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十蔵を押さえ込む虹丸たちは、呆気にとられている。
しばらくして、十蔵の笑いは止んだ。
「俺はさっきまで、自分が必ず勝つと思っていた。まったく、いい様だな」
十蔵が言った。
再び淡々とした口調に戻っている。
「お前の勝ちだ」
「………」
「殺せ」
「十蔵さん」
虹丸の声は優しかった。
「もう、関係のない人を殺めないと約束してください。約束してくれれば、俺はこのまま消えます」
「………」
「十蔵さん?」
「俺を生かすと?」
「はい。俺は十蔵さんを殺したくありません」
虹丸の声が微かに震えた。
しばらくの静寂の後。
「断る」
十蔵が言った。
「俺は里を抜け自由になった。誰にも指図されたくない。殺したいときに殺したい奴を殺す」
「十蔵さん…」
「お前が俺を止めたいなら、俺を殺すしかない」
「………」
「お前に俺の自由は奪えない。殺れ」
十蔵が言い放った。
と同時に、不意に十蔵を押さえつける力が消えた。
十蔵は自由になった身体を起こし、辺りを窺った。
あれほど周囲を埋め尽くしていた虹丸たちの姿が全て、居なくなっていた。
「虹丸…甘いぞ」
十蔵が呟いた。
体内の痛みも、いつの間にか和らいでいる。
立ち上がった。
十蔵の足元は、ふらついている。
口中に残った血をぺっと吐き出す。