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さよなら人類 1

ただ書きたいことを書きました。

 不死川について調べてみようと思った。



「だって不気味だろ?」

 名字はシナズガワと読み、下の名前は紫苑しおんというらしい。紫苑は植物で紫色の花を咲かす。

 所属は合唱部でソプラノパートを担当している。顔立ちが整っているのでかなりモテるらしい。成績は悪くなく、学年で十番台に入る。

 哲学書を好んで読み、ときたま難しいことを平然と口にする。小説も読み、坂口安吾がお気に入りらしい。


 と、聞き込み調査で得た情報を数学ノートに集計する。キャラ付けはばっちりだ。

 さて、俺にとっては転校生のような存在の不死川だが、クラスメートにとっては既知の仲らしい。

 二十四人の記憶を疑うより、俺の脳がイカれたことを心配したほうがいいのかもしれない、が、

 不死川は確かに、昨日まではいなかった。だのに、今じゃ一番前の席でこれ見よがしに頷きながら、ノートを取っている。その姿に誰も疑問を抱かない。

 誰だこいつ、と言葉に出したら「クラスの女子忘れるなんて酷いよ」と鼻で笑われて終わってしまった。

 秋の爽やかな気分が台無しだ。

「狂ってるなぁ……」

 不死川は美人で、大人っぽさを持っている。

 艶やかな黒髪を後ろに纏め、腰まで垂らしている。小顔で美人で肌が白くて中二にしては胸がでかい。そんなやつのことを忘れるなんて考えられない。

 俺が一時的な記憶喪失になった、とかなら納得できる話だけれど、不死川以外のことはばっちり覚えているので、妙な展開である。


 授業が終わった空き時間、シャーペンを手のひらで転がしながら思考を整理する。

 いきなり現れて日常に溶け込む異分子。

 とくに被害を被ったわけではないので、とやかく文句言える立場じゃないけど、ただただ不気味だった。

「ねぇ」

 頭を捻る俺の正面に不死川が立っていた。

「やぁ」

 空返事でお茶を濁す。

 青みがかった瞳を細めて不死川は俺を見つめた。

「さっきから私のこと見てるけどどうしたの?」

「別に……」

「そう。よかったら、これ読んで」

 彼女は不敵な笑みを浮かべて、机の上に折り畳まれた手紙を置いた。

 女子特有の折り方で開くのに時間がかかったが、記載された文面は心臓が跳び跳ねるほど刺激的だった。

『ばか』

 怒りを感じた。

 顔を赤くして怒りに震える俺の耳元で不死川は囁いた。

「ばーか」

「なんでわざわざ言葉に出した!?」

「……放課後、焼却炉前に来て」

 言いたいことを言ってスッキリしたのか踵を返して彼女は廊下に出ていった。

 さて、どうするか。

 俺としては帰りたいところだけど、まあ、立場上そういうわけにもいかない。ああ、わかってる、わかってるさ。焼却炉へレッツゴー。



 こんなにドキドキするのは中一以来だ。笑い事ではない。未知との遭遇で高鳴る心臓を落ち着かせる方法があるなら、誰でもいいから教えてくれよ。


 それにしても焼却炉なんて、ロマンチックの欠片もない待ち合わせ場所だ。ここがダイオキシンを撒き散らしたのは、もう十年も前のことで、今じゃ単純に負の遺産である。


 湿った土の匂いが鼻をくすぐる。季節が夏なら蚊が大量発生しているところだろう。

「待った?」

 不死川だ。制服を着こなし、無表情で現れた。草木の影が彼女を覆う。

「いま来たところー」

 嘘である。三十分も前乗りしている。地面にトラップでも仕掛けようかな、と思ったが、ろくなアイデアも思い浮かばないのでやめておいた。

「人払いも出来たし単刀直入に聞くけど、あなたは何者?」

 こちらの台詞である。

「クラスメートのことを忘れるなんて酷いなぁ」

 開口一番随分とストレートなやつだ。

「減らず口は止めて。成田くん。あなたの正体を聞いているのよ」

「俺は俺だけど」

 半目で睨まれる。

「そういう薄っぺらい答えを聞いてるんじゃない。アレよ」

 不死川は黄昏始めた紫の空に浮かぶ、半円状の物体を指差した。

 だよねぇ。だってそれ以外に理由ないもんねぇ。

「ずばり聞く。あなた、宇宙人でしょ?」

「地球人という名の宇宙人です」

「くだらない……」

 シナズガワの細い指が上からスライドして俺を指差す。

「二年前、旗差市上空に突如現れた未確認飛行物体、あなたはあれの住人なんでしょ?」

「……」

「無視しないで!」

「ひとつ……」

「!」

「ひとつ訂正をしておくとあれは未確認飛行物体じゃないよ」

「え?」

「もう確認されてる。幼稚園児だって知ってる。だからUNが取れてアイデンティファインド・フライング・オブジェクト、確認済飛行物体、通称IFOと呼ぶんだよ」

 俺たちの町の上空に突如として現れたユーフォーは、何をするでもなく上空に待機し続けている。近所の牛をさらったりとかは一切ない。

 宙に浮く。

 本当にそれだけ。

 NASAとかJAXAが無人探査機を送ったりしたが、反応はないし、内部に侵入にしようにも、物体には継ぎ目一つ無く、完全にお手上げ状態だったらしい。

「名称なんてどうでもいい。重要なのはアレが現れた意味よ」

「町興しのためじゃないかな」

 旗差市名物ユーフォー饅頭は10個入り六百円とお買い得。 シャッターが支配するアーケード街も宇宙船のお陰でウッハウッハだ。

「ふざけないで」

「ふざけてないですぅー」

「アレの目的をいいなさい!」

「知りませんち」

「しらばっくれないで!」

 一人でヒートアップした不死川はポケットからカッターを取りだし、刃をチキチキ言わせながらむき出した。穏やかじゃない。

「ど、どーどー、どーどー」

 鼻息荒いよ。落ち着いて。

「本当のことを言わないのならズブリよ」

「望む答えを言わなければ、の間違いだろ」

「あからさまな嘘とわかる発言ならば、よ。もう一度質問するわね。あなたはアレの住人で宇宙人でしょ?」

「我々は皆、広い宇宙に生まれ落ち、偶然にも宇宙船地球号に乗り合わせた仲間なのだ。俺も、キミもね!」

 脇をカッターが掠めた。

「あっぶねぇぇえ!」

「こっちは切羽詰まってるの!」

「制服に穴が開いた!」

「あとで縫ってあげるから真面目に聞いて!」

 衣替えのお陰で厚着じゃなかったら、肉に達して血が出たことだろう。

「あなたは、この星以外から来たんでしょ? 違うの?」

「地球生まれですけど」

「ほんとうに?」

「知らないけど両親が惑星べジータの住人とかじゃなければね」

「……」

 視線がぶつかる。

 恋の始まりにはぴったりだったが、手にある物騒なもののせいで台無しだった。

「それならば、……なぜ私を認識しているの?」

 風が草木を揺らす。さざ波に似た音が日陰が射した校舎裏に響いた。

「キミがここにいるからだよ。我思うゆえに我、あ、ちょっと違うか」

「そうじゃないわ。私がこの学校の生徒じゃないと見抜いたうえで、私のことを意識してたでしょ?」

「ば、ばっか、そんなんじゃねぇし、べ、べつにシナズガワのことなんて、好きじゃないんだからね! かんちがいしないでよね」

 ケツにローキックを食らった。

「あひん!」

 目覚めそうだ。

「真面目に答えて! あなたは意識改編の影響を受けていないでしょ!?」

「おっしゃる意味は全然わかんないけど、たぶんおっしゃる通りなんでしょう」

「やっぱりね」

 得心がいったように彼女は頷いた。

「答えなさい。なぜなのか」

「さっきから言ってるだろ。知らないって」

「嘘よ、嘘! そんなわけないわ。普通に考えてみればあなたが宇宙人だから私の些細な意識改編の影響を受けていないと断定できるじゃない」

 日本語の意味がわからなかった。

 国語の成績は悪いけど、彼女には勝っている自信がある。

「まあさ、地球は広いんだし一人くらい俺みたいのがいてもおかしくないだろ」

「あり得ないのよ。インターロックを解除して遡及性を無効化するなんて、オーバーテクノロジーの影響下にあるとしか思えない」

 日本語しゃべれ!

「じゃあ、逆に聞くけど……」

 荒ぶる少女を宥めるように手のひらを突きつけて訊ねた。

「キミこそ何者さ」

「答える義理はないわ」

「そんな人に俺が正直に答えるわけないだろ」

「……」

「もう帰ってもいいかな」

「ダメ!」

 手をギュッと握られた。小さくて冷たい手のひらだった。

「聞きたいことは終わってないわ!」

「お互いに不干渉を決め込む。それでいいじゃん」

「私には人類の未来がかかっているのよ!」

「うわぁーお、ソイツは大変だぜ!」

「バカにしないで!」

「バカにしてないよ。一人で悩まないで! こども電話相談室の電話番号でよければ教えてあげる、メモの準備は大丈夫か? 東京ゼロサンの……」

「こんのっ!」

 爪先を踏まれた。

「ひぎゃあ!」

 目覚めそうだ。

「いいわ、教えてあげる。私が何者なのかを」

「うーん、もういいや。シナズガワシオンさんでしょ?」

「そうよ」

「だって、シナズガワさん、俺のこと嫌いでしょ」

「そうね」

「そんな人の話聞いたって面白くないもん。ほっぺにチューしてくれるってんなら別だけど」

「っん!」

 チューされた。

「話を聞こう」

「簡潔に言うわ」

 頬を少しだけ赤らめて彼女は続けた。


「私は未来人なの」


 文字通り時間が止まったみたいだった。

 夕暮れ。風が凪いで、音が無くなり、心臓の鼓動を強く感じた。唾を飲み込む音だけがリアリティを持って静かに響いた。

「まじ?」

 真面目にイッテんのかこの中学生。

「マジよ」

 さすが現役中二病。拗らせすぎだろ。

「それは、なんというかすごいね」

「さあ、私の秘密は話したわ。次はあなたの番よ」

「いやいやまてまて。そんな話、信じられるわけないだろ。未来人が宇宙人探していんの? 異世界人と地底人は何してんの? 」

「べつに信じてもらわなくて結構。ともかく、私の秘密を明らかにしたんだから、次は貴方の番」

「証拠は?」

「証拠?」

「未来人ならなんかこう、すごいなんかがこう、なんかあるだろ?」

「無いわよ。無いからこの時代に来てるの」

「じゃあせめて年末ジャンボの当選番号を……」

「そうね……」

 彼女はなにも答えず自分の右手に止められた腕時計を顔の横に掲げた。大きな時計だ。小顔でもアピールしているだろうか。

「あと十秒」

 刻一刻と時を刻む。

「……なにが?」

「目を閉じて」

 ちっ、ちっ、ちっ、と秒針が秋の空気を刻んでいく。

「キスでもしてくれるのかな。こんどは唇に」

「しないわよ。足の裏に意識を集中させて」

「お、おう。プレイがマニアックすぎてなにがなにやら。で、きみ、結局なにがしたいの?」

「はい、地面が揺れる」

 くらり。

「え?」

 地震が来た。

 震度2とかそのくらいの。番組のテロップなら最後らへんに申し訳程度に表示されるレベルの弱いやつ。でも確かに彼女の言う通り地震が来た。

「なまず神かな?」

 夕日に向かって焦ったカラスが飛んでいく。重なりあった鳴き声が輪唱のように反響した。

「べつに信じてくれまいがどうでもいいの。ともかく私は秘密を話した。だからあなたも秘密をさらして」

 現代の技術じゃ、地震の予知は不可能に近い。信じざるをえないだろう。

「秘密と言われても……」

「フェアにいきましょう」

「先ずはそのカッターを下ろして」

 凶器をちらつかされたらこっちも穏やかに対応なんて出来っこない。

「それは無理ね。いつあなたが私に襲いかかるかわからないもの」

「ゲヘヘ……ねぇちゃんいい乳しとるやないか……」

「ゲスな笑い声はやめなさい。あなたのジョークはつまらないわ」

 知ってた。

「さあ、話しなさい。じゃなきゃ次は肉を抉るわよ」

「わかったよ。秘密を言えばいんだろ?」

「ええ」

「誰にも言ったことないけど、実はポエマーなんだ」

「ポエマー?」

「詩が趣味」

「……」

 視線が痛い。

「嗚呼! 真っ黒な瞳は夜の深淵のように僕を射ぬき、小さな星を瞬かせる!」

 頬をカッターがかすめる。

「ぎゃあ!」

「バカ!」

 怒鳴られた。

「次ふざけたことを抜かしたら殺すからね」

 悔しいが今の詩の出来は悪かった。

「正直に答えるよ。死にたくないからね。俺の名前は成田洋。見た目は子供、頭脳も子供、ただの中学生で特別なことなんてない」

「……そう」

 不死川の瞳が悲しげに歪んだ。しょうがないだろ。

「そうよね。そんなうまい話あるはずないもの」

 殊勝な姿を見てたら可哀想に思えてきた。え? べつに同情なんてしていないさ。彼女のことよく知らないしね。

「ごめんなさい。一人舞い上がっちゃってバカみたいだったよね、私……。脱いで」

「はい」

「ズボンじゃないわよ! ブレザーよ! 縫ってあげるから!」

 ベルトを緩めたら落ち込んでいたシナズガワもすぐに元気になってくれた。

 でも同級生の女子に脱いでと言われたら誰だってズボンを脱ぐと思う。

 しぶしぶ上着を脱いで彼女に渡した。

「今日は時間とってごめんなさい。明日縫って渡すから、それで今日のことは全部忘れて」

 そいつは土台無理な相談だ。こんな強烈なエピソード、死ぬ間際も思い出すに違いない。

 受け取ったブレザーを丁寧にたたんでから手に持ち、ペコリとお辞儀をして、足早に校舎の角を曲がっていった。

 さて。

 姿が見えなくなった未来人を思うと口角が上がる。

 どうするのかって? 決まっている。

「楽しくなってきた!」

 つけるのさ!


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