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あなたの心に 4


 擬音をつけるならギョロリといった風に瞳を大きく見開いて、

「おんやー」

 カレンはニタニタと下品な笑みを浮かべながら西見いちごをねめつけた。

「な、なんや」

「んー、グゥー!」

「は?」

「金髪で碧眼で幼女で帰国子女の関西弁でゴスロリ、詰め込みすぎて特徴のごった煮感が否めないけど、我は好きだよ、嫌いじゃないよ」

「ど、ども」

「気に入ったから願い事をひとつ叶えてあげるよ」

「……うさんくさいやっちゃなぁー」

 西見いちごの訝しむようにカレンを見ている。

「いきなりヘンテコなやつが現れたと思ったらトリッキーな言動や。どうやってこの空間に入ってきたんや?」

「その質問に対する答えが願い事? いいよー答えてあげるよん、我は」

「ま、まぁまて、願い事いうんなら、ウチらをこの世界からもとの世界に返してみせい」

「それが願い?」

「ああ、出来るんならやってみぃ」

 不敵な笑みを浮かべ、挑発するように西見は言った。

 カノンは何時ものようににっこりと微笑ち、両手を西見に伸ばした。

「ほい!」

「え?」

 まるで、最初からそうであったかのように、カレンの右腕が西見いちごの右胸と一体化していた。

「なっ、なんやぁこれ!」

 マジシャンのようなやつだ。カレンの半透明の手首が西見いちごに取り込まれている。

「あんた、いったい、うちになにしたん!?」

 逃げ出そうと体をびつくさせるが上手くいかないらしい。押さえつけられたネズミのようにもがいているが、カノンはニタニタと笑うだけだ。

「まだまだこれから」

「あっ」

 西見が白目になって床に崩れ落ちた。


「……おまえ、まじでなにした?」

「ん? 心臓を握りつぶしたんだよ?」

 なんでもなしに答えた言葉が鼓膜を跳ねる。

「は!?」

 床に力なく倒れる西見。慌てて駆け寄って声をかけるが返事はない。呼吸をしていないし、脈もなかった。

 風もないので、じんわりと嫌な汗が吹き出た。

「ま、まじで……人殺し……」

 さすがにドン引きだ。俺はおしりを地面につけたまま後ずさった。

 カレンと距離をとりたかった。

「なんだい、洋。壁を感じるね。そういうの地味に傷つくからやめてくれない」

「ち、近づくな。お前、最初に会ったとき命を奪うようなことはしないとか言ってたじゃねぇか。キャなんとかに興味はないって!」

「キャトルミーティレーションねー。あんな気持ち悪いこと我は興味ないよ」

「人を殺しておいてなんだその態度!」

「……殺す? 失礼な男だなぁ、きみ。殺すなんてことしてないよ、心臓潰しただけだよ」

「殺してんじゃんか!」

「だから殺してないって、ここから脱出したいって言うから解放してあげたんじゃん」

「さ、サイコパス!」

 前々からヤバイやつとは思っていたが、ここまでとは。

「君らもここから出たいだろ?」

 宇宙人の瞳が怪しく光った。

「あ、いや、自分はそうでもないです」

「わ、わたしもそこまで脱出したいとは思わないわね」

 不死川と声を揃える。そりゃ死ぬよりは閉じ込められてる方がましだ。

「えっ、そうなのかい。そりゃあ悪いことしちゃったなぁ」

 カレンはあくびをするように間延びする語尾で呟いた。

「もうすぐここは滅びるよ」

 言うと同時に空間にヒビが走った。

「え」

 孵化寸前の卵みたいに、ビキビキと広がっていく。クモの巣みたいだ。

「つまりだね、この空間はさっきの金髪女子の思考によって作り出されたイミテーションなわけだよ、金髪の意識が飛んだんで元に戻るってわけさ」

「なっ、なんだこ」

 ヒビはあっという間に視界一杯に広がり、声をあげるまもなくヒビから溢れた黒い液体のような闇に包まれた。喉元にそれがまとわりつき、呼吸が出来なくなった。

 普段斜に構えているシナズガワでさえ悲鳴をあげていたが、自分の意識が消失すると同時に、聞こえなくなった。


 音が聞こえた。

 道路を走る自動車のエンジン音だ。

「……」

 肌が感覚を取り戻す。

 風が吹いていた。


 気付いたら校庭にいた。

 重力をしっかり感じながら立っている。

 辺りは真っ暗だ。夜らしい。

 夜空に輝く星が謎を深めていた。

「どーゆーことやねん」

 関西弁が口をついた。

「すまんのう」

 幼い声がしたほうを見ると、西見いちごが立っていた。


「ぎゃああああ!」

 悲鳴が自然と口をつき、俺はそのまま西見に背中を向けて駆け出そうとしたが、何者かに袖を引かれてスッ転んでしまった。

「はなせはなせはなしてくれ! 成仏してくれ! 悪いのはカレンという宇宙人だ! 俺は殺してないって!」

「ちょっ、ちょっと落ち着きなさい!」

「はい」

「落ち着くの早すぎ!」

 俺の袖を持っていたのは不死川だった。

「どうやらここはもとの世界らしいわ。私たち脱出できたみたい」

「あ、そうなんすか」

 ズボンについた砂をはたきながら立ち上がる。

「切り替え早いわね……」

「色々あって落ち着くのだけは定評があるんだ。それでどういうことなんだ? あの世界は?」

「あれは西見いちごのインナースペースだったらしいわ」

 意味がわからないので顔をあげ西見の方を向く。

「うちの心の中や」

 不死川の方を向く。

「彼女のなかに閉じ込められてたのよ」

 西見いちごの方を向く。

「過度にストレスを感じると、まれに他者を心のなかに閉じ込めてまう超能力者が世の中におるらしくてな。次元の狭間の重力場に影響されて、うちが作り出したもんらしいで」

「そっかそれは大変だったね」

 理解することを諦めた。


「一件落着だねぇ」

 いつの間にか横に立ったカレンがニタニタ笑いながら俺の肩に手をやった。

「そもそも君たちが分岐世界を認識できるわけがないだろ? 3次元が限界のくせに11次元に挑もうだなんて烏滸がましいぞぁ」

「お前は、なん次元なんだ?」

「さぁて帰ろう!」

 質問を無視してカレンはずいっと一歩を踏み込んだ。全身の毛穴が開き、内側に宇宙人が帰ってきたのがわかった。ああ、気持ち悪い。

「心のスペースに入るってよくわかんないけど、こいつがいつもやってるようなことなのかな」

 俺も帰ることにした。

 時計もないので時刻がわからないけど、夜遅いのは確かなようだ。

 真っ暗な校門前でシナズガワと別れた。手を降ったのに、彼女は不機嫌そうに腕を組んだまま、

「今度私をくだらないことに巻き込んだら容赦しないわよ?」

 と脅してきた。俺のせいじゃなくね?


 鼻歌を歌いながら歩き始める。

 学校から家までは徒歩十五分ほどだ。

 九時からやってるドラマが見たいのだが間に合うだろうか。

「待てや」

 振り向くと西見いちごがじっと僕を睨み付けていた。まだいたんだ。

「その力はなんやねん」

「なんやねんってなにが」

「さっきの女の子の意識体のことや。自由意思をもって行動しとるか?」

 どうやらカレンのことを言っているらしい。

「こいつは僕がコントロールしてるわけじゃないよ。君も見ただろ。宇宙人だよ」

「……ほんまに?」

 目を見開き驚愕を口にする。

「ほんまに宇宙人なんやな」

「ほぼほぼ間違いないよ」

「よかった。ようやく見つけた。兄さん、名前は?」

「洋」

「よっしゃ、洋。うちと一緒に来てくれ。そうすれば兄さんは英雄になれるで」

「いやです。緊急事態だったんでカレンに頼りましたけど、こいつのことは基本的に秘密でお願いします」

「そりゃできん」

 少女の瞳は年齢に似合わず大人っぽいものだった。

「国連で第三種と遭遇した場合は速やかに国家機関に連絡することが決まっとる」

「なにそれはじめて聞いたよ」

「つまり隠匿するということは地球のルールを破っとるんや」

「そういわれてもなぁ……」

「悪いが力づくや」

 言うやいなや西見は僕に元気一杯殴りかかってきた。

 とっさに体をそらしてそれを避ける。

「あ、あぶないじゃないか」

 西見の攻撃はしつこい。必死で避けるが身体に似合わず鋭い抜き手ばかりでこのままでは体力的に負けてしまうかもしれない。

「危ないんは兄さんのほうや。未知なウイルス、未知な怪物を身体に住まわせとるやで? それがどれほど危険なことか!」

「だあああああ」

「!?」

 俺ではない。

「うるせぇぇぇぇぇ!」

 カレンの腕が僕の胸からニュッと伸びて西見をデコピンした。

「っ!」

「ぐだぐだぐだぐだ小さなことでテンション高過ぎだよぉー、もぉー」

「っく、でたな、宇宙人! うちについてきてもらうで!」

「どこいくのさ? 遊園地ならただっていってあげるけどさ」

「当局や。あんさんには人類のために働いてもらう」

「いやあー、働きとーないー」

「そうはいかんで。上位者として人類の発展につくしてもらうんや」

「勝手に進化しなよ。他人に頼ってちゃそこが限界点だよー」

「じゃかわしい! さ、来るんや!」

「むー。そだなー。あと二秒待って」

「……二秒?」

「ほい、二秒」

 カレンが言うと同時に電話がなった。

 闇を切り裂くような激しいコール音が西見の胸ポケットから響いている。どうやら携帯に着信があったらしい。

「っつ」

 画面を見た少女の顔が青白い液晶に照らされた。

「動かんように」

 存外強い口調で少女は僕らに命令し、携帯を耳にあてた。

「はい。エージェントコードブラックサバスです」

 なんでそんな二つ名つかってんの?

「え? え? ほんとうですか! え、……はい、はい」

 落胆の色を隠すことなく声に覇気がない。それじゃあ向こうに聞こえないよというくらいの音量で「はい……」と消沈の様子で電話を切った。

 ポケットに携帯をしまうと同時に少女は鋭い目付きで僕らを睨み付けた。

「どういうことや?」

「どうって、なにが?」

 カレンはそ知らぬ顔で再び僕の中に戻っていった。

「上司から帰還命令がでた。成田洋には干渉するな、と」

「……なんで?」

「うちが聞きたいわ!」

「カレンが何かしたのかな」

 内側に問いかけるが、返事はない。寝る必要ないくせに睡眠を取っているらしい。

「……これで、終わったと思わんことやな……」

「雑な捨てセリフを吐くなよ」

 西見いちごは膨れっ面のまま踵を返して居なくなった。


 ため息をはくが、俺の憂鬱を理解してくれる人は誰一人としていないらしい。家に帰ってテレビをつけると、見たかったドラマがちょうど終わったところだった。

 悪態をついて歯を磨いてベッドに潜り込む。

 おやすみなさい。



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