行きましょうかマータさん。御者のおじさん、よろしくお願いします」
どこからともなく現れた茶色いタイツの棒を尻目に、エリーは一礼そそくさ荷台へ乗り込みます。
そうして荷馬車は、私達を乗せパカラパカラと走り出すのでした。