表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/74

閑話 残された者たちの記憶【セシリア=ローゼン視点】

 薄曇りの王都の空の下、セシリア=ローゼンは冷え切った指先で銀のカップを持ち上げた。

 冷め切った紅茶の香りがわずかに鼻腔をかすめるが、どこか渋みが残り、苦い味が胸の奥にまで広がるようだった。

 周囲では、白いテーブルクロスを囲む貴族たちが、笑い声を弾ませ、気取った仕草で談笑している。

 笑いの輪の中にいるはずのセシリアもまた、口元には微笑みを浮かべていた。

 だが、耳に届く声は遠く、霞がかかったように、どこか別の世界の出来事のようだった。


「……そういえば、あのレイ=グランとかいう子、今どうしてるのかしらね?」

「魔力ゼロの恥さらし?死んだんじゃない?」

「ふふ、きっと何処かで野垂れ死んでるわよ。」


 ――場の空気が、ひやりとした嘲笑で満ちる。


 セシリアも頬を引き上げ、作り物の笑みを形作る。

 けれど、その笑顔の裏側で、心臓の奥がずきりと痛んだ。

 胸に残る重みが、じんわりと滲み出し、冷たい紅茶の味よりも苦く、深く心を締め付けていく。

 ふと、あの少年の顔が、脳裏に鮮明に蘇った。

 泣きそうな瞳を必死にこらえ、歯を食いしばり、誰にも頼らずに立とうとしていたあの日のレイ=グランの姿。

 あの瞳の奥にあった、消え入りそうな光を、どうして自分は見ようとしなかったのだろう。


 ――……終わりにしましょう。あなたは私の婚約者ではなくなったの


 自分が放ったその言葉は、今も耳の奥で響いている。

 あの時、周囲の視線が怖くて、家の名を守るため、自分の立場を守るために、冷たい声で彼を突き放した。

 けれど、それが本当に望んでいた答えだったのか。

 胸の奥に巣食う疑念が、今さらになって膨れ上がり、冷たい滴のように心に落ち続けている。


 あの頃、自分はレイの隣に立つ未来を疑いもせずに夢見ていた。

 幼い頃、家同士の縁談が決まった時、彼の隣にいる自分を当たり前だと思い、むしろ誇りに感じてさえいた。

 彼の小さな背中が成長していく様子を見て、自分も一緒に強くなれる気がしていた。

 不器用で、どこか頼りなく、それでも一生懸命で、泥だらけになって剣を握りしめる彼の横顔。

 転んで泣きそうになりながらも、必死に歯を食いしばって笑おうとしていた彼の顔。

 その姿が、今も胸の奥に焼き付いて離れない。

 あの時、そばにいた自分は何をしていたのだろう。

 どうして、その手を取ってやれなかったのだろう。


「どうして、あの時……」


 声にならない吐息が喉の奥で震え、冷え切った紅茶の中に映った自分の顔が、どこか知らない人のように見えた。

 目の奥に宿る空虚さに気づき、思わずカップを置く。

 指先が微かに震え、震えを隠すように膝の上で手を重ねた。


「……何をしているの……私」


 誰にも届かない小さな声が、空気の中に消えていく。

 周囲の談笑は続き、取り繕った笑顔の下で、セシリアはただ、心の奥底に沈む後悔と、言葉にできない痛みを抱え続けていた。


 ――あの日、自分が失ったものの重さを、今になってようやく理解し始めていたのだった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ