従者 レヴィー(裏)
間が空いてすみませんm(_ _)m
「みなさま、初めまして。高等部二年のアリア・ファブリエと申します」
彼女が歌うような声で告げた時、俺は少しがっかりした。
――そうか、君は覚えてないんだな。
俺は過去、珍しい桃色の髪をした少女に母国ベルウィードで会っている。ずいぶん前のことだから、はっきり記憶している方がおかしいのかもしれない。
*****
十年ほど前――。
七歳になったばかりの俺は、大人達の邪魔をしないよう、部屋の隅に控えていた。隣国の代表が我が国を訪れたと聞き、こっそり中に入ったのだ。結局大人に気づかれて、つまみ出されてしまう。
俺が得意なのは、人体干渉系の『精神操作』。
この魔法を使えば、大抵の人間を思いのままに操れる。話し合いに利用すれば、優位な立場に立てるだろう。
かといって、これから始まる会談に協力する気はなかった。この能力のせいで遠巻きにされ、家族にさえ恐れられているのに、力を貸すわけがない。
控え室に紛れていたのは、主に隣国への怒りから。どんなやつらが来るのか、見てみたかったのだ。
――グランローザのやつらめ。姉上を傷つけておいて、謝罪もなしか!
正式な届けを出さずに、国境を越えた姉上達にも非はある。だけど、魔力の軍事利用は大陸全体の条約で、禁止されていたはずだ。
隣国グランローザの研究所は、我が国との国境沿いにあった。極秘の実験中、俺の姉と連れはたまたま近くを通り、爆発事故に巻き込まれてしまう。
怪我を負った姉は、回復後も火を怖がるようになった。それなのに、我が国も隣国も事故の事実をもみ消し、なかったことにしたのだ。
――追加の会談に、意味はあるのだろうか?
閉め出された部屋の外でため息をつく俺に、五歳上の異母兄が近づき、意地の悪い笑みを浮かべた。
「なんだ悪魔の子か。お前、最近生意気だぞ」
以前、この兄の思考を覗いたことがあるが、中身がなくてスカスカだった。こんなやつ、相手にする価値もない。無言で顔を逸らしたところ、兄が罵る。
「なんとか言えよ! それともまた、姉上のスカートの後ろに隠れるのか? 来てなくて残念だったな」
俺を煽り怒らせようとの魂胆が見え見えだが、その手には引っかからない。左右の瞳の色が異なる俺を、兄はいつも敵視する。
いや、特殊な魔法を使う俺は、兄だけでなく周りからも気味悪がられ、陰口を叩かれていた。
年の離れた姉上には、心を許せた。姉を悲しませるような、無駄な争いはしたくない。
俺は無言でうつむくと、床の模様を見つめる。
「まあ、姉上もバチが当たったんだろうな。あんな平民同然の男なんかと、駆け落ちしようとするから」
兄の言葉で、俺は弾かれたように顔を上げる。体格差も気にせず、掴みかかった。
「訂正しろ! バチが当たるってなんだ。姉上は、傷つけられていい人じゃない!」
「なんだと、この悪魔。元々はお前のせいだろっ」
当時は兄の方が強く、俺はあっさり突き飛ばされてしまった。床に倒れて睨むと、彼があざ笑う。
「案外、お前が操ったんじゃないのか? 姉上も可哀想だな。お前と親しくしたばっかりに」
「違う!」
「違う? 姉上は追い出されたお前を心配して、街に通っていたんだろ? その時知り合った男と逃げたって聞いたぞ。だったらやっぱり、お前のせいだ」
厳密には違うが、どうせこの兄には話が通じない。俺は唇を噛みしめて、視線を逸らす。
やり込めたと思ったのか、兄が満足した様子で去って行く。彼の周りの人間も、もちろん俺を助けない。
「追い出されたんじゃない。自分から出ていったんだ」
呟く声は、誰にも届かない。
外の空気が吸いたくなって、俺はそのまま庭に出る。花壇の前のベンチを目指すと、そこには見たこともない、桃色の髪の女の子が腰かけていた。同い年くらいのその子は、俺を見るなり目を丸くする。
「きれい~~」
第一声はそれだった。
金糸の入ったこの衣装のことだろうか?
しかしその子は俺の顔を見つめたまま、視線を外さない。好奇心に負け、俺は彼女に話しかけてみた。
「君は? 見ない顔だけど、どこの子?」
使用人の子供だろうか?
その割には、水色にピンクのリボンがついた高そうなドレスを着ている。
「あっ! ええっと、初めまして。グランローザのアリア・ファブリエと申します」
『グランローザ』と聞いた途端、憎しみがこみ上げる。
――それならこの子は、父親にくっついてこの国に来たのか? グランローザのやつらめ。会談というのに子供を連れて来るとは、なんていい加減なんだ。
頭にきて睨みつけたのに、その子はなぜか嬉しそうな表情だ。
「やっぱりきれいね」
怒っているのに気づかないほど、鈍い子なのか? バカらしくなった俺は、舌打ちをして背を向けた。
「待って! 一人で退屈していたの。もう少しだけ話を……」
「必要ない」
振り返って遮ると、女の子が悲しそうに顔を歪めた。
――おいおい、まさか泣くんじゃないだろうな?
愛らしい容貌のせいで、こちらが悪いことをした気分になってくる。冷静に考えてみれば、事件に彼女は関係ない。悪いのはいつも、自分達で決めたルールを守れない大人の方だ。
仕方なくため息をつき、俺は隣に腰かけた。途端に彼女が興奮したように手を合わせ、俺の顔を覗き込む。
「すごくきれいだわ、その目! 左右で色が違うって素敵ね。キラキラしてるし、ビー玉みたい」
「びーだま? 何それ」
知らない単語を聞き返すと、彼女も同じように首をかしげた。
「さあ? ビー玉って、なんだったかしら……。でもあの、きれいっていうのは本当よ!」
自分で口にしたくせに……
俺は呆れて、背もたれに寄りかかる。
すると女の子は焦った様子で、俺の青と紫の瞳を繰り返し褒めちぎった。
珍しいのは本当だが、桃色の髪も相当まれだ。それに俺の能力を知れば、彼女も離れていくだろう。
『不気味なオッドアイは悪魔の印』――陰口や嫌がらせを避けるべく、俺はここを出たのだ。
「こんな瞳も能力も、欲しくなかった」
うっかり漏らした言葉に、その子はすぐさま反応する。
「そんな言い方、神様に失礼よ。きれいな色だし羨ましいわ。能力ってことは、あなたも魔法が使えるのね? だったら喜ばなくちゃ。魔法があれば将来、誰かを幸せにできるでしょう?」
魔法で人を傷つけた国の子が、おかしなことを言う。皮肉っぽく口を歪めた俺だが、彼女のセリフは気になった。
――この能力で、誰かを幸せに?
その考え方は悪くない。グランローザにも、まともなやつはいるのか。
俺はその子に向き直り、疑問を口にする。
「魔法で幸せにって……それ、誰の言葉?」
「私の、いえ、お父様が教えてくれたの。あのね、お父様は悪いことをしたから、この国の偉い人に謝りに来たんですって。お母様を亡くしたばかりでつらいのにごめんねって、私にまで謝って……」
ふいに悲しくなったのか、その子の紫色の瞳が陰りを帯びた。つらそうな表情に、俺はわけもなく胸が苦しくなる。
「お母様? それなら、君の母上は……」
詳しく尋ねようとしたところ、遠くから彼女を呼ぶ声がする。勢いよく立ち上がったその子は、輝くばかりの笑顔を見せた。
「お父様だ! じゃあ、またね。お会いできて光栄でしたわ」
淑女のような気取った仕草で、女の子が膝を折る。彼女はドレスの裾を翻すと、背の高い男性の元へ駆けていった。
「自分で引きとめたくせに、別れはあっさりだったな。またねって言ってたけど、すぐに会えるはずはない。名前だって聞かれてないのに……」
彼女はまるでつむじ風。
クスクス笑う自分に気づき、ふと真顔に戻る。楽しい記憶のないこの場所で、笑える日がくるなんて……。
なんとも不思議な感覚だった。彼女に再会できたなら、今度こそ礼儀正しく名乗って、仲良くなろう。
*****
結局、素性は明かせなかった。
忘れているなら、その方がいい。
レヴィーは従者に扮する時の仮の名だ。
俺はレヴァン・ベルウィード。
隣国ベルウィードの第六王子だ。