閑話 残された者たちの記憶【エルナ視点】
静まり返った回廊を、エルナ=グランは一人歩いていた。
靴音が冷たい石畳に響くたび、その音が胸に突き刺さるように痛く――煌びやかなシャンデリアの下、絢爛な装飾が施された壁。
かつては誇りに思っていたこの場所が、今はただ、息苦しさを覚える檻のように感じる。
兄の姿が、ふと脳裏に蘇る。
血にまみれ、泥だらけで、それでも必死に立ち上がろうとしていたあの夜。
震える手で剣を握り、必死に前を睨んでいた背中。
それを自分は、なんて言った?
――無能な兄なんて、もう、いらないの!
あの日、冷たく、突き放した自分の声が、耳の奥で何度も繰り返される。
胸が痛い――締め付けられるように苦しくて、喉の奥が熱いのに、言葉にならない声が詰まって出てこない。
涙が滲みそうになり、エルナは必死に瞬きを繰り返した。ここで泣くわけにはいかない。弱さを見せてはいけない。
そう、教えられてきたはずなのに――どうして今更、兄の顔が浮かぶのだろうか?
「……兄さま」
誰にも聞こえない小さな声が、ひどくかすれ、頼りなく空気に溶けた。
夜ごと、夢に見るのは血に濡れた兄の姿。
誰にも頼れず、何も持たず、それでも立とうとしていたあの背中。
夢の中で、自分をじっと見つめる兄の瞳は、何かを訴えかけているのに、言葉は届かない。
何を言われているのか、分かるはずなのに、耳が聞こえないような感覚に襲われて、いつも目を覚ます。
そして、枕元には、涙の跡が冷たく残っている。
「どうしてあんなことを……」
問いかけは胸の奥に響くだけで、誰にも届かない。
今さら謝れるはずがない。
もう遅いのだと、分かっている。
分かっているのに──
王国の中で兄の名を口にする者は、もういない。
笑い話のようにその名を口にする。
「魔力ゼロの恥さらし」
――と嘲られ、忘れ去られていく中で、エルナだけが、胸の奥で何かが軋む音を聞き続けていた。
それは痛みであり、罰であり、決して消えることのない影だった。
そしてある日、ふと耳にした噂話が、凍りつくような衝撃を与えた。
「……レイ=グラン?」
誰かの声が、確かにその名を口にした瞬間、エルナの心臓が跳ねた。
血が逆流するような感覚が全身を走り、指先が震え、足元から力が抜けていく。
周囲の雑音が遠のき、ただその名前だけが、胸の奥に響き続けていた。
兄の名は、消えてなどいなかった。
むしろ、自分の中で、今もなお、深い傷として生き続けている。
「……兄さま」
震える声が唇から零れた時、初めて気づいた。
自分はあの日、何を失ったのか。
何を、決して取り戻せないのかを──。
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